閑話 受付嬢セレアのとある一日
「ふぁ~あぁ」
あっと、いけないいけない。
いくら早朝だからって受付で欠伸なんて、先輩に見られたら大変だ。シャキッとしなくちゃ。でも眠いものは眠いもんなあ。やっぱり早番って大変だよね。
大体、朝の鐘と同時に開業なんて狂ってるよね。……確か、大昔に勇者様が決めた規則なんだっけ?
なんでそんな規則作っちゃったのよー。おかげでこっちは凄く大変なんですけどー。
あっと、いけないいけない。
勇者様に物言いなんて不信心だ。聖教会の人に怒られちゃう。
内心だけで朝のぼやきを繰り広げていると、早速お客様がやってきた。
こんなに朝早くといえば、クケコットの卵の納品かな。朝早くからお疲れ様です。
なんて思っていたのに、私の予想はハズレたようだ。そこにいたのは、
「――子供?」
白いくりくりの巻き毛が可愛いらしい羊人族の子供だった。
え? なにあの子? めっちゃかわいい。抱きしめたい。
ネームウィンドウを見てみると、レーゼハイマ商会の奴隷らしい。ルーリエちゃんかあ。こんな朝早くから一人でどうしたんだろう? おつかい?
「……――ならねえぞ」
と思っていたら、一人じゃなかったみたい。
もう一人、男の子が一緒だった。あの子もレーゼハイマさんのところの人?
「……あれ?」
あの男の子、ステータスタグを装備していない。なんて物騒なんだろう。
でもなるほど。きっとタグを失くしたから再発行にきたんだ。確かにそれならあまり人に会わない早朝がいいもんね。
「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はタグの再発行でよろしかったですか?」
やがて、カウンターの前にやってきた二人に、そう声をかけたのだけれど、どうしてか男の子のほうに凄い睨まれてるような……?
「む、ちがう。再発行じゃなくて、発行」
答えてくれたのは女の子のほうだった。
いい子ねー。なでなでしたいなー。
よしよし、タグの再発行ならお姉さんに任せなさい。再発行なら何度かしたこと――……えっ!? 今、「再発行」じゃなくて、「発行」って言った? それってステータスタグの新規発行ってこと? え、うそうそ。ほんとに?
聞き返してみたけれど、間違いなく初めての発行だと言う。
それって、この男の子のタグだよねっ。初めてのタグってことだよねっ。
てことはっ! 彼が私のラミアス――っ!!
きゃーっ、て落ち着いて私。ラミアスを迎えるのは完璧な受付嬢でなくっちゃ――て、そうじゃない。私、タグの新規発行なんてしたことない。ど、どどどどうしよう。
「しょ、少々、お待ちください!」
私は受付の奥の事務室に駆け込んだ。
「――どうしたのよ。血相かけて」
書類を整理していた先輩が、眉をひそめながら聞いてくる。
「せせ先輩! ラミアスが――!」
「……は?」
「ラミアスがっ、ラミアスが来たんですっ。タグを発行しなくちゃ!」
「誰よ――て、まさか『セレアとラミアス』のラミアス? あんたねー、いくらヒロインと同じ名前だからって、朝っぱらから寝言垂れ流してんじゃないわよ」
そう。『セレアとラミアス』。
冒険王ラミアスと、それを支える受付嬢セレアの恋を描いた一大ラブストーリー。
世の女子であれば一度はドハマりする恋のバイブル。
何を隠そう、私の名前はこのヒロインであるセレアからとって付けられたものなのだ。
「寝言じゃないですよっ。ほんとにタグの新規発行してほしいって来てるんです」
「…………タグの新規発行? うそでしょ?」
そう言って、先輩はこっそりと部屋から顔を出し、あの男の子を窺う。
「……本当にタグがないわね。あの歳までタグ無しだったなんて、一体どこの山奥で育ったのかしら。それとも大陸中央部から流れてきたとか……? かなりあやしいわね」
「あ、あやしくないです!」
「十分あやしいわよ。大体、どうしてタグの新規発行で冒険者ギルドに来るのよ。普通は聖教会でしょ?」
「そ、それはラミアスみたいに冒険者になるために……」
しどろもどろになる私に、先輩はあごに手を当てて考え込む。
「……う~ん。まあいいわ。私が手続きしてくるから」
「ダメです! 私がセレアなんですよ!」
私のラミアスを盗るつもりですかっ。
私は先輩の肩をギュッと掴んで止める。
「……いや、あんた手続きのやりかた知ってるの?」
「――お、教えてください!」
先輩に教わった通りにやることで、無事にアカウント登録が完了した。
途中、一向にタグの装備が終わらないことに焦っちゃったけど、なんとか大丈夫だったみたいだ。
ふ~ん、継人君っていうんだね。見たことない文字だなあ。やっぱり遠くの出身なのかなあ。
たぶん、今ステータス確認してるんだよね。鋭い目つき。ちょっと怖いけど、かっこいいかも。うふふ。
でも年下かあ。私のラミアスは年下。……悪くないかも。うへへ。
そんなことを考えながらも、説明は完璧にこなしていく。
なんたって私はセレアですからね。業務は完璧にこなす、クールなビューティーなんです。
「――マイナスはどういう意味なんだ?」
ふいに継人君から飛んだ質問に、私は固まった。
マ、マイナス!? マイナス……マイナス……MPにマイナス補正……? どど、どうしよう。そんなの聞いたことない。
思い出せー、思い出せー。内心で頭を抱えて唸るが、知らないものは思い出しようがなかった。
「申し訳ありません。MPにマイナスの補正が付くとは聞いたことがありません……」
終わった。
ラミアスの質問に答えられないなんて、私はセレアじゃなかったんだ。私なんて所詮偽セレアだったんだ。
ごめんねお母さん。せっかくこんな素敵な名前付けてくれたのに、私、セレアみたいに素敵な女性にはなれなかったよ。
継人君も呆れているに違いない。思わず俯いてしまい、顔を上げられない。
「状態はどういう項目なんだ?」
バッと顔を上げる。
何も気にしていないような継人君の口調に胸が暖かくなる。許してくれるんだ継人君。優しい。さすが私のラミアス。
答えます。もちろん答えますとも。
私は弾む気持ちを抑えられないまま、説明を再開した。
そこからの継人君は、終始ぼんやりと説明に耳を傾けていたけれど、レベルの話が出たときだけは違った。
本人は何の気なしを装っているようだけれど、若干前のめりになって、そわそわしている。
かわいいなあ。やっぱり男の子だから強くなることには興味あるよね。
「初めてのことでご不明な点も多いかと存じますが、最後に肝心なことを一つだけ説明させて頂きます」
さて、ここからだ。
私は『セレアとラミアス』で、このシーンは千回以上読み返しただろう。なぜなら、この瞬間に二人の中に恋が生まれたのだと、私は勝手に思っているからだ。
緊張で喉が渇く。顔は強張っていないだろうか。
「肝心なこと?」
「はい。私の顔を見てください」
自然にセレアの台詞が口から出てきた。
物語同様に継人君の顔を見つめる。彼も私の顔を見つめ返している。
顔から火が出ないか。そんな馬鹿なことを気にしながら、そのまま見つめ合っていると、ふいに継人君の目が驚きで見開いた。
まるで物語のラミアスそのままの反応に、つい嬉しくなって笑ってしまう。
「ご覧頂けたようですね。改めましてセレアと申します。――ふふ。こうやって自己紹介をするのに少し憧れていたんです」
少しじゃない。
すごくすごく憧れていた。
嬉しい。夢が叶った。ありがとう継人君。
それから継人君は冒険者登録まで済ませると、ルーリエちゃんと一緒に帰っていった。
その日の私は一日中ニヤニヤしていて気持ち悪かったと、後日、先輩にからかわれることになった。




