第三章 雲と太陽 三:世界政府(二)
「つまり、クラウディメンテナンサーの中に、クラウディに害意を持つハッカーが紛れ込んでいた、ということなの」
公安委員会第四部長のダイアナ・チェンは、報告を受けて細い眉根に険しさをにじませた。第四部は政治犯監視チーム。ダイアナはその総指揮をとる立場にある。
「そういうことになります。しかも長年にわたり何人も」
ダイアナのデスクの前に立った、スーリア党の監視を担当しているジョセフ・ベッレは、苦い顔で肯定した。
「冗談じゃないわ」
ダイアナは唇をかんだ。スーリア党の動向は世界中で監視されているはずなのに。どこで出し抜かれたのか。
「スーリア党がやったという証拠はあるの」
「それはまだ。ですが、このような組織だったハッキングが可能な集団といえば、それ以外に思いあたるところがありません。新たな集団組織があるとすれば、それはそれで脅威ですが」
「調査を進めて。それと、取り急ぎ大統領補佐官に報告する資料を用意して」
「承知しました」
スーリア党の監視にかかわる公安内の動きが慌ただしくなった。ジョセフがリーダーとなり、クラウディのプログラム改竄に関わる特別チームがひそかに結成された。プログラミングに詳しい技術者が収集されてデータの分析を行う。あわせて、七年前の監査以降に宇宙へ渡った人物の追跡調査が行われたが、その結果は公安チームにとって気がかりなものだった。
宇宙ステーションに滞在したのは七年間で六十四人。うちキャプテンも含めてクラウディメンテナンサーは三十六人。そのうち二十三人が、住居不定となっていたのである。
さらに調査を続けたところ、多くは住居不定といっても所在がはっきりしていることがわかった。宗教家になってコロニーを巡礼する者もいれば、アーティストとして世界を放浪する者もいる。だが、八人の所在がどうしてもわからなかった。
宇宙ステーション滞在経験者が宗教家になる率の高さは、以前から言われていたことだ。地球を俯瞰する、という人として特殊な体験が、宗教的なインスピレーションを呼び覚ますのではないかと言われている。それにしても。
「まともな暮らしをしていない者が多すぎるわ」
報告を受けたダイアナはつぶやいた。
「調査の人数を増やさなくては」
一連の報告は、大統領府にも届けられた。
この時期の大統領は、クラウド党党首でもあるニック・マッカーシー。世界政府七十四代大統領として、現在一期目を務めている。初代大統領ラウル・オズマ直系の娘婿であるマッカーシーは、航宙会社を経営する一族の出身で、クラウディ関連産業の財政的支持基盤を背景に大統領となった。就任当初は「人脈を操ることには長けているが、政治的知識が浅い」と評されたが、党の幅広い人材に支えられ、現在のところ任期三年をそつなくこなし、二期目をめざして支持基盤をより強固なものにしようとしているところだった。
マッカーシーにとっての政敵は、党内のライバルであり、野党の勢力など歯牙にかける価値もない。細大のライバルは現在財務大臣を務めるスーザン・オズマ。彼女はオズマ一族の中でも野心家で知られており、虎視眈々とマッカーシーの席を狙っていることは誰の目にも明らかだった。
「スーリア党のゴキブリが」
報せを受けたマッカーシーは、侮蔑を隠さなかった。
「既存のシステムに齧りつこうとするなど、いかにも小狡い連中のやりそうなことだ」
環境大臣から、プログラム改竄に伴う紫外線増量の危険はないという報告を受けると、マッカーシーはもうそのことへの興味を失いかけたが、マッカーシーの支持母体である経済界のほうは、その情報へ敏感に反応した。オゾン層の復活は、クラウディに依存する経済が大きな影響を受けることを意味する。既存権益で生きるクラウディ産業や製薬業界にとって、システムの変質は経営計画への悪影響を意味した。
「ふざけた奴らだ」
マッカーシーを支持する会合でこのことが告げられると、首謀者を捉えて厳罰に処するべきだとの声があちこちからあがった。
「オゾン層拡大の情報を、これ以上民間に流すべきではない」
航宙会社のCEOであるマッカーシーの伯父、ジャック・マッカーシーは語気を強めた。
「世間に知られないうちに、クラウディのプログラムを元通りにするんだ」
そう言いながら、ジャックは、すでに脳内でオゾン層が再生したのちに必要となる産業のピックアップを始めていた。新しい投資をしなくてはならない。
経済界の厳しい声に対し、おなじマッカーシー支持者の中でも、科学者たちの意見は分かれた。オゾン層の再生が実現するのであれば、それは人類にとっての朗報だ、という意見が大勢を占めた。
「クラウド党の技術者と手を組むべきだ」
という意見も出た。別の科学者は、
「どのみちクラウディがなければこのプログラムは動かなかった。ならばオゾン層再生の功績をクラウド党のものとする絶好の機会ではないか」
と言った。
「やつらは不正な手段で改変をしたのだから、それをおおっぴらには言えないはずだ」
さまざまな意見と思惑が大統領の周辺で交錯する中、公安の特別チームは、慎重に宇宙ステーション滞在経験者とスーリア党に関する調査を進めた。
分析を進めるうち、「太陽」というキーワードが浮かんだ。それで追っていくと、いくつかのゲームのアバターに、ゲームストーリーとは無関係な動きばかりをするものがいることがわかった。その動きやユーザーを追っていくと、時折元宇宙ステーション滞在者に行きあたる。それが数度繰り返されるに至って、ジョセフはこれが組織化された政治活動であると確信した。
集まった情報をさらに分析し、ゲーマーの中でもキーマンと思われる人物を抽出し、その人物から逆にたどっていくと、昨年十一月に宇宙ステーションに着任した二名のクラウディメンテナンサーが浮上した。二人は着任前、あるゲームの中で頻繁にチャットを繰り返しており、ログを解析すると何らかの共通目的を持っていることが伺えた。
「まずはここからだな」
チャットの内容は、一見宇宙への憧れを語り合うだけの他愛ないものだったが、時々使われる隠語らしきものに、ジョセフの嗅覚が不審な匂いを嗅いだのだ。
「航宙警察に連絡して、二人の逮捕状を請求させろ。連中に、宇宙の逮捕劇を見せつけてやる」
それと、とジョセフは部下に命じた。
「この、「グリアン」の正体を暴かなくてはならん」
二人を元クラウディメンテナンサーにつないだのは、「グリアン」と称する女性のアバターであることが判明している。この「グリアン」は世界中あちこちのゲームチャットに出没しており、IPアドレスも複数あって、何人かの人物が操っているものと思われた。
「こいつらを捉えれば、なにか手がかりが得られるはずだ」
おなじころ、ダイアナは特別チームのもうひとつの調査結果に戦慄していた。スーリア党が、思いのほか民間の支持を集めていることが見えてきたのである。
七年前、ユーロでスーリア党から分離した革命党がテロリスト集団に認定されて以降、スーリア党に対する世論の風当たりは強くなっているはずだった。二年前の世論調査でも、世界の仕組みを変えようと訴えるスーリア党の支持率は低迷しており、もはや泡沫政党に近い状況だった。国政選挙においてクラウド党が注視すべきは民主党などの思想政党であり、それもクラウド党の圧倒的な支持率を前にすれば、多少の議席数を譲っている、という程度のものだ。
だが、こうして調べていくと、世論調査で表面化している以上にスーリア党の潜在的支持が高い。太陽をとり戻す技術を開発しようという訴えが、あちこちで肯定的に受け止められていたのである。特に昨年のオゾン層再生のニュースが流れて以降、世論調査に意見が反映されにくい若年層の支持が高くなっていた。
「いつの間に」
クラウド党の選対委員でもあるダイアナはうめいた。
スーリア党は行政区の選挙に候補者をあげないので、支持率の動向が読みにくいということは確かにあった。だが、その間にここまで支持を浸透させているとは。
「やられたわ」
敵の支持率を見えにくくしたのは、選挙戦略としては大失敗だ。もし、このままオゾン層が成長を続け、それがスーリア党のもくろみと判明したら、スーリア党は予備選挙までに相当の支持を集める。へたをすれば、野党が連立を組めば逆転されるかもしれない。
ダイアナは、この結果を大統領秘書に報告した。そして、選挙対策を早急に練り直す必要があること、スーリア党の力を削ぐために、公安組織は力を惜しまないことを申し添えた。
秘書の報告を受けて、マッカーシーは顔色を変えた。政敵が変わったのだ。
「スーリア党を殲滅しろ」
マッカーシーはダイアナを呼んで直接命じた。
「国家の資産に無断で手をつけるなど、テロ行為以外の何物でもない。奴らの息の根を止めて、クラウディシステムを元通りにしろ。市民に奴らの思惑が知られないように片をつけるんだ。それと、これ以上オゾン層再生の情報を流さないよう、環境省に指示をしろ」
「承知しました」
大統領の勅命に、ダイアナは血流速度が上がるのを感じた。
「公安の総力をあげて、スーリア党を殲滅いたします」
狩りが、始まった。




