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クラウディ  作者: 蕃茉莉
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第三章 雲と太陽 七:雲と太陽(五)

 八月十二日に発表された大統領予備選挙に関する世論調査で、スーリア党はクラウド党と僅差の第二党に躍り出た。クラウド党幹部の焦燥は頂点に達した。歴史上、ここまでクラウド党が追い込みをかけられたことはない。党幹部はどう手を打てばいいのかわからない状況だった。

 クラウド党の中でいち早く路線変更をしたのは、マッカーシーの政敵、財務大臣のスーザン・オズマだった。スーザンは、スーリア党の持つオゾン層再生技術を率直に称えると公言した。そして支持者に対し、もし自分が大統領になったら、スーリア党と技術提携を行い、安全と経済の安定を確かめながら太陽を招くと訴えた。現実的な路線に、党内外から多くの賛同が集まる。それに対してマッカーシー大統領の陣営は、三年間の政治運営の堅実な実績を訴え、スーザンの公約を、テロリストの活動を容認する反社会的発想だと非難したが、太陽を希求する大衆の指向に歯止めがかからないのは明らかだったから、党内での代表者指名はスーザンに傾きつつあった。

「なんとかしろ」

 大統領執務室に呼び出されたダイアナは、大統領から叱責を受けた。

「このままでは我々は代表権すら獲得できなくなる。なぜオゾン層の情報を流し続けるんだ。紫外線量が下がるのを止められないのか」

「申し訳ありません」

 ダイアナは、瓦解の音を聞く思いだった。止められない。なにもかも。紫外線量の低下も、オゾン層の拡大も、党内の対抗派閥の勢いも、スーリア党の支持率上昇も。

 なぜ、こうなったのか。

 ダイアナには、理解できなかった。五百年近く政府を担ってきた政党が、こんなにあっけなく支持を失うということがあるのだろうか。いったい、何を間違えたのだろうか。


 その夜、ダイアナが心身ともに疲れ果てて家に帰ると、娘のルーシーがゲーム機を片手に持ったまま玄関に出迎えてくれた。

「ママ、おかえり」

「ただいま」

 夫の不在に気づき、パパは?と娘に問いかける。

「パパは、お友達と会うんだって」

 ダイアナの眉根に皺が寄った。このところ夫は外出が多すぎる。しかもまだ小学生の娘を置いていくなんて。

「一人にしてごめんなさい。ママが遅くなったせいね」

「大丈夫。もう一人で留守番くらいできるわ」

 そう言って、ルーシーはゲームタブレットに視線を戻した。またゲーム、とつぶやいて、ダイアナは母親の顔でため息をつく。

「今日の課題は終わったの」

「明日の分まで終わったよ」

「目が疲れるわよ」

「みんなやってるもん」

 今日はイベントなんだ、とルーシーは嬉しそうに画面を母に見せた。明るい緑の風景の中に、少女のアバターが立っている。

「太陽石を集めると、光の扉が開くの」

「やめて」

 ダイアナは思わず険しい声で遮った。

「太陽なんて聞きたくもない」

 叫んでしまってからはっとした。ルーシーはたちまち表情を消し、黙ってゲーム機を手にリビングを立ち去った。ぱたん、と子供部屋のドアが閉まる音がする。

 しまった、とダイアナは額に手をあてた。子供に向かって、なんということを言ってしまったのか。泣き出したい思いで少しの間テーブルに座り込んでいたダイアナは、意を決してルーシーの部屋の前に立った。ドアをノックすると、ぱっと部屋の電気が消える気配がした。

「ルーシー、入るわよ」

 中にはいると、暗い部屋の中でルーシーはベッドにもぐりこんでいる。

「ごめんなさい。ママが悪かったわ」

 ダイアナが呼びかけても、ルーシーは身動きしない。ダイアナはため息をついて部屋を出た。誰もかれも太陽を欲しがる。自分は、間違っているのだろうか。テロリズムを阻止することの、何がいけないのだろうか。


 ジョセフ・ベッレは、疲労困憊となりながらも、まだスーリア党の殲滅を諦めていなかった。この日もダイアナが退出したあと、ジョセフはウィグル行政区公安からの報告を受けている。

「BATの行動履歴について調べたところ、住民カードの履歴からリーダーと思われる人物の正体が判明しました」

 ウィグル行政区の調査官が、モニターの向こうから報告した。

「住民カードの持ち主はエイドリアン・スミス、五十二歳。NC四四八年前期のクラウディメンテナンサーです。宇宙ステーションから帰還後は、ニューヨークにあったメンデル紫外線研究所に入り、研究所が解散したのち所在不明になりました。ウィグルでのカード利用履歴はNC四六七年三月から、散発的に現在へ至ります。この者がBATのリーダーと思われます」

「他に住民カードを持っている者はいないのか」

「もう一名、同行者がいるようなのですが、このカードはスキミングによって偽造されたものである可能性があります。デビットカードとしての利用履歴がなく、住民台帳と照合しても、該当者がありません」

「電子文書偽造」

 ジョセフがつぶやく。スーリア党の連中は、いったいどれだけ罪を重ねれば気が済むのか。

「それで、今BATはどこにいる」

「ウィグル行政区での最後の記録はウルムチです。六月二十九日、コロニーゲートを通過しようとして検問に阻まれ、引き返しています。以後、当区での利用歴はありません」

「ウィグルを出た可能性があるな」

「おそらく。当区でコロニーへの出入りを厳格にしたため、キャラバンの多くがモンゴルやサウスチャイナに移動しています。そのいずれかに移ったのではないかと」

「行政区の出入りに監視はないのか。記録が残っているだろう」

「ウィグルは広大ですから」

 行政官はモニターの前で恐縮してみせた。

「伝統的にこのエリアは境界柵がありません。一応幹線道路にはゲートがありますが、砂漠は往来し放題でして」

「それも、今後は考えないといけないな」

 ジョセフは苦々し気に首を振り、また新しい情報があれば報告するように命じて通信を切った。時計は二二時一七分。ジョセフは少し考えたのち、特別チームの中に設置したBATの特別捜査班の席にコールをした。すぐに担当がモニターに映った。

「まだいたのか。熱心だな」

「リーダーこそ」

 二人とも疲労の色が濃い。互いに苦笑しあって、ジョセフはBATの調査についての進捗を尋ねた。

「奴らの内情の調査はどうだ」

「連中は、モンゴル行政区におります」

「行き先がわかったのか」

「はい。それと、内情もだいぶわかってきました。明日ご報告しようと思っていたのですが。モニターを資料に切り替えてよろしいですか」

「見せてくれ」

 モニターが相関図に切り替わった。相関図には十二名が書き込まれており、うち一名が黒くマーキングされている。

「この」

 担当官は、マーキングされた人物を示した。

蝙蝠こうもりの話によると、キャラバンには十二人が所属しており、そのうち二人は子供です。リーダーは「サラディン」と名乗る三十前後の男。サラディンと、蝙蝠を含めた七人がフォトグラファー。残りの三人が裏方を務めています。

「さきほどウィグルの行政区から報告があった。リーダーの本名はエイドリアン・スミスと言うらしいが、それがサラディンか」

「それは裏方のオマールですね」

「そうか」

 ジョセフは手元のメモを見なおした。

「たしかに、スミスは五十二歳と言っていたな。サラディンはまた別人か」

「住民カードを持っているのは、裏方のオマールと名乗る夫婦者だそうです。蝙蝠の叔父で、名前はエイドリアンだと聞いています」

「なるほど」

「蝙蝠は四六九年にキャラバンに加わったそうです。その時はサラディンのほかにオマール夫婦、それとこの」

 相関図をポインターで示しながら、担当官は説明する。

「サムスン、ロベルトが一緒だったそうです。キャラバンの行き先や行動方針を決めているのはサラディンだとのことなので、オマール――スミスはサラディンに従っていると見たほうがよろしいかと」

「なるほどな」

 うなずいて、ジョセフは相関図を睨む。

「キーマンはこのサラディンか」

「おそらく」

 担当官がうなずいた。

「蝙蝠が、サラディンの行動を追っています。先日、サラディンが訪れた場所を一斉捜索しましたが、三か所すべてがスーリア党員の居宅や職場でした。党員たちはサラディンについて、旅をしている仲間としか知らないと言っています」

「スミスは、メンデル紫外線研究所にいたそうだ」

 ジョセフは、担当官に告げた。

「スミスが、グエン博士とノルマンの行方を知っている可能性もある」

「なるほど」

 担当官がうなずく。ジョセフは、ご苦労だった、と担当官をねぎらった。

「だいぶ状況が見えてきたな。今日はもう帰って休め。また明日から、引き続きBATの行動を追ってほしい」

「ありがとうございます」


 翌日、ジョセフは自警団の特殊部隊を統括するサンディ・リベラ中将とミーティングを行った。

「問題は、相手がどこまでの技術を持っているかだ」

 と、リベラ中将は言った。

「オゾン層発生のみならず、クラウディを停止して雲を晴らす技術まで持っているとしたら、それを実行されたら、選挙で我々が勝利をするのは絶望的だ。それだけは何としても避けなくてはならん」

「同感です」

「かならず、地上に基地があるはずだ」

 中将は語気を強めた。

「やつらは、砂漠を周回しながら自分たちの基地を守っている可能性が高い」

たしかに、ウィグル周辺には、廃坑や砂漠など人の近寄りにくい場所が多い。ジョセフがモンゴルとウィグルからの報告を伝えると、

「やはり拠点はゴビか」

 中将はうなずいた。

「拠点を潰す。場所さえ判明すれば、我々はどこであれ攻撃機を飛ばす用意がある」

「心強い」

 ジョセフは謝意を表した。

「BATが何らか、今回の事件と関わっているのは間違いなさそうです。奴を追っていけば、かならずキーマンに行きあたるはず。行動がわかり次第、またご報告します」

 ジョセフの目が、険しさをたたえる。

「クラウディが五百年守ってきた地球を、安全性も定かでないシステムに置き換えるなど狂気の沙汰。奴らは地球と人類を害するテロリストです。必ず、阻止しなくてはなりません」

「テロに屈するわけにはいかない」

 リベラ中将もうなずいた。

「これ以上クラウディを勝手に操作させてはならない。そのために、地上拠点を見つけて破壊する。そしてキーマンを捕える。それでいいな」

 ジョセフは、大きくうなずいた。

「やり方は、お任せします」

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