5話
マックスは貿易センターから戻ると、宇宙軍情報部の知り合いに頼んでルーカスに関する情報を入手した。
本人が言っていた通り、ジャニアス星系の王立総合大学を卒業して宇宙開発局に入隊している。予想に反して優秀な人材だったらしい。横領事件に巻き込まれて自主退役している。
「船長。帝国宇宙軍のフレンドリー中将から通信が入っています。機密回線です」
ミネルバが音声で連絡してきた。
フレンドリー中将はジャニアス星系の帝国宇宙軍の司令だ。退役したばかりだと言うのに何の用事だろう?
「分かった。ここに繋いでくれ」
マックスが答えると隣の使っていない端末のスイッチが入り、ディスプレイが明るくなると、数日前に会った司令の顔が表示された。
「フレンドリー司令。お久しぶりです」
マックスは司令に敬礼して挨拶をした。画面に表示されたフレンドリー司令もマックスに敬礼を返した。
「やぁ、マックス、元気そうだな」
「司令も元気そうで何よりです。ところで、御用は何ですか?」
「あぁ、退役したばかりで、怪訝に思っているかもしれんが、任務の話じゃないから、安心してくれ」
司令の任務じゃないと言う前置きほど、当てにならない物はない。マックスは少し気を引き締めた。
「本当ですか?」
「本当だとも、ただの連絡だ。しかも朗報だぞ」
司令が心外だと言う顔をして答えた。
「申し訳ありません。司令」
「まぁいいさ。それで、お前が退役したので連絡が行き違ったが、アリシア星系の本部から3月1日付けで少将の辞令が出た。おめでとう」
マックスは驚いた。30歳で少将と言うのは過去に例がない。また、最年少の記録を打ち立てたことになる。裏で祖父が糸を引いているのだろう。
マックスが退役する時、祖父はなかなか手綱を放そうとしなかった。本当は宇宙軍の退役も表向きと言う形にされて特殊情報部門に所属させられている。
祖父とアリシア星域の提督から一切の手出しをしないと言う確約を貰っているが安心はできない。
「少将ですか、ありがとうございます。身に余る光栄です」
マックスは用心しながら答えた。
「なんだか、あまり嬉しそうじゃないな、まぁいいだろう。それと、独立捜査官の辞令も送られてきた」
「独立捜査官ですか?」
マックスは驚いて言った。
「さすがに、お前でも驚いたようだな。
とにかく、そう言う訳でお前の退役は取り消しだ。帝国宇宙軍の少将の資格を継続することになる」
独立捜査官は個人の判断で情報活動を行う者だ。マックスは宇宙軍だけではなく開発局に対しても権限があることになる。場合によっては星域の提督や大公を罷免することも可能だ。
「辞令と認識カード、特殊装備品とお祝い品が届いていた。明日、ミネルバ号に届けさせる」
「ありがとうございます。」
マックスは反射的に返事をした。
「それから、ランカスター少佐、ゴードン大尉、ゴタード大尉のことを、話しておこうと思う」
「3人がどうかしましたか?」
「お前が退役する時、3人からも退役願いが出た。お前は知らないと思うが、3人は特別監視対象者のため、最初、退役の許可を出さなかった」
「特別監視対象者ですか?」
「あぁ、推将以上でないと見れない極秘事項があってな、お前は少将に昇格しているから話すのだが、3人は8年前に特殊強化処置を受けた」
「特殊強化処置ですか?」
「何でも、超古代文明から見つけた特別なウィルスを投与したらしい。
3人以外は全員死亡が確認されている。4年前に経過報告が出されて効果がなかったと判断されてる。
退役願いが出た時は、一応、特別監視対象者になってるので許可を出せなかった。しかし、4年前に効果なしの判断が出されていることと、お前に付いていくと言う申告があったため再検討された結果。お前の部下として配属することになった」
「そうでしたか」
「ついでと言っては何だがオリンピア中佐の退役も取り消して3人と同様にお前の部下に配属することにした。それと、全員一階級昇格だ。全員分の辞令、認識証、制服一式と特殊装備を含めた装備一式をお前のと一緒にミネルバ号に届ける。最新式のフル装備だ。倉庫を空けておけよ」
「分かりました」
「それじゃ、元気でな。何かあったら、いつでも、相談してくれ」
フレンドリー司令が愛想良く言った。
「ありがとうございます。それではお元気で」
マックスは敬礼して通信を切った。
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その日の夕方、安ホテルを解約し、荷物を整理して清算を済ませたルーカスは荷物を宇宙港内移動用の手押しカートに積んでV28番ゲートに向かっていた。
宇宙港のV列ポートの出入り口で移動用カートが安く利用できる。28番ポートまで手押しカートで押してたら30分ぐらいかかってしまうだろう。
ルーカスは荷物を移動用カートに移して乗り込み、2Cr分のコインを投入した。移動用カートは自動操縦になっているので28番のボタンを押すとゆっくりと動き出した。
移動用カートは暫くスピードを出して走った後、ゆっくりと停止した。28番ポートに着いたようだ。
ルーカスは移動用カートから降りてドッキングチューブを確認した。28番と書かれている。
ポートから白く輝く美しい宇宙船が見える。確かに400tクラスの大きさだ。しかし、自由貿易船と言うよりも上級貴族が乗る超高級クルーザのように思える。
帝国宇宙軍の英雄であるトウゴウ大佐は、確か貴族の爵位も持っていたと記憶している。船長は上級貴族の坊ちゃんなんだろう。
話をした時は、気さくで、とても、軍人とは思えなかったし、貴族とも思えなかったが、なんとなく、自分が場違いな世界に来たように感じた。
ルーカスは思い切ってドッキングチューブに足を踏み入れ、ミネルバ号のエアロックの前に立った。
「こんにちは、ルーカスと言います。誰かいませんか?」
ルーカスはドアに向かった話しかけた。
「こちらは、ミネルバ号です。何の御用ですか?」
美しい女性の声で応答があった。
「今度、乗組員に雇ってもらった者です。船長のトウゴウさんから乗船するように言われました」
ルーカスは不安そうに答えた。
「暫く、お待ちください。確認します」
先ほどの女性の声が答えた。1,2分後に「船長に確認しました。ただ今、乗組員が迎いに行きますので、もう暫く、お待ちください」と再び女性の声が答えた。
声を聞いた感じでは、かなりの美人のような気がする。ルーカスは声の主に会ってみたいと思った。
数分後にエアロックのドアが開き、30歳ぐらいのスーツ姿の男性が現れた。ルーカスを見ると、深々とお辞儀をして「ルーカス・フォレスター様ですか?」と尋ねた。
「はい。そうです」
スペースジャケットを着たクルーが現れると思っていたルーカスは驚きながら答えた。
「私は執事のロバート・エイムズと言います。主人から、部屋に案内するように言い付かっています。お荷物はありますか?」
ロバートはルーカスに丁寧に聞いた。
「えぇ、移動用カートで運んできました」
良く見ると、ロバートの後ろに汎用型ロボット2体が控えている。
「分かりました。お荷物はロボットに運ばせますので案内してください」
「それは、助かります。こちらです」
ルーカスは答えて移動用カートにロバート達を案内した。
執事が迎えに来るとは、やっぱり、船長は金持ちの貴族なんだとルーカスは確信した。
ルーカスが移動用カートに案内すると、ロボット2体がそれぞれ、大きなトランクを二個ずつ、軽々と持ち上げた。
ロバートは助手席に置いてあったボストンバックを引っ張り出した。
「荷物はこれで全部ですか? 移動用カートを戻してもよろしでしょうか?」
「えぇ、それで、全部です。移動用カートを戻してください」
ロバートは移動用カードを操作してポート出入り口に戻した。
「それでは、案内します。こちらにどうぞ。」
ロバートが先にエアロックチューブに足を踏み入れた。ルーカスはロバートの後ろに従った。
気密室を通って船内に入ると、広い通路が前方と左右に通っており、高級そうなカーペットが敷かれていた。まさに、超豪華クルーザと思わせる内装だ。
ロバートはルーカスを案内してエレベータに入った。荷物を持ったロボット2体も一緒に乗ったが、まだ余裕がある。一度に7,8人は乗れるほど大きなエレベータだ。
エレベータは上に移動して直ぐに止まり、扉が開いた。ロバートはエレベータから出ると、再び、ルーカスを先導した。
少し歩いたところで部屋のドアを開けた。
「こちらが、ルーカス様の部屋になります。どうぞ、お入りください」
ルーカスは言われるままに、部屋の中に入った。今まで泊まっていた宇宙港の安ホテルの4倍ぐらいの広さがある。
地上の一般家庭のヘッドルームぐらいの広さがありそうだ。船内の部屋とはとても思えない。
部屋の中には最新式の衛生ユニット、ベッドに、机にキャビネット、机には最新式の端末が置かれており、娯楽番組を見るためのディスプレイと冷蔵庫など、贅沢な設備が整っている。
ルーカスは部屋の中をぐるりと見渡した。
「夕食は7時の予定です。夕食の準備が出来ましたら、誰かが迎えに参ります。それまでは荷物の整理をして下さいと、主人から伝言がありました」
ロバートがルーカスに説明した。
ロボットは部屋に荷物を運び込んで出て行った。ロバートもボストンバックを部屋の中央に置いた。
「はい、分かりました」
ルーカスが上の空で答えた。ロバートが出て行くとドアは自動に閉まった。
「これは、たまげたなぁ、すっげぇ船だ!」
口笛を吹いてからルーカスが嘆息した。
「お褒めに預かりまして、光栄です。ルーカスさん」
いかにも、くすくす笑っているという感じの美しい女性の声が答えた。
「誰?」
とルーカスはびっくりして聞いた。
最初に応答した女性の声に似ているようにも思える。
「初めまして、私はミネルバと言います。ミネルバ号の艦載コンピュータです。ルーカスさんは乗組員として登録されました。乗員用のアクセス権が利用できます。設備の使い方の質問や、乗組員への連絡、何でも御用がある時は、呼びかけてください」
「うひゃー。艦載コンピュータだって? とても、コンピュータとは思えないよ。いや、こちらこそ、よろしくお願いします。ミネルバさん」
ルーカスは答えた。
「はい、こちらこそ、お願いします。」
ミネルバが答えると黙った。
ルーカスは暫く驚いてぼうと立っていたが、やがて頭を振ると荷物の整理を始めた。
フレンドリー司令と通信を終えたマックスはルーカスの情報を読むのを止め、帝国宇宙軍のデータベースにアクセスして3人の情報を収集した。そして、司令が話していた特殊強化処理に関する情報もアクセスしてみた。
少将の昇格したので将官の権限が有効になっているようだ。
データベースへのアクセスも認識番号とパスワードで難なくアクセスできる。特別なセキュリティもパスしたようだ。
被験者のレポートなど、詳細な情報も入手できたが、概要だけをざっと目を通した。
「ルーカスと名乗る者が尋ねてきました。どうしますか?」
夕方頃にミネルバが音声で聞いてきた。
ルーカスとは夕方までに乗船し、夕食を一緒に食べる約束をしている。
「あぁ、今度、乗組員に雇った、ルーカス・フォレスターだ。執事のロバートに部屋に案内するように伝えてくれ、荷物を持ってきたはずだ、
部屋の割当ては7番、シオンの向かい側で窓側の部屋にしてやってくれ。それと、夕食は一緒に食べる予定だ」
「了解しました。船長」
マックスは時計を確認した、もうすぐ6時になる。夕食は7時の予定だ。
「夕食まで、あまり時間がないな。ルーカスには夕食までは荷物の整理でもしてくれと伝えてくれ」
「了解しました。船長」
「船長。夕食の準備ができました」
再びミネルバが音声で連絡してきた。時計を見ると7時を指している。
「分かった」
マックスは答えると、立ち上がり、談話室に向かった。
談話室に入ると、すでに、ヴァンとルーカスが向かい合って座っていた。テーブルには3人分の食器が準備されている。
「今晩は。船長」
ルーカスが挨拶をした。マックスは空いている席に座って「いらっしゃい、ルーカスさん」とルーカスに声をかけた。
「いやぁ、ルーカスと呼び捨てにして下さい、今日から、私は船長の部下ですからね」
ルーカスが答えた。
「そうでしたね、それじゃ、遠慮なく呼び捨てにします」
「それにしても、ミネルバ号は凄い船ですね。驚きました。こんなに凄い船だとは思いもしませんでしたよ」
ルーカスが続けて話した。少し興奮気味のようだ。
「それは、ありがとう」
マックスは簡潔に答えた。
「ところで、夕食は3人だけですか?」
ルーカスが尋ねた。
「えぇ、今は、私とヴァンの3人ですが、明日、3名増えますよ」
「そう言えば、退役したばかりで、これから商売を始めるんでしたね」
ルーカスが頷いた。
「乗組員は、もう十分だろう」
マックスがヴァンに言った。
「そうですね。乗客を乗せてもロバートとシオン、それにMX2が居ますから大丈夫です」
ヴァンが同意した。
「当面、乗客は乗せないつもりだ」
「その3名と言うのは、どんな方ですか?」
ルーカスが尋ねた。
「以前の部下で、宇宙軍の精鋭ですよ」
ヴァンが答えた。
「それは、頼もしいですね」
「それじゃ、食事を始めよう」
マックスは言うとシオンに合図した。シオンはすぐにスープを運んだ。
「メイドさんですか?」
ルーカスが尋ねた。ルーカスは執事がいるのだから、メイドも当然いるだろうと考えた。
「あぁ、ミネルバ号には執事のロバートとメイドのシオンが乗ってる。人間は全部で5名になるのかな。後はロボットだ」
「シオンです。よろしくお願いします」
シオンがお辞儀をした。
「ルーカス・フォレスターと言います。こちらこそ、よろしくお願いします」
ルーカスは、慌てて立ち上がって挨拶をした。
「それじゃ、冷めないうちに食べよう」
マックスはルーカスが座るのを待って声をかけた。
3人は食事を始めた。
食事をしながら、マックスとヴァンはルーカスのことを色々と聞き出した。そして、明日の朝、ヴァンがミネルバ号の船内を案内し、午後は3人で貿易センターに行くことになった。