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13. 竜の揺籃地 - 2

 


     [2]



 結界を通過して、その中へ侵入すると。まず最初に気付いたのは、結界内の気温が外に較べてかなり低いということだった。

 体感的なものなので、具体的な数値までは判らないが。おそらく結界の内側は、外側に較べて5℃ぐらいは低いように思える。

 もともと森の中は『森林気候』と言って、日中は外界に較べると少しだけ気温が低い傾向があるが。それより更に温度が低くなっているせいで、結界の内側は涼しいというより、もはや少しだけ『肌寒い』とさえ感じられた。


《現在の気温は『10.4℃』です。結界の外に較べて6℃以上低くなっています》


 すかさずエコーがそう教えてくれる。

 どうやらナギの推測よりも、更に気温は低いらしい。

 10℃といえば、日本で言えば3月辺りの平均気温並みなので、肌寒く感じるのも当然と言えば当然だろう

 現在のこちらの世界(アースガルド)が何月なのかは判らないが、この結界内に限れば、環境はかなり『冬』のそれにも近いと言えるだろう。


 環境の変化が著しいせいなのか、付近をよく見渡してみると、結界の内側と外側とで森林の植生に顕著な差異があることが判る。

 森を構成する樹木も、樹木に巻き付いているつる性の植物も。林床に生えている灌木や草花に至るまで、周囲にある植物全てが先程までと明らかに異なっていた。


(ああ、そうだ。感知はオフに切り替えたんだっけ……)


 移動に専念しなければロズティアに着くのが遅くなってしまうからと、少し前に〈素材感知/植物〉のスキルを『オフ』にしていたことを思い出す。

 植生が変化したなら、採れる植物素材にも変化があるかもしれない。

 少し興味が湧いたので、ナギはスキルを『オン』に切り替えてみる。

 感知対象の条件は、オフにする前と同じで『300gita』以上の価値を持つ『木材以外の素材』に設定されている筈なのだが―――。


「わわっ、まぶしい……!」


 すると―――ナギの視界に映っている、樹木の幹を除いたあらゆる植物が一気に光を放ち始めて。その光量のあまりの強さに、思わずナギは両手で目を覆った。

 どうやら周囲にある植物は、どれも『300gita』以上の価値を持つものばかりであるらしい。このままでは耐えられないので、慌ててナギは感知対象の(しきい)値を、『300gita』から『1,000gita』にまで大きく引き上げた。


(……な、なんで収まらないんだ!?)


 だが、それでもナギの視界を埋め尽くす光は、僅かにさえ弱まらない。

 倍の『2,000gita』にまで閾値を引き上げてみるものの、まだ光は収まらない。


 ナギが更に閾値を上げていき、感知対象を『5,000gita』以上の素材に絞った時点で、ようやく光量は少しだけ弱まってくれた。

 それでもまだ眩しいので、大台の『10,000gita』以上の価値を持つ素材に限定してみると。やっとのことで周囲一帯の光が充分に抑制され、直視しても苦痛を感じないレベルに収まってくれた。




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 □サンクレアム/品質[191]


   【カテゴリ】:薬草

   【流通相場】:139,000 gita

   【品質劣化】:なし


   魔力が濃密な森林でのみ、およそ十年をかけて成長する伝説の薬花。

   生物が少なく、魔力の揺らぎが乏しい環境で育つと品質が高くなる。

   飴に似た性質を持つ六枚の花弁は、口の中で溶かすと万病に効く。

   根を煎じて飲むと服用者の自然治癒力を極限まで高められる。


+--------------------------------------------------------------------------------+




「―――じ、13万!?」


 現在の感知条件でさえ、まだ光を帯びている植物がナギの足下すぐにあったものだから。試しにそれを土から抜き取り〈鑑定〉してみて―――ナギはそこに()えた情報の詳細に、思わず感嘆の声を上げた。

 この花ひとつだけで、現在のナギの全所持金を大きく上回る価値を持っている。

 昨日の一日や今日のここまでの道中で、細かい金額の素材を逐一拾い集めてきたのは一体何だったのかと。思わず絶句させられてしまう、何とも驚嘆すべき相場価格だ。


 どうやら古代種(アンシェント)以外の侵入を許さない結界の内側は、人や魔物などの生物に侵されることなく育った、植物たちの聖域でもあるらしい。

 またサンクレアムを〈鑑定〉して表示されている説明文から察するに、この結界内は魔力が濃い環境でもあるのだろう。

 ……生憎と魔法を【浄化】ひとつだけしか使えないナギには、周囲環境の魔力がどうとか、そういったことは体感ではさっぱり判らないが。


《これはこれで、売るのに苦労しそうですね……》


 呆れ声でエコーが漏らしたつぶやきに、ナギは思わずハッとする。

 単価で13万gitaもの値がつけられる素材が、どれほど希少かは想像に難くない。

 採取した素材をお金に替えるためには、掃討者ギルドに『その素材を採取してきて欲しい』という『採取依頼』が貼り出されている必要がある。

 都合良くギルドにサンクレアムの採取依頼が掲示されていれば別だが、そうでなければ買い取り手を見つけるのに苦労させられそうな金額に思えた。


(売却できなくて、暫くボックスの肥やしになりそうだ……)


 異世界での生活を確立するためにも、なるべく早めに収入を安定させたい現状では、高価な素材なのに換金できそうもない―――というのも、なかなか悩ましい。

 品質が自然劣化しないようなので、ボックスの中に死蔵していても素材が駄目になる恐れがないことが、せめてもの幸いだろうか。


 試しに感知対象の閾値を、一気に『100,000gita』以上の素材に設定してみる。

 それでもなおスキルの有効範囲であるナギの周囲『半径10メートル』の中に、全部で4つもの素材が感知対象として引っかかっていた。


(ひ、拾っていくべきか、無視するべきか……)


 売却が難しいと判ってはいても、金額が金額なだけにナギの心の中は複雑だ。


 とはいえ別にいま採取せずとも、この場所を護っている結界がナギにとって通行に何ら支障がない以上、後日また採取に来ることも難しくはないだろう。

 サンクレアムは幸い、時間経過で品質が劣化しない薬草であるらしいが。他の植物までそうであるとは限らない。〈収納ボックス〉の中で緩やかに腐らせてしまうぐらいなら、必要になるまで採取せず、自然のまま残しておく方が良さそうだ。

 ―――そのようにナギは自分の心を説得して、感知スキルを再び『オフ』へと切り替えた。


 林床に生えている植物をなるべく踏まないよう気をつけながら。ナギはひとり、ゆっくりと森の中を歩いていく。

 今までの高い遭遇率が嘘のように、オークとは全く出遭わない。やはり結界に侵入を阻まれるせいで、オーク達も内側へは入れないのだろう。

 また結界の内側にはオークだけでなく、小動物や虫の類も一切見られなかった。


 周囲にあるのは、ただ無数の植物ばかり。

 人の手が入っていない森の筈だが……。にも関わらず、周囲にある樹木はどれも均等な間隔を開けて並んでおり、どこか人工林を思わせる整然さがあった。

 気温が低く、少し肌寒いことも相俟ってか。―――自然さと不自然さが同居するかのような奇妙な環境の中に身を置いていると、一種の神聖さのようなものさえ感じられてくる。

 ここが『竜の棲む森』であるという実感が、急速に心の中で高まってきたのを、緊張と共にナギは意識していた。





 

-

お読み下さりありがとうございました。


[memo]------------------------------------------------------

 ナギ - Lv.3


  〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、

  〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1

  【浄化】1


  〈植物採取〉2、〈健脚〉1


  91,990 gita

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