14. 竜の揺籃地 - 3
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そのまま結界内を進んで行くと、やがてナギは周囲の森が開けた、見晴らしの良い場所へと辿り着いた。
林冠も途切れていて、空を仰ぐことができる―――のだが。雲ひとつ存在していないその空の色は、青空ではなく、どこか薄い紫がかった色味をしている。
《先程通過した結界が、ドーム形状にこの空間の上部も覆っているようですね》
その理由は、エコーがすぐに説明してくれた。
言われてみれば確かに、つい先程ナギがあっさり通過できてしまった結界は、薄い紫色をしていたよう思う。結界の色味が透けて、空が紫がかって見えるわけだ。
開けた空間の前方側には、何とも立派な威容をした大樹が悠然と存在していた。
おそらくはこの樹が、エコーの言っていた『古代樹』なのだろう。
形状だけを見れば菩提樹のそれに似ている気もするが、とにかく樹木全体が巨大すぎる。日本に住んでいた頃に一度見たことがある、牛久大仏よりも更に一回りも二回りも大きそうなその大樹は、天を突くという表現が何より適切と思える程に、結界の天井を超えた空の高みにまで届いていた。
おそらく大樹の高さは数百メートルはあるだろうか。立派な威容をぼんやりと眺めているだけでも、少なからず心を揺さぶられるような感動があった。
近づいてみると、その大樹の根元には小さな泉が広がっていた。
水底が苦もなく見えるほど、非常に透明度が高い泉だ。
その泉の中に根を張って、高く聳える古代樹の枝葉の隙間から下垂る木洩れ日が、泉に複雑な輝きを描いている。
そんな陽光を乱反射する水面に脚を浸して立つ、裸の少女がひとり。
少女の無垢な瞳と目があって―――ナギは、その場から動けなくなった。
美しい少女だった。
うっすらと青みを帯びた髪は、同時に銀色とも水色ともつかない、何とも深くて複雑な輝きを帯びているようにも見える。
真っ白な肌と、触れれば容易く折れそうな程に華奢な躰付き。
どこか色味が希薄な全像の中で、唯一少女の双眸だけが濃い蒼を帯びている。
(―――人間ではない)
ナギは直感的にそう理解した。
全てが見えている少女の裸体に、何か人として異形な部分があるわけではない。
けれども一方でその姿からは、人間らしい要素もまたなにひとつ見当たらなかった。
美を体現したような少女の裸体は。全てが理想的であり、全てが異質だった。
心を直接掴まれたように、ナギはただ、その場に呆然と立ち尽くす。
そんなナギを見て。少女は頬を紅潮させながら、どこか照れたように微笑んだ。
「あまりまじまじと見つめられては、照れてしまいますわ」
一糸纏わぬ姿で、泉で沐浴している少女から。
あどけない声でそう窘められて、慌ててナギは少女に背を向ける。
「ご、ごめん!」
「いいんですのよ、気にしないでくださいまし。よろしければお姉さまも、一緒に入られますか? 冷たくて気持ちいいんですのよ」
「い、いえ、僕は……」
少女の提案に、慌ててナギは首を左右に振る。
ただでさえ結界の内側は肌寒いぐらいの気温だというのに。こんな環境下で水浴びなんてしたら、凍えてしまいそうだ。
「ああ―――殆どの人族の方は、寒さにあまり強くないですものね。この冷たさでは風邪を召してしまいますでしょうか。
でも、この泉の水は今はとても冷たいですが、夜になれば温かい湯に変わりますの。湯になった後でしたら、お姉さまも気持ちよく入れるかもしれませんね」
「……昼は冷泉なのに、夜は温泉になるのですか?」
「ええ。と言っても浸かると温かい程度で、あまり熱くはなりませんが。
―――お姉さま、もうこちらを向いて下さっても大丈夫ですわ」
そう促されて振り向くと、いつの間に距離を詰めていたのか、少女はナギのすぐ目の前に立っていた。
柔らかな印象を与える、幼い少女だった。歳の頃は9歳か10歳あたりだろうか。
日本に居た頃よりも20cm近く背が低くなった今のナギよりも、少女は更に10cm近く背が低いように見えた。
先程までは一糸纏わない姿をしており、また荷物を携行している様子も無かった筈なのだが。一体どこに持っていたのか、今の少女はツーピースの清楚なドレスを身に付けている。
純白を基調とするすっきりしたデザインのトップスと、僅かに灰がかった色味の落ち着いたスカート。淡い水色の髪と深い蒼を湛えた双眸とが相俟って、少女の容貌には、まるで高級な洋人形のような隙の無い魅力を完成されていた。
「どうかなされましたか、お姉さま?」
上目遣い気味に少女からそう訊ねられ、思わずナギはどきりとする。
幼い姿と声色とは裏腹に、少女からはどこか大人びた魅力も垣間見える気がした。
「あの……。僕は一応男なので、その『お姉さま』呼びはやめて下さいませんか」
「お姉さまが、男性、ですか? ……失礼ながら、全くそうは見えませんが」
「あ、うん、そうですよね……」
さも当然のように少女からそう言われ、ナギは軽く落ち込む。
自分の顔や体形が完全に女性のそれになっていることは頭では理解していたが、改めてそう断言されると、少なからず打ちのめされるものがあった。
「……君は、人間ではないよね?」
明らかに人間ではない魅力を持つ少女に、ナギがそう問いかけると。
「はい。そしてそれは、お姉さまもですわ?」
躊躇無く頷いて認めたあとに、少女はそう言い切ってみせた。
確かにナギは『人族』ではあるが、少女の言う通り『人間』ではない。
「母様が張った結界を通れるのですから、古代種には違いない筈なのですが。一体お姉さまの種族は何なのでしょう? わたくしと同じ『竜』でないことだけは判るのですが」
「君は竜なのですか?」
「ええ、そうですわ。わたくしの名はレビン・スノーホワイト。水龍スターニアと氷竜リントブルムの間に生まれた、水と氷の力を併せ持つ竜人種ですの。わたくしのことはどうぞ『レビン』とお呼びになって下さいまし」
そう告げると、少女―――レビンはスカートの端を軽く摘んで、ぺこりと可愛らしくお辞儀をしてみせた。
愛くるしい子供の仕草ではあったが。大人びた口調を好むところがあるせいか、レビンのそれは一人前の淑女らしい嗜みある仕草にも見える。
『スノーホワイト』という姓は、明らかに英語の名であるように思えたが、
《その単語は、私が竜の言語から翻訳しております》
これについては、エコーがすぐにそう教えてくれた。
つまり彼女の姓には、元々は『雪の白』を意味する竜の言葉が入っているのだろう。
「それで、お姉さまの種族は一体、何なのでしょう?」
「僕は……えっと、確か『古代吸血種』という種族だそうです」
「まあ! 竜などより、ずっと希少種族ではありませんか! 本日はどうして竜の地へお越しに? もしかして、わたくしを眷属になさるおつもりなのかしら?」
頬を僅かに赤らめながら、どこか嬉しそうにそう告げるレビン。
けれど、もちろんナギにそのつもりは無いし、そもそもナギには『眷属』というものがよく判っていない。
単に『ランデン』の村から『ロズティア』に向かい、真っ直ぐ移動している途中なのだと伝えると。レビンは眉尻を下げて、少し残念そうな表情をしてみせた。
「そうですか……。艶やかな黒い髪と、黒玉の双眸、しかも古代吸血種だなんて。こんなに素敵なお姉さまの眷属になら、私もなってみたかったのですが」
「僕は男なので、す、素敵なお姉さまと言われても、嬉しくなかったりしますが……。
ところで、その『眷属』というのは一体何なのでしょう?」
「……? お姉さまは眷属をご存じ無いのですか? 古代吸血種のご本人でいらっしゃいますのに?」
「お恥ずかしながら……」
レビンの言葉に、ナギは肩を落として項垂れる。
確かに彼女の言う通り、ナギは自分の種族である『古代吸血種』なるものについて、まだ全くと言って良いほど何も知らない。
昨日も今日も、森の中を歩いている間にエコーと会話する時間など幾らでもあったのだから。ちゃんとエコーから自分の種族について教わっておくべきだっただろうか。
「眷属とは、吸血種に血液と忠誠を捧げる代わりに、特別な力を授かる者のことです。吸血種は他者の血液を己の力の糧とする種族ですから、眷属を持つことはお姉さまの力を高める役に立つ筈ですわ。
また逆に吸血種の側からは、吸血行為を通して自分の持つ能力の一部を眷属に分け与えることができます。例えば吸血種は老化速度が非常に遅いという特徴を持っていますので、眷属になれば寿命が何倍にも伸びます。特に古代吸血種であるお姉さまは『不死種族』ですから、お姉さまの眷属になればそれだけで『不老不死』が約束されますわね」
「わぁお……」
自分の種族はなるべく隠すようにしよう―――と、ナギは心の底から思った。
もし自分が、他人にお手軽に『不老不死』の力を与えることができると知られれば。多分その瞬間に、この世界でのナギの生活からは『平穏』の二文字が消えてしまうことだろう。
「その辺の基本情報を何もご存じないと言うことは……つまりお姉さまは、まだ眷属をひとりもお持ちでは無いということでしょうか?」
「あ、うん。そうなると思います」
「ではわたくしが『1人目』になれる可能性も充分にあるということですわね!」
レビンは快活な声でそう告げると、にんまりと嬉しそうに微笑んでみせる。
けれどナギは、すぐに頭を振ってそれを否定した。
「レビンの血を吸うというのはちょっと……」
吸血種と言うぐらいなのだから。この身体にとって他者の血を吸うというのは、忌避すべきでない当然の行為なのかもしれない。
実際それを裏付けるかのように、ナギは『他人の血を吸う』行為を頭の中で想像してみても、意外なほどに抵抗感を覚えなかった。
少なくとも女性の血を吸うことには、まるで嫌だとは思わない。まあ……ちょっと、男性の血を吸うのは嫌だなとも思うけれど。
レビンの血を吸うことにも、別に抵抗感は覚えない。
けれど―――それはそれとして。ナギにはどうしても、こんなに幼い少女の血を吸うというのには抵抗があった。
「どうしてですの!? 竜の血は吸血種にとって最高のごちそうだと聞きますわ! わたくしの血だって、きっととっても美味しいはずです!」
「いえ、味の問題では無くてですね」
吸血鬼というと、どうしても映画や漫画などのイメージから、相手の首筋に歯を立てて直接血を吸う情景が想像されてしまう。
そんな行為を9歳ぐらいの見た目をした、幼い女の子相手に行うというのは―――。
即座に警察に『事案』として通報されても、おかしくないような振る舞いには。どうしてもナギは忌避感を覚えずにいられないのだ。
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お読み下さりありがとうございました。
[memo]------------------------------------------------------
ナギ - Lv.3
〈採取生活〉2、〈素材感知/植物〉2、〈収納ボックス〉2、
〈鑑定〉1、〈非戦〉2、〈繁茂〉1
【浄化】1
〈植物採取〉2、〈健脚〉1
91,990 gita
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