女王が暮らすのにふさわしい街
月族だけでなく、海底に住む海族に関しても不穏な動きを確認したマウイ神の僕達は、ウェストコーストへ急いだ方が良いと考えるが、目立つ行動も得策ではないため従来通り観光地を巡りながら、4番目の僕フアと落ち合う事にする。
ダニーデンから更に南にあるインバーカーギルやブラフ、スチュアートアイランドでの様子はフェヌアが調査した際、異様な空気を察知しており、用心のために立ち寄らず、ウルタプの力で車ごとクウィーンズタウンの近郊へと移動することにした。アリの車では定員オーバーのため、フェヌアを除いて車に乗り込むと、クウィーンズタウンの中心部近くに到着する。そして、フェヌアは自身の能力で地中を移動すると人知れず、観光客に紛れカイ達と合流した。
「女王が暮らすのにふさわさしい街」と名付けられたクウィーンズタウンは、ワカティプ湖と山々に囲まれた美しいリゾート都市である。湖の傍にはホテル、カフェ、レストラン、バー、ショップなどがコンパクトに建ち並び、公園や遊歩道もあるため澄み切った空気の中、散歩やピクニックを楽しむことができる。バンジージャンプを有名にしたクウィーンズタウンは、カヤックやジェットボート、ホーストレッキングやパラグライダー等、様々なアクティビティも豊富であり、加えてクウィーンズタウンを拠点に4つのスキー場へアクセスが良く、冬場はスキーリゾートと変わりスキーヤーやスノーボーダーで賑やかになる。
「素敵な街ぃ」
「湖が綺麗」
「これぞニュージーランドの観光地って感じだな」
キラキラと輝く湖の水面を眺めながら結月達は大きく息を吸い肺を浄化させると、全身に新鮮な酸素を張り巡らせた。
「ねぇ、あの船見て」
結月が目前をゆったりと航行する船を指差した。
「あ、あれは・・・」
いつも手元で握り締めているガイドブックを広げた凜が、クウィーンズタウンのページを即座に広げる。
「蒸気船?」
「なんと美しい船なんだ」
頭上で聞こえた太い声に凜はガイドブックから目を離し、ゆっくりと見上げた先には興奮気味に2つの穴を広げるモアナの鼻が突き出ていた。
南半球で唯一の蒸気客船、TSSアーンスロー号は、1912年の進水以来、「湖上の貴婦人」として長年親しまれており、機関士が燃料をくべる様子やボイラーの熱さを間近で感じたり、船内にあるカフェでコーヒーを味わいながら雪をかぶる美しい山々の雄大な風景を満喫できる。ワカティプ湖を遊覧するだけでなく、対岸に位置するウォルターピーク高原牧場にて羊や牧羊犬と触れ合えるバーベキューランチの付いたプランなども用意されている。
「モアナ、乗ってみたいのか?」
蒸気船に熱い視線を送るモアナの肩に手を置いたカイが問い掛けた。
「いや、そんな暇はない」
「本当にいいのか?」
真面目なモアナは蒸気船から視線を外しカイに即答しながらも、後ろ髪を引かれるのか再び船を横目で眺めた。
「ええやんか、乗ってきいな。うちは腹ごしらえしてくるわ」
「ウルタプ・・・はぁ」
優しい言葉を同朋に投げかけたと信じているウルタプは、どこか満足気な様相であったが、思慮深いモアナの目には違って見え、太い両腕を前で組むと大きな鼻を膨らませる。
「確か、船内にカフェがあったと思うけど・・・」
「思うけど、何や?」
「いや・・・」
通常言葉を濁さないカイが、何故か喉に何かを詰まらせたような物言いに、ウルタプが怪訝な顔をカイに突きつけた。
「クウィーンズタウンで食べたい物があるのじゃな」
「あ、そうだったよね」
カイを良く知るアリが雄大な湖を眺めながらポツリと言葉を落とすと、レイノルドも何かを思い出したように左手の平に右手拳をポンッと合わせる。
「食べたいもん? そっちの方が旨いんか?」
予想していた通りのウルタプの反応に、カイはモアナとウルタプの顔を交互に見つめると小さく頷いた。
「なら、それを食ってから出発するぞ」
ウルタプの我儘に反論するのは、時間の無駄だと悟ったモアナは、蒸気船への興味など無かったことにして大人の対応をするが、カイから上目遣いで見つめられる。
「ダメだよ。モアナが蒸気船を見た時の目を見ちゃったからさ、やっぱり乗るべきだよ。モアナとそれからフェヌアにも、この時代を楽しんで欲しい」
「そうだぜ、モアナ。俺も蒸気船の中を見てみたいしさ、一緒に乗ろうぜ」
高い位置にあるモアナの肩に右手を置いた壮星はウィンクをしてみせる。
「私も乗ってみたい」
「私も」
広げていたガイドブックをパット閉じた凜と、隣でそれを覗いていた結月が挙手すると、モアナに頷いてみせる。
モアナの気持ちをサポートするかのような皆の態度にウルタプは軽く舌打ちをするが、前で組んでいた腕を下すとカイに視線を送る。
「じゃあさ、皆で乗っておいでよ。俺はウルタプと飯を食ってくる」
船が苦手なウルタプの気持ちを汲むカイは、取りまとめようとするが、目を閉じ静かに皆の意見を聞いていたフェヌアが瞼を上げる。
「拙者はカイ殿にお供するでござる」
「あ、フェヌアその格好」
フェヌアもウルタプ達と同様、現代の装いに変わっていたのだが、黒のTシャツに黒のジーンズとあまり変化がなかったため、合流後に誰も気づいていなかった。ただ、印象的だった真っ赤な瞳が黒目になっていた事にカイがハッとする。
「もうちょっとお洒落したらええのになぁ」
ウルタプがフェヌアの足元から頭まで眺めると、本音が落ちる。
「僕もカイについてくよ」
「無論、儂もじゃ」
笑顔で応えたレイノルドの横でアリも大きく頭を上下させる。
「なぁ、旨い物って何だ?」
モアナに気を遣いながら壮星が小声でカイに尋ねる。
「有名なバーガー屋があるんだよ。あと、キウィフルーツの天ぷらを売ってるフィッシュアンドチップス屋さん」
「旨そうだな」
「ここよね」
閉じていたガイドブックを再び開いた凜が、隣で覗き込む壮星にページ内を指差して見せる。
「おおお、でっかいな」
「テイクアウトできるからさ、船内であんまり食べるなよ」
「了解」
「ウルタプも食い過ぎるな」
「分かってるわ。あんたも船ばっかり見てないで、ちゃんと目を光らしや」
「おお」
話合いの結果、TSSアーンスロー号クルーズ班と、食事班、二手に別れそれぞれの旅を楽しむ事にする。マウイ神の器であるカイを守るために、出会ってから常に警戒心を張っていたモアナの頬が若干緩むと、壮星達と共に足取り軽く乗船場に向う彼の後ろ姿にカイ自身の口元も緩んでしまう。
美しい山々が映る透き通るような湖の水面が優しい風に揺られ誰もの気持ちを爽やにした。




