ジェシカの初恋・前
今日、従兄が結婚する。
私は自分の恋を終わらせなければいけない。
子供の時間が終わるのを、従兄達のファーストダンスを横目に見ながら実感していた。
だから、私は従兄の傍に控えていない彼を探す。
従兄の護衛である彼は、ダンスの邪魔にならないよう壁際にいるはずだろうと、当たりをつける。
…いた。
案の定、壁際に控えていた。何かあればすぐに動けるように待機している。
やっぱりね。
思った通りの場所に控えている彼を見て、嬉しくなる。
礼服に身を包んではいるが、お祝いしている雰囲気というよりも人が多いので護衛が難しいのだろうかピリピリした雰囲気で、周囲から少し浮いてる気がする。
ほら、傍にいるご令嬢がキャムの雰囲気に驚いてるじゃないの。
折角の良い男が台無しよ。
全く、もう少し柔らかい表情で護衛できないのかしらね。
いつものしかめ面に、つい口角が上がる。
…これが、見納めになるのかしらね。
つい感傷的な気分になる。
給仕からわたされたスパークリングワインが口の中をチリチリ刺激する。
溜息を飲み込み、口元には笑みを。
視線を移せば、今日の主役である従兄は幸せそうな顔で踊っている。
相手である王女殿下も、だ。
二人のダンスを見ていると、羨ましくなった。
従兄が妻になる女性と幸せになるための努力をしているのを、知っていたから。
キャムに会いたくて従兄の執務室に訪れた時、ジェイクが側近であるジェームスと踊っているのを見た。
見られた二人の狼狽もそうだが、何より私も固まってしまった。
見てはいけないものをみてしまった、あまりにも衝撃的な光景。
淑女にあるまじき失態、声を出して笑ってしまった。
あれだけ声を出して笑ったのは幼い頃以外に思いつかないくらいだ。
ま、ここにいるのは従兄に幼馴染だけ。気が緩んだのもあるけれどね。
そして、何を一体遊んでいるのよ?と思った。
遊んでいたのではなく、従兄は必死だったのだ。
母から相手の王女殿下は従兄よりも背が高いと聞いてはいたが、そこまで大きいと聞いていなかった。
だって、従兄だってそこまで小さくない。
男の方が小さいのは、やっぱり気になるのかしらね?
嫌いな牛乳を沢山飲んだりして、一生懸命背を伸ばそうとしていた。
牛乳、チーズにナッツにクラッカー。
アフタヌーンティーにそれだけが出されたのを見て目が点になった。
何、このメニューと呟いたら、仕方ないだろう、出来ることは一応全部しておこうと思っているんだ、と憮然とした表情で答えた。
あの時、少しだけジェイクを見直した。
政略結婚なのに、まだ会わぬ婚約者の為に努力をしている彼を。
そして、レセプションパーティ前にお茶会に呼ばれて初めて会った王女殿下。
彼女の背の高さにびっくりしてしまった。
驚きは顔に出さないけど、どう贔屓目に見ても、ジェイクよりも大きいのは一目瞭然だったからだ。
そして、ジェイクが来て二人が一緒に居る所を見た時、あまりの身長差に思わず失笑しそうになってしまった。
ジェイクったら。
あれだけ一生懸命に牛乳を飲んでも、全然役立ってないじゃない。
あんな涙目になって飲んでいたのに、と。
最初は身長差もあるしで上手く踊れるかどうか、興味本位で見ていた周囲の目が変わってきたのが分かる。
それはそうだ、だって二人、とても雰囲気が良いもの。
仲睦まじく、初々しくて。
それに。
悔しいくらいに堂々としているジェイクも、普段よりも数倍は格好良く見える。
花嫁であるアリシア王女殿下の方が大きいのに、きちんとリード出来ているじゃない。
やるじゃないの、ジェイク。
結構心配していたのだけどね。
練習した甲斐があった、というものだわね。
一体どんなダンスになることやらと思っていたけど。
杞憂だったみたい。
だって、背の高さよりも何よりも目を引くのは、二人の笑顔。
彼らが幸せそうに、嬉しそうに踊っているのを見たら、誰が何の文句をつけようか。
あの二人は政略結婚で、顔合わせしたのも最近なのに。
彼らはきちんと心を通い合わせる努力をしたのだ。
父は初々しい二人を見て、穏やかそうな笑みを浮かべている。
が、その隣にいる母は笑みを口に浮かべてはいるが、目には険がある。
分かりやすいくらいに、面白くなさそうなお顔。
相変わらずね、お母様。
小さな頃から母は、私にジェイクと仲良くなるように必死で言い聞かせてきた。
何故なのか、今一良く分からなかったけど、ジェイクは優しいし、一緒に遊んでいて楽しかったから気にしなかった。
年齢を上げるごとに、婚約者がいるジェイクに仲良くするように言う母の言動に違和感を感じていた。
が、母はヒステリックな人だから反論するよりも表向き大人しく従ったふりをしたほうが得だという事を学んでいった。
だけど、残念ながら娘である私はジェイクに恋はしなかった。
私は護衛のキャムに恋をした。




