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クラウディ  作者: 蕃茉莉
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第二章 キャラバン 六:世界のなりたち(二)

 十二月に入ると、一行は西に進路を変え、移動の速度を上げた。砂礫されきの多い大地は延々と同じ風景を厚い灰色の雲の下に描き、しばしばナユタは、おなじところをぐるぐると巡っているのではないか、という錯覚に襲われた。

「初めて来る場所のはずなのに、毎日昨日と同じように見えるのはどうしてなのかな」

 こごえるような風の中、かじかむ手を息で温めながら食器をしまっていたナユタがつぶやくと、ほんとうね、とナランも笑った。

「私も、こんな遠くまで来るのは初めてだけど、最近はもう、生まれた時からこの風景しか見ていなかったような心地になっているわ」

「みんな、よく飽きないね」

「ゴビ砂漠っていうんだ」

 たたんだテーブルを車に積みながら、エメリクが教えてくれた。

「あと二日くらいで山地に入るから、もう少しの辛抱だ。といっても、次のゴラン高原も似たような風景だけどね」

 エメリクの言葉どおり、翌日になると、前方に隆起した大地の姿が見えてきた。道は次第に曲がりくねった上り坂となり、やがて平原に出る。それを何度か繰り返すと、枯草に覆われた草原を、荒れた太い道がまっすぐに貫く台地に出た。

「草が生えているところもあるのね」

 砂礫されきの土地ばかりを見てきたナユタには珍しい。

「土壌が違うからな」

 とウージュが教えてくれた。

砂礫されきは水をためないが、このあたりは土がある」

 五日ほどかけて台地を抜けると、久しぶりに大きなコロニーが近づいてきた。一行は枯草を払ってテントを張り、二晩をかけて町を往復し、積めるだけの物資を積み込んだ。三日目の夕刻、食事を終えたサムスンとサラディンは、ライトの下で地図を見ながらルートを慎重に検討している。

「また砂漠に入るの?」

 テントの撤収を手伝いながら、ナユタがオマールに問うと、オマールは首を振った。

「もう砂漠はないな。ただ、ここから先は、めったにコロニーに入れない」

「どうして」

「検問が厳しい」

 ウィグル行政区周辺はキャラバンに寛容で、コロニーへの出入りも自由に近かったが、ここからはそうはいかないのだという。

「ナユタも、車の中にいてもニカブを被ってたほうがいいぞ。警察の奴らは無遠慮に中をのぞいてくるからな」

 うん、とうなずいたナユタのうしろで、サラディンがメンバーに声をかけた。

「じゃあ出発だ。今夜は俺が先導する。ナユタ、俺の隣を頼む。

「はぁい」

 サラディンと一緒になるのは久しぶりだ。ナビゲーションシステムを慎重にセットして、サラディンがオート操作を指示すると、車はゆっくりと走り出した。車列は全部で五台。後の車は、サラディンの車両を追うようにナビをセットしているはずだ。

「ここから、どこに行くの」

「カスピ海だ」

 ナユタの問いに、サラディンが答える。

 カスピ海、と聞いて、ナユタの胸がきゅん、とうずいた。学校の地図で見たおおきな湖は、ソヴィエトの南端。まだ一度も訪れたことはないが、知っている地名を聞くと、故郷に帰るような思いがする。

「広いんでしょ」

「らしいな。俺も初めてだ」

 サラディンはフロントガラスの向こうの闇を眺めて、何事か思いを巡らせている。

「ねえ」

 ナユタが声をかけると、サラディンは、うん、とナユタに視線を向けた。

「サラディンは、どうしてキャラバンになったの」

 ナユタの問いかけに、サラディンは薄く笑った。

「そういえば、話が途中になっていたな」

 カフェインの入ったドリンクをボトルから飲んで、さてどこから話そうか、とサラディンはつぶやいた。

「ナユタはこの前、なんで俺が住民カードを捨てたのかと聞いたな」

「うん」

「太陽を探すためだ」

「太陽祭」

「とは、少し違う」

 首をかしげたナユタから視線をそらし、サラディンは少し黙った。

「クラウディの話をしたのを覚えているか」

「うん」

 オゾン層をうしなった世界を、紫外線から守るためのシステム。

「最初の選挙から十六年後。三代目の大統領、ヴィクトリア・オズマの代に、三権分立――民主主義の政治の形が整った」

 サラディンの琥珀色の瞳が、フロントガラス越しに闇を見つめる。

「このころはもうすっかりクラウディシステムが安定して稼働するようになっていた。このころまで、人間は、昼間に寝て、活動は夜、という生活をしていた」

 だが、この時代は世界中どこでも、メンタル不調や流産がいちじるしく多かった。昼夜逆転の生活が人間のホメオスタシスを狂わせるという研究が進み、それが社会のしくみに反映される。試行錯誤の果てに、いつしか、「勤労と学習は昼、外出は夜」というスタイルが出来上がった。

 それでも、流産率や乳幼児死亡率、そしてメンタル不調者の数は減らなかった。おおむねそれは太陽光の不足によるもので、そこから人口太陽光の研究が盛んに行われた。もちろん、そういった太陽光不足のマイナス影響は、強烈な紫外線にさらされるリスクとは比較にならないが、子供の成長が阻害される要因のほとんどは太陽光の不足によるもので、それは人類の未来に直結する重大事だった。

「ナユタのいた時代と、世界が大きく変わってしまったからな、その中で生き延びるために、社会も科学技術も試行錯誤――様々な実験を繰り返した」

 仕組みが変わるたび課題が見える。その課題に対応し、技術が開発され、社会の仕組みが変わる。そうして、おおむね今のライフスタイルが確立したのは、NC三五○年頃のことである。

「今の社会はクラウディありきで成り立っている。だからクラウディは、人類にとってなくてはならないシステム、ということになっているが、それに疑問を持つ科学者は常にいる。だが、その研究はなかなか進まない」

「難しいの」

「難しいというより、邪魔が多い」

「どうして?」

「クラウディには強固な産業界や財界の支持があるからな」

 ナユタが首をかしげた。

「政府を動かすには金が要る。その元手は税金だ。税金を払ってるのは誰だと思う」

「国民でしょ」

「国民もだが、ほとんどの税金は、いろんな会社が払っている」

 クラウディという巨大なシステムに連なる産業に従事する人口は、世界の四割にのぼる。

「会社の払う税金は、個人の納税額とは比較にならない。いわば、クラウディ関連業は国の大事なスポンサーなんだ」

 もうひとつ、とサラディンは腕組みしながらナユタに話す。

「製薬会社――薬を作る会社だな」

「お薬」

「そうだ」

「太陽がない世界で生きるために、俺たちの食事、ことにタンパク質にはサプリメントや人工栄養が色々入っている」

「そうなの?」

「そうさ。必須ビタミンが色々入ってるんだ。だから人間は生きていられる」

 ナユタは微妙な顔になった。スパムは嫌いじゃないけど、いろんなものが入ってると思うと、食べ物、という感じではなくなってしまう。

「栄養素だけじゃない」

サラディンは言葉を続ける。

「気分が落ち込んでどうにもならない、うつ病という病気がある。その薬を抗うつ剤というが、これは、太陽があれば六十%不要になるという試算もある。そういう産業が、世界政府の財源だ。政府はそれをなくすことを一番恐れている。いったんできあがった経済の仕組みを変えるのは、楽じゃないんだ」

「なら、今のままではだめなの?」

 ナユタは首を傾げた。

「とりあえずうまくいってるなら、それでもいいんじゃないの?」

 そうだな、とうなずいて、サラディンはナユタを顧みた。

「ナユタは、太陽を見たくないか」

「見たい」

 ずっと曇りと雨と雪しかないこの二年近く、どんなに青空と太陽が恋しいか。

「クラウディ以外に、太陽と共存しながら暮らせる仕組みがあるとしたら、どうする」

「あるの」

「あるかもしれない。だが、今のままでは、人類はクラウディ以外を選びようがない。クラウド党が、四百年かけてそういう仕組みをつくり上げてしまったからだ」

 そう言って、サラディンはしばらく黙った。運転席のモニターが、サラディンの精悍せいかんな横顔を照らす。その横顔は、ここから先を話すかどうか、悩んでいるように見えた。

「ナユタは前に、スーリアって何だと聞いたな」

「うん」

「前置きがおそろしく長くなったが、スーリアは、クラウディ以外の技術で世界を守ろうという政党だ」

「クラウディ以外の技術」

「スーリアは、三十年くらい前に発案された、オゾン層再生理論の名前だ。発案者はマイヤ・ルキーチという。以後多くの研究者がバトンリレーのように関わって、開発を進めてきた」

 サラディンは、記憶を反芻はんすうする表情になった。

「二十年くらい前、スーリア論理に間違いがないと証明されてから、クラウド党の――党と、クラウディの利権に集まる政財界からの妨害が激しくなった。奴らはなにかと理由をつけてスーリアの研究の邪魔をする。人類をふたたび破滅させる悪魔の研究だと政府が宣伝を繰り返すから、次第にそれが本当らしく思われる。スーリアの研究者、は安心して研究に専念することができなくなった」

 ナユタは黙ってサラディンの話に聴き入った。

「システムの理論のうち一番の課題は、どうやってそのシステムを軌道に乗せるかだったが、それもクリアになっている。あとは有権者の――国民が選挙でスーリア党を支持してくれさえしたら、システムの運用を開始することができる」

「そうしたら、青空が見られるのね」

 青空か、とサラディンはつぶやいた。

「空は青いというのは本当なんだな」

 ナユタが首をかしげると、サラディンは薄く笑った。

「俺たちはその空を知らない。雲が晴れれば太陽が見える。そこまではわかる。だがその風景はどんなものなのか。古い絵やデータで知るばかりで、俺たちには悲しいことに雲のない空が想像できないのさ」

 だから、とサラディンはナユタを顧みた。

「俺はナユタに助けてほしいと思った。太陽のある世界を知っているナユタなら、システムが始動したときにそれが正しいものかどうかがわかるだろう」

「システムは動くの」

「動く」

 サラディンはぎゅっと口を引き結び、しばらく黙った。

「あまり詳しくは言えないが、スーリアを安全に試す仕組みがある。それを試すチャンスを与えてほしいというのが俺たちの主張だ。だが、現政権はそれをさんざんに邪魔してくる。大統領選挙は四年に一度。来年がその選挙だ。世界政府の建前は自由主義となっているが、クラウド党以外が勝利したことはない。俺たちの主張をどうやって有権者にわかってもらうか、俺たちは、それをみんなで考えている」

「なんでサラディンはスーリア党に入ったの」

「選挙権を捨てたくせに、か」

 サラディンが自嘲の笑みを浮かべる。

「俺は、連絡役だ」

「連絡役」

「キャラバンとして移動しながら、各地のスーリア支持者や技術者と連絡を取り合い、システムを妨害から守りつつ選挙で勝利する方法を考える、つなぎ役をしている」

「そうだったの」

「そのためには、俺の動きや所在が知れるのはよくない。政府は個人情報を収集しないと言ってるが、そんなものが信じられないことは痛いほどよくわかっている。タブレットやカードを持っていたら危険きわまりない。それで、こういう暮らしをしている」

 ナユタはようやく得心とくしんした。メンバーの中で住民カードとタブレットを持っているのはオマール夫妻だけ。サラディンたち他のメンバーがコロニーに入りたい時は、そのカードを借りていく。そしてサラディンは、どんなに天候が悪くてもコロニーに入るとすぐに車をおりる。そして人通りの多いところを選んで歩く。ナビやタブレットが、行き先を教えることがよくないから、紛れ込んでいるのか。

「いずれナユタにも助けてもらうこともあるだろう。その時は協力してくれるか」

「うん」

 ナユタは、サラディンを信頼していた。そして太陽が見たかった。太陽を取り戻すために活動しているサラディンが、頼もしかった。

「わたしも選挙権はないけど、役に立てることがあるのかな」

「おおいにある」

 サラディンは笑った。前方に、薄く地平線が見え始めた。今日はここまで、とナユタに告げて、サラディンはモニターのスイッチを入れた。ちいさなモニターにサムスンが口を開けて寝ている姿が浮かび、ナユタが噴き出した。

「おい、運転中にそこまで寝るな」

「んあ」

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