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クラウディ  作者: 蕃茉莉
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第三章 雲と太陽 四:発火点(一)

「作業完了、テスト頼む」

「了解」

 船外活動中のビクトルからの連絡に応答したアンは、テストプログラムを始動させた。モニター脇の赤いランプが数秒点滅し、すぐに緑に変わる。モニターの数値が安定していることを確認したアンは、マイクのボタンを押した。

「成功です。おつかれさまでした」

「了解、帰還します」

「ご安全に」

 アンはプログラムが正常に動いていることを再度確認すると、モニターに映る宇宙空間に目を移した。どれだけ見ても見飽きない地球と、その背後に輝く太陽。

「きれいだね」

 背後からジョージの声がした。

「ほんと、これを見られただけでも来た甲斐があったわ」

 マイクのランプが消えているのを確認して、ジョージはつぶやいた。

「早くこの太陽を、地上にもおろしたいな」


 アン・デ・リマとジョージ・デュランは、ともにスーリア党を支持するクラウディメンテナンサーだ。もちろん、そのことをステーションの他のメンバーは誰も知らない。

 宇宙ステーションには常時六名が滞在している。そのうち四名が、クラウディメンテナンサーと呼ばれるクラウディ管理の技術者。それ以外の様々な研究のための滞在枠が二名分となっている。いまは、アンとジョージのほかに、クラウディメンテナンサーのビクトルとアベベ、それに生物学者のリンダと、放射線学者のラケスが宇宙ステーションに滞在するメンバーだった。キャプテンはアベベが務めている。

 アンはユーロ行政区マドリードの出身。ハイスクール時代ゲームで知り合った仲間からスーリアを知り、その技術的理論に夢中になった。やがて、様々な党員とやりとりをするようになり、「太陽と月」のプロジェクトを知った。もともと宇宙ステーションの搭乗員への憧れもあって、ノースアメリカの大学で情報処理を学び、メンテナンサーを志願して合格した。

 訓練を経て、宇宙ステーションに向かうシャトルに乗ったのは、NC四七三年十二月。それから三カ月が過ぎようとしている。

 ジョージとアンが一緒に搭乗したのは偶然だ。二人はたまたまシカゴのゲームオフ会で一緒になり、互いが同じ時期に宇宙ステーションに行くことを知って驚いた。ジョージは機械工学を専攻して、シカゴでLRTの運行管理に従事していたが、メンテナンサーの公募を見て志願し、合格したばかりだった。

「チュプの完成に立ち会いたかったな」

 事前訓練の前、それぞれのルートでミッションを受け取った二人は、その後しばしばSNSを使って語り合った。

「でも、敵の只中で一人プログラムを変えていくなんて、怖かったと思うわ。あたしは見守り役でよかった」

「なんにしても楽しみだね」

「ほんと。早く太陽を見たいわ」


 航空センターでの半年間の訓練を経て、二人が実際に宇宙に出てみると、そこには想像を超えた世界が広がっていた。

 無数の星の只中にぽっかりと浮かぶ、白い真綿の雲にくるまれた地球。間近に輝く太陽と月。地上訓練でも、毎日三D映像を使った空間トレーニングで宇宙の風景を見ていたが、それとはまったく迫力の異なる圧倒的な姿に、二人はすっかり心を奪われた。

「すごいでしょ」

 ただただ船外の風景に見とれる新人ふたりと放射線学者のラケスに、先輩クルーの生物学者リンダが笑いかけた。

「私も、着いた日は外ばかり見てしまって、何も手につかなかったわ」

「訓練映像と実際は、質感が違うからな」

 キャプテンのアベベも笑った。

 三人は、ただうなずく。

 これほど広大な宇宙の中にたったひとつの星に暮らす、十四億三千万の人類。

 なんておおきくて、ちいさくて、愛おしい、地球。

「クラウディはこの地球を守る大切なシステムだ。今日は好きなだけ見とれていてかまわないが、明日からは管理をよろしく頼むよ」

「もちろんです」

 アベベに言われて、二人は頬を紅潮させたままうなずいた。


 それから三カ月。チュプにおけるふたりのミッションは、構築されたプログラムが露見しないように監視することだったから、二人にとっては政府から与えられたミッションと同じ役目をこなすことと変わりなかった。

 他のクルーがいない場所で、ふたりはひそかにプロジェクトが実行される日について語り合うこともあったが、それもめったになかった。もしも自分たちのせいで計画が露見したりしたら、先人たちの努力が無駄になってしまう。年末の大統領選挙か、どんなに早くとも九月の予備選挙のあとまでは、完成されたチュプを密かに守り抜かなくてはいけない。二人はクラウディメンテナンサーとして、チュプの管理者として、二つのミッションへの責任感と、異世界のような宇宙空間での生活に、ただただ夢中だった。


 キャプテンのアベベに地上基地から極秘通信が届いたのは、NC四七四年三月二十七日。地上の運用責任者が、新しく着任したアンとジョージの二人が、クラウディシステムに害意を抱いている疑念があること、逮捕状がとれ次第、航宙警察官がシャトルを使って宇宙ステーションに向かう予定であることを告げると、アベべは

「信じられません」

 と語気を強めた。

「二人とも、勤務態度はまじめですし、隊員同士のコミュニケーションもまったく問題のない優秀なクルーです。システムに何の変化やトラブルもありません」

「二人が優秀なのは当然だ。厳しい選考を経て選ばれたんだからな。だが、思想的なチェックがなかったのは失敗だった。今後は考えなくてはいけないな。もちろん、君に落ち度はない。それに、おそらく二人は未遂の状態だろうと公安も言っていた」

 アベベはぎゅっと口を引き結んだ。苦渋の表情をしたアベベに対して、運用責任者はなだめるような声で言葉を続ける。

「キャプテンには大変苦労をかけるが、二人を逮捕するために航宙保安官を出発させる手続きを取っているところだ。受け入れの準備をすすめてくれ。欠員については、もちろん可及的速やかに代替要員を派遣する。少しの間、メンテナンサーが君とビクトルの二人だけになるが、よろしく頼む」

「承知しました」


 NC四七四年四月三日、キャプテンアベベが五人のクルーに告げた。

「緊急の連絡船がドッキングする。予定時刻は地球標準時間の本日十五時二十七分。各自役目をこなすように」

「何かあったんですか」

「政府の指示で、特別監査が入る」

「宇宙ステーションにも監査があるんですか」

 ジョージは「監査」という言葉に一瞬心臓を冷たい手で掴まれたような心地になったが、すぐに動揺を隠してアベベに尋ねた。

「私も、こんなことは初めてだ」

 アベベは深刻な表情で言った。

 予定時刻を三分ほど超過して、三人の航宙保安官を乗せたシャトルが宇宙ステーションにドッキングした。三人はキャプテンアベベの案内でミーティングルームに入る。そして三十分後、アベベは単身管制室に戻り、アンとジョージへミーティングルームに来るように告げた。

「何の監査なんですか」

 アンは、すでに不安な表情になっている。アベベは無言。アンとジョージはアベベの後をついて歩きながら、密かに視線を交わした。どちらの目にも不安は明らかだ。もしや自分たちのミッションが露見したのか。だが、なぜ。

 いずれにしても、ここから逃げるすべはない。二人は黙ってアベベについて行くことしかできなかった。

 重苦しい雰囲気の中、アベベがミーティングルームのドアを開くと、船内服を身につけた三人の保安官が立ち上がった。一人がアベベたちの背後に回ってドアを閉める。そしてアンとジョージを取り囲み、逮捕状を提示した。

「アン・デ・リマ、ジョージ・デュラン、国家安全法違反の容疑で逮捕する」

 二人は立ちすくみ、そして罪状を全否定した。

「私たちは何もしていない」

「今主張されても、私たちは話を聞くことができない。地上でしかるべき手続きを経たのちに、聞かせてもらうことになるだろう」

 二人はキャプテンを顧みたが、アベベはただ深刻な表情で立っているばかりだ。

「残念だよ。君たちクルーを疑うことなど、考えたこともなかった」

「十八時○二分、逮捕」

 保安官の冷徹な声が、部屋に響く。二人は拘束され、別々に小部屋へ監禁された。そして地球標準時間四月七日の十一時五十二分。アンとジョージ、それに航宙保安官二名の四人を乗せたシャトルが、地上に帰還した。

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