本編中・くしゃみと勇気
二話と三話の間のお話。
冬場の洞穴。
うとうとと微睡んでいると。
「ーーくしゅんっ!」
小さなくしゃみに目が覚めた。
隣を見ると、木の葉を被りながらも身を縮める小花がいて。
「やっぱり葉っぱだけじゃ寒かったかな」
でも人間が寝る時に被るもの、布団って言うんだけっけ。あんな分厚いものはないし。
葉っぱをもう少し分厚く掛けてあげることしか思い浮かばない。あるいは俺自身の体温で温めてあげるとか。
「それはいくらなんでもダメでしょ」
人間は七歳になったら男女別に寝るって聞いたことがある。
でも俺は小花の旦那さんだから一緒に寝てもいいのかな。いやでも、向こうは女の子だし。目が覚めて俺が隣にいたらびっくりするかもしれない。それに小花って言いたいことを言えないような節があるから、本当は一緒に寝たくないのに「気を遣ってくださり、ありがとうございます」なんて言わせちゃったらそれはそれで申し訳ない。
どうしようかと考えながら、寝ている小花の周りをぐるぐると歩いていたら。
「ぷしゅんっ!」
「!」
二度目のくしゃみ。
ダメだ。悩んでいる場合じゃない。このままでは間違いなく風邪を引く。熱にうなされる小花は見たくない。
(家族を守るために身を張るのが夫の務め!)
ええい、ままよ!と俺は我が身を投げた。小花と葉っぱの間に身を捩じ込む。
すると、小さな手がもぞりもぞりと俺の背を揉み。
「ーーもぎゅっ」
抱き締められた。変な声出ちゃった。
小花の腕の中。俺は体温を分けるようにそっと寄り添う。
「あったかい……」
おもむろに漏れた呟きに、ほっと胸を撫で下ろす。規則正しい寝息が落ちて来るのを聞きながら、俺もまた瞼を閉じた。
▽
雪が止んだ。
小花を洞穴に残し、俺は自分の祠を見に行く。小屋にも寄ってみるが、天井から雪解け水が漏れているし。埃と寒さとでとても住めたものではなかった。
「やっぱり、布団があった方がいいよねー」
「服はまだし、布団は運べんぞ」
「そこをなんとか」
他に住める場所がないか探して回っていると、空から紫煙さんが声を掛けてきた。
彼は木から木へと飛び移りながら、くいっと首を傾げてみせる。
「小狐たちに頼んだらどうかえ」
「狐……、絹と綿のこと?」
「左様」
「絹と綿かあ」
双子の狐、絹と綿。
人が捨てた大きな屋敷を改装して住んでいる二人。
確かに、あれだけ広いお屋敷なら、部屋も余っているだろうし、温かい布団もあるかもしれない。でも。
「絹は俺のこと嫌いだからなー……」
俺とほぼ同い年の彼らは、おタヌキ様信仰が根付く前に「おキツネ様」と呼ばれていた。彼らもまた、人間の信仰の対象だった。
掻っ払うつもりは毛頭なかった。
けれど、絹は人間の信仰を俺に取られたと思っている。
「大体、アレは俺のせいじゃないし。向こうが勝手に言いがかり付けてきただけで」
「家族のために身を張るのが夫の務めと言ったな」
「言ったね」
「それなら、家族のために頭を下げるのもその務め」
俺が不意に足を止めると、紫煙さんもまた俺より五歩先の木の枝に止まった。翼を畳み、じっとこちらを見つめる。
「人は住処を得るために労して働く。頭一つ下げて寝床を得るなら、安いもんだと思わんか」
物は考えようってことか。
正直気は進まない。ソリが合わないヤツと顔を合わせるというだけで、正直憂鬱だった。
(でも)
脳裏を過るのは小花の笑顔。目を離したら消えてしまいそうな儚さを覚えるけれど、つい手を伸ばしたくなる温かさを持っている。不思議な子。
俺はふうと息を吐き、再びを歩進めた。
「ま、案じるより当たって砕けろって感じだよねー」
「砕けてどうする」
紫煙さんが溜息混じりに飛び立った。
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