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第2話:不穏な連載

 朝会の輪が形成された。長机の上には台割表、赤ペン、紙コップが置かれている。空調の風が原稿用紙の角をめくった。


 デスクの村田が、腕時計を確認した。

 壁の電波時計が正時を指す一五秒前。寸分の狂いもない、機械的な予備動作。

 彼はそのまま、一秒のよどみもなく口を開いた。


「一面は物価。二面は与党の政策特集。神園建設関連は予定通り進める。ただし、スポンサーと競合する切り口は避けること。理解できたな」


「はい」


 いくつかの声が重なり、その瞬間、空気が一度固まった。


 ホワイトボードの隅には〈スポンサー注意〉の朱書き。誰が書いたのか、いつから存在するのか、誰も言及しない。

 村田は台割を指で叩いた。


「今週号の政治面は軽めに流す。炎上ネタは経済企画の妨げとなる。火遊びは控えるように」


「了解です」


 高瀬は短く答えた。言葉を増やすと、余計な話が始まることを彼は理解している。


 カルチャー面の担当が挙手した。


「今月の連載はこれで進行します」


 配られた紙の見出しは〈千年の名家と日本文化〉。祭礼、建築、和歌。穏やかな特集内容だった。

 しかし「千年」「名家」という並びに、微かな棘を感じる。


 一見すれば無害な教養記事だ。

 だが、文字のフォントやレイアウトの「座り」が、他の実務的な台割に比べて、あまりにも完成されすぎていた。まるで、そこにあることが最初から決まっていたかのような、静かな強引さ。


「いいね。読者の関心を引きつつ、問題を起こさない内容だ」


 村田は笑った。笑ってはいるが、彼の目の奥は動かない。


 会議が終了すると、編集部は通常の速度に戻った。キーボードの連打、電話の短い応対、プリンターが紙を吐く音。

 高瀬の机に、広告部からの共用チャットが届いた。


〈神園グループ 全面広告・校了前倒し〉


 同時に、経済面の担当がメモを置いていく。


「建設×IR、カラーで四段ほしいって」


 広告と記事が紙の上で擦れ合い、見えない順序が形成される。見出しは簡潔に、都合よく、誰かの期待に沿うように。


 村田が通りすがりに声を落とした。


「高瀬、今日は国会常勤。小ネタ拾い、会食の線も追う。経済面の邪魔はしないように」


「了解です」


「あと――神園の名前は、良い書き方にしてくれ。向こうは、協賛を増やす気配があるから」


「……わかりました」


 机に戻る。受信トレイにはPR会社の一斉送信、読者の投書、経理からの経費精算。これら全てが、仕事である。使命ではない。


 高瀬はメモ帳に、四角で囲んで二行だけ書いた。〈国会〉、〈会食リスト確認〉。

 紙の端に、会議で配られたカルチャー面の見出しがのぞく。千年の名家。指先で折り目をつけ、ファイルの奥に滑り込ませる。後で探しやすいように。探す意思があるかどうかは、この時点では決定しない。


 テレビの画面が切り替わり、昨夜の高級料理店の外観が再度映し出された。テロップは〈与党若手と外資幹部が会食〉。


「重複しないように、軽く触れる程度で」


 村田の声が背後から響く。


「はい」


 高瀬は画面に背を向け、ノートPCの画面を開いた。カーソルが点滅する。言葉は、必要な分だけで良い。必要な分だけが、存続する。


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