第十四話 王女として
「あぁ、懐かしいわ、このオタゴリア特有の刺繍。
この繊細なデザインといい、素晴らしい出来ですわね、王女殿下」
レセプションパーティの為のドレス、ヴェールなどをチェックしていたキャンベラ伯爵夫人が私に声をかける。
その声に我に返り、微笑む。
「本当に、オタゴリアの刺繍職人の腕は素晴らしいわ。
見てみなさい、こんな細かいところまで」
キャンベラ伯爵夫人が嬉しそうに小物類などを侍女とチェックをしているのを横目で見ながら、窓の外を見た。
鳥の鳴き声は聞こえはするが、遠くの山々は見えない窓の外は味気ないくらい素っ気なく感じる。
ティーテーブルの上に置いてあるレセプションパーティの予定を見る。
王族が入場して、私達の入場は最後だ。
私はジェイコブ様のエスコートで入場して、彼の隣に立つ。
王の歓迎の言葉と祝杯の後、貴族の挨拶を受ける。
その後、歓談タイムに入る。
最後、これから夫婦になる私達によるファーストダンス。
この後、私達は城内にある祷りの場に向かい、式を挙げ初夜を迎えるのだ。
レセプションパーティ自体は私達が下がっても続く。
ワルツを踊ったり、夜会として続くのだ。
もう、レセプションパーティですら出たくない気分を、どうにかしないといけないのに自分で自分の気持ちを持て余す。
レセプションパーティ。
彼女達の嘲笑が頭の中に鳴り響く。
気にしない、気にしない。
彼女らが手ぐすね引いて待っていようと、どうだろうと私達は結婚するのだ。
ジェシカ嬢が望んでも王妃にはなれない。
衆人環視の中で、彼のエスコートを受ける。
堂々としないと。
頭の中で、彼とのダンスをイメージする。
イメージしようとしても。
何度か踊ったこともある兄や将軍とのダンスしかイメージできず。
彼の身体も顔も霞がかったように、ぼんやりとしてしまう。
イヤでも頭の中に浮かぶのは、お似合いの二人。
楽しそうに笑う金髪碧眼のジェシカ嬢とジェイコブ様。
つり合いが取れてるカップルのダンス。
考えてはいけない。そう思っても。
ジェシカ嬢の小柄な体格を思い出してしまう。
自分が、彼の頭部を見ながら歩いたことを思い出してしまう。
キャンベラ伯爵夫人に気が付かれないように、私は小さくため息を吐いた。
「…アリシア王女殿下。
いくらオダリングス侯爵令嬢が気にかかるとはいえ、そんな辛気臭そうなお顔をして良いという理由にはなりませんよ。
猫背もおやめなさいまし。
姿勢正しく、前をお向きください。
口元には笑みを忘れずに。
オタゴリアの王女殿下として相応しいお振舞いを」
私ははっとして顔を上げてキャンベラ伯爵夫人の顔を見る。
キャンベラ伯爵夫人の柔和な顔だが、しっかりとした意思を持った瞳で私を力強く見つめている。
「…大丈夫。
私はオタゴリア第一王女、アリシア・ジェーン。
オタゴリアの王女としての振舞いは心得ていてよ」
私はわざと顎を上げて、冗談めかして微笑んだ。
そうだ、兄様も言っていたではないか。
私はオタゴリアの王女として振舞わないといけない。
威厳を持って。
所詮他国から来た王女だ。
後ろ盾であるオタゴリアは、国だ。
もし何かあったとして、オタゴリアに利がないのであれば国は動かない。
私一人の命と国を測りにかけたら、簡単だ。
父は迷うことなく私を切り捨てる。
いくら王の娘であったとしても。
よっぽど戦争の機会を狙っていない限り、民の平和、国の安寧を選ぶ。
だから、私は上手くバランスよく全てを見極めて動かないといけない。
嫌味や嫌がらせの一つ二つで弱音を吐いていたら、逆に後ろ盾である父から見放されそうだ。
もう日常となった二人の晩餐の席で、ジェイコブ様はそういえば今思いついた、みたいな雰囲気で私を真っ直ぐに見た。
「アリシア、何か変わったことはあったかい?」
噛んでいた肉を急いで咀嚼してジェイコブ様を見る。
何か変わったこと…?
何も思いつかず訝し気に彼を見るが、ジェイコブ様は私を労わる優しい目をしていた。
「頼りないかもしれないけれど、僕は明日には君の夫になる身だよ?
嫌な事があったり、悲しい事があったら相談してほしいな。
厩舎番のニックが心配をしていたよ。
今日のアリシアは様子が変だったって」
あの件か!
侍女や護衛には口止めしていたが、厩舎番のニックには特に何も口止めしていなかった。
失敗した。
好きな馬の傍なので気が抜けていたのだろう、素の自分でいすぎた。
あ、というのが顔に出たのか彼は視線で会話を促す。
「特にお話するような変わった出来事はございませんでしたわ。
明日がレセプションパーティですので緊張してしまっているのです…
御見苦しいところをみせてしまい、心苦しいです」
それにしても鋭いというか何というか。
実際にあんなのは波風にもならない。
単なる雑談、息抜き、毒吐き。
一々真面に取り合っていたら、こちらの身が保たない。
あれは自分のコンプレックスを刺激されて動揺しただけ、
そう、些細な事。
王女として素知らぬ顔で受け流す。
あの場でも、今この場でも正しい判断。
なのに、彼は腑に落ちない顔をして一瞬探る様に私を見た。
「そう?それなら良いけど…
約束通り、式後、落ち着いたら一緒に馬で走りに行こう?」
相変わらずジェイコブ様は王子様。
私の気持ちに寄り添うように発言してくれる。
それに、深追いするのを止めてくれた。
「ありがとうございます。とても楽しみです」
だから、感謝の言葉が素直に口に出る。
お互い無言で食事を口にする。
しばらくして、ジェイコブ様の視線を感じ目を上げる。
食事中の人を不躾に眺めるなんてマナー違反だ。
眉間に皺がよる。
「そういえば…僕ばかり、アリシアと呼んでいるね?
アリシアは僕の名前を呼ぶのが嫌なのかな?」
悲しそうに、でもちょっと面白そうな顔して私を見上げるジェイコブ様。
でも口調はお道化た感じ。
さっき深追いしなかったのは、恩を売ってここで私に逃げ道を閉ざすため?
なんて人。
思わず羞恥で視線を逸らす。
「アリシア?アーリーシーア?」
私に名前を呼ばせようと、甘えた声で私の名を呼ぶジェイコブ様。
うぅ、こんな事を続けてたら身が持たない。
ここで、負けられないとばかりに私は自分で自分に気合を入れる。
息を吸ってから優雅に微笑む。
ここから先は王女の仮面の出番。務めて冷静に声を出す。
「そんなことないですよ、ジェイコブ」
ふふん、どうだ、私はやれば出来るのだ。
もう名前で噛むなんて恥ずかしい事しないもんね。
「何だい?アリシア」
極上スマイルが返ってきた…
美形の笑顔って、攻撃力が強すぎる…
悔しいが、これに対する反撃の切り札が私にはない。
反撃するための手持ちカードを増やそう。
うん、でもどうやって?
全くもって勝てる気がしないのですが。
…私が恥ずかしがっているのを楽しんでるよね、絶対。
うう、悔しい。
「…冷めないうちに、食べましょう?」
わざとらしく視線を口をつけていないお皿に落とす。
「そうだね、食べ終わってからまた話そう」
「明日のレセプションパーティの準備がありますので、今夜は早めに就寝をしたほうが良いと言われておりますから短時間でお願いします」
澄ました顔で、声の抑揚を抑えて一息に言う。
そのまま流れるような動きで水を口に含んだ。
ジェイコブ様は私のその返事の何が楽しいのか、肩を震わせながら優雅に食事をとっていた。
美形なのに、所作までもが美しいのはずるい。




