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クラウディ  作者: 蕃茉莉
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第三章 雲と太陽 七:雲と太陽(六)

 八月十三日の夕刻、サラディンたちはウランバートルの郊外に到着した。サラディンはまだシンディたちがテントを張っている間に、車に乗ってウランバートルのコロニーに向かう。ゲートをくぐってすぐに車を停めると、サラディンは記憶を頼りに、以前グリアンと落ち合った仲間の酒場を訪れた。店は開いたばかり。早い時間のこととて、カウンターの人影以外に客はない。その人影が立ち上がった。サラディンが足早に歩み寄る。二人は握手を交わした。

「大変だったらしいな、グリアン」

「ぬかったよ。でも多くの仲間に助けられた。感謝している」

「よかった」

 店主が、グリアンの隣に腰をおろしたサラディンの前に、黙って蒸留酒のグラスを差し出す。二人はグラスを軽く打ち合わせ、再会を祝した。

「どうやって逃げ出したんだ」

「海洋調査船で、グエン博士の基地に行ったんだ」

「博士と会ったのか」

 グリアンがうなずく。

「グエン博士は、お元気か」

「もちろんだ。ノルマン氏こそどうしている」

「こちらは変わりなしだ」

 サラディンはそう言うと、息を吐いた。

「よかった。あんたの顔を見たらほっとした。みな無事でなによりだ」

 ありがとう、と笑ったグリアンは、だがすぐに真顔になった。

「ノルマン氏に渡す端末をグエン博士から預かっている。ノルマン氏と急ぎ連絡を取ってほしい。博士が、ノルマン氏に砂漠の基地に入ってもらって、最後のプログラムを始動させてほしいとおっしゃっていた」

 サラディンは一瞬、険しい表情になったが、すぐに、仕方ないな、とうなずいた。

「一緒に来てくれるか、グリアン。人手が必要だ」

「もちろんだ」

「ナユタにも会わせたいが、今はわけあって、キャンプにあんたを連れて行くわけにいかない。明日六時に西ゲートのパーキングに来てくれ。そのまま基地へ出発しよう」


 サラディンがキャンプに戻ると、ちょうどテントの外で夕食が始まったところだった。シンディが席にいることを素早く確認して、テーブルに近づく。タンブルにパンをちぎっていたナユタが、サラディンの姿を認めて嬉しそうに立ち上がり、カトラリーをセットする。紫外線量が下がってから、雨の落ちない日はこうしてターフを張り、外で夕食を摂るのが一行の習慣になっていた。

「早かったな」

 ワイングラスを手にしていたウージュが笑う。

「町の噂を少し聞いてきただけだ。コロニーに長居すると、なにかと面倒になるからな」

 デッキチェアを広げたサラディンは、テーブルの中心に置かれたレタスとトマトのサブジを小皿に取ってチェアに座った。

「新鮮な野菜はいいな」

「ウィグルでは保存食ばかりだったからな」

 夕暮れの風が草原を吹き抜けて行く。空気が、次第に秋の色に変わりつつあった。

「しかし不思議だな」

 エメリクがつぶやく。

「なんだって急に紫外線が下がったのかね」

「ほんとうだな」

 サラディンのグラスに蒸留酒を注ぎながらウージュもうなずく。

「こんな時間にシールドなしに外で飯が食えるなんて、一年前は考えられなかったもんな。」

 ウージュが、サラディンに蒸留酒のグラスを差し出した。氷の入ったグラスにはタイムが浮いている。最近一行の中で流行っている飲みかただ。ミントと出会って以来、ナユタは時折草原の中から香りの高い草を見つけてくるようになった。食べられる草は、踏むと香りが立つからわかるのだと言う。ほんのちいさな緑があるだけで、食卓がひどく豊かになったように感じるのが、サラディンには新鮮だ。未来に生きている自分たちよりも、千五百年も昔に育ったナユタのほうが豊かな暮らしを知っている。人類がオゾン層とともに喪ってしまった暮らしが、太陽の復活とともに戻ろうとしているのかもしれない、とサラディンは思った。

 酒の入った男たちの声が大きくなる中、シンディが黙って席を立った。

「あれ、もう飲まないのか」

 ロベルトが声をかけると、シンディはうん、とうなずく。

「ちょっと、出かけてくる」

「シンディは最近よく出かけるな」

 後ろ姿を見送りながら、エメリクがつぶやく。サムスンが、

「さては、悪い遊びに目覚めたな」

 と言って、ぐふふ、と笑った。

「悪い遊びってなに」

 スープに浸したパンを食べていたタンブルが顔を上げる。

「大人だけの、秘密の遊びってやつがあるのさ」

「えっずるい」

 グスタフが無言でサムスンを小突き、サムスンがぺろりと舌を出す。シンディの運転する車が草原を踏んでいく気配が遠ざかると、サラディンはグラスを置いて立ち上がり、キッチンカーに向かった。ちょうどスアードとナランがテーブルに向かうところだった。

「もう食べ終わったの」

 スアードが訪ねると、いや、とサラディンは首を振る。

「オマールに話があって来た。俺の皿は置いておいてくれ」

 キッチンカーの出入口から、オマール、とサラディンが声をかけると、洗い場で汗だくになって大鍋を洗っていたオマールが振り返る。

「忙しい時間にすまん、ちょっといいか」

「ああいいよ。もう食事は出し終えた。ちょっと待ってくれ、この鍋を洗ったら行く」

 慌ただしく鍋を洗い場から引きあげたオマールが汗を拭きながら出てきて、いやぁ、と、せいせいとした顔になる。

「外は涼しいな」

 うなずいて、サラディンは地平線に視線を向けた。中天はすでに闇の色に染まっているが、地平線はまだ灰色の夕景を残している。

「明日、基地に行くことになった」

 地平線に目を向けたまま、サラディンはオマールに告げた。オマールが、汗を拭く手を止めてサラディンを見上げる。

「皆には告げずに行く。オマール、あんたからサムスンに事情を話して、しばらくここに滞在していてくれないか」

「ついに、太陽をとり戻すんだな」

「わからん」

 サラディンは慎重だった。

「グエン博士との話し合いが必要だ。連絡の手段はグリアンが確保しているらしい」

「二人だけで行くのか」

 オマールは眉をひそめた。

「不足だろう。俺も行く」

 だが、サラディンは首を横に振った。

「オマールには残ってもらわないといけない。計画が露見したら基地が攻撃を受ける可能性もある。俺たちに万一のことがあった時、キャラバンをまとめる人間が必要だ」

「だが、二人じゃ」

「もしできたら、あと一台移動手段があれば助かるのは助かるが」

 サラディンは用心深い表情になった。

「シンディのこともある。誰彼かまわず俺たちの行動を知られるのは、危険だと思ってな」

 オマールは、首にかけたタオルを握りしめたまましばらく黙っていたが、やがてしょんぼりとうなだれた。

「悪かったな」

「なにが」

「シンディだ。あんなことをするとは」

「統率しきれなかったのは俺だ。あんたのせいじゃないさ」

 サラディンは、オマールの肩を叩いた。

「明日六時に、グリアンと待ち合わせをしている。すまないが、それまでに俺の車へ食糧なんかを補充しておいてくれないか。一週間分くらいあると助かる。見送りはするな。気づかれるといけないからな」

「わかった」

 オマールは、気持ちを吹っ切るようにうなずいた。

「様子を見て、あとからサムスンに行ってもらう。サムスンなら事情も知っているからいいだろう」

「そうだな。あんたに任せる。それと」

 サラディンは、ポケットから折りたたんだメモを取り出した。

「俺が出かけたら、これをナユタに渡してくれ」

うん、とうなずいたオマールは、サラディンを見上げると、固くその手を握った。

「気をつけてな」

「もちろんだ」


 翌朝、土砂降りの雨の中、サラディンは夜明け前にキャンプを出発し、ウランバートルのコロニーに向かった。西ゲートを入ってすぐのパーキングに人影を認めて車を近づけると、雨のカーテンの向こうにグリアンが立っていた。パッシングをするとグリアンが近づき、大急ぎで後部座席に荷物を乗せてから助手席に飛び込んだ。

「待たせたな」

「いや、さっき来たところだ」

 グリアンがぐしょ濡れの雨よけを脱いで後部座席のハンガーにかけると、サラディンはコンパスと紙の地図をグリアンに渡した。

「ナビゲーションを頼む。まずはそこに印をつけている、タバントルコイの鉱山だ」

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