副業解禁と会長の呼び出し
夜はゆっくりお風呂に入って、寝る。
でも寝つけなかった。だって朝が来ちゃうから。
続きをどうぞ。
---次の日---
会社に着いたのはいいけど、正門前にはマスコミさんがたくさんいる。
私は他の社員に紛れこむようにして、正面玄関から会社に入っていった。
ざわざわ、ざわざわ.....
「ちょっとどういうこと...?」
「勝手なこと言ってるぅ、困るよぉ」
全員がPC起動した後、不満顔でつぶやいている。
システムに何かあったのかな、もしかしてシステム障害?ハッキング?
私も少し気持ちをピリつかせて、PCの電源を入れた。
あぁなるほど、みんなこれを見たのかぁ....
ログインして最初に表示される社内掲示板に会社としての業務改善命令が出されていた。
▶︎社内通告◀︎
今回、経理部で発生した事件について、以下を報告いたします。
該当社員とご家族、会社とで話合いを持ち警察・弁護士の元、
経理部の宮川氏は過労死ではないと判断されました。
過労死では無いとしても、会社での時間外業務や禁止している持ち帰り業務が
病状改善時期を遅らせ、持病を悪化させる要因の一つとなった責任があると考えています。
よって、今後このようなことが無いように社内規定を変更いたします。
会社での生活は、私生活を脅かして良いものではありません。
取引先に無理な納期を申し付けられた場合は、総務または法務部までご連絡ください。
・業務時間(変更なし)
9時から17時30分(うち休憩1時間)
・時間外業務
一切の時間外業務を認めません。
時間外業務を実施したものはいかなる理由があろうとも処罰の対象になります。
・副業
時間外労働が禁止されると、残業代給与がなくなることにより、
ほぼ、社員全員の収入が減少する可能性があります。
よって、今まで禁止していた副業を解禁します。
ただし、本業である出版に関わる業務は基本的に禁止とします。
上記内容は、弁護士と労基への相談の上、1ヶ月を目処に改定していきます。
反対意見多数の場合は、改定を見合わせます。反対が直接なされない場合は合意したとみなします。
ご意見・ご不明点は、総務・法務部まで連絡ください。
よろしくお願いいたします。
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残業禁止とか副業解禁とか業務契約ってこんなに簡単に変更できるんすか....!!
この世は、経営者支配の世界なのだと改めて感じる。
「千賀、おはよう。みんな何に騒いでるの?サーバーでも落ちてる?」
夢子が私と同じ反応をしている。さすがは社内システムグループ。
「違うよ、これみて、会社規約が色々変わるらしいの」
「さすがね。うちは労働組合がないから、簡単に業務規則が変わるわね」
堂献島出版社は日本でもそこそこの出版社だから年収の水準は高い。
でも、現在の年収600万円から残業分だいたい60万円が引かれるから年収540万円になるのか...
また、大学時代の友達と差がでちゃうなぁ.....。
最近1LDKのマンションを購入しようとしていた身からして、月々の返済を考えると
また、マンション購入の現実が遠くなる。
老後独り身として考えてためてきた貯金がそこをつかないうちに、副業を始めよう。
「千賀は、副業するの?」
お金の計算をしているのは気づかれていないと思うけど、ちょっとビクッとした。
「うーん、年収60万円下がるのはちょっとなぁ、マンションも買いたいし、独身だし、
老後は一人でなんとかしないといけない可能性が高いと思うと貯金が心もとないから副業しようかな」
「千賀は意外と現実的ね。」
「夢子は何か副業するの?」
「うーん、私は趣味の時間を増やせるから年収問題はあんまり気にしていないけど、
自分のスキルを生かして英語の家庭教師でもやろうかと思ってる。やっぱり子供からもらえる刺激って
英語学習能力の伸ばすのに適切に働いてくれるから」
「夢子様、流石にございます。私も万が一結婚して、万が一子供でもできようものならぜひとも
夢子様に家庭教師をお願いしたいにございます」
冗談抜きで、夢子の英語力は半端ない。本人の努力によるところが大きいが両親が英語教師であることも多少影響している。
「そんときは、割引発動してあげるわ。千賀は副業、何にするの?」
「現実問題、年収60万円を副業で稼ぐ為には、月5万円の副業をこなさないといけないでしょ?
結構な金額だよね...、少し考えるよ」
私には、夢子にも内緒にしている秘密の趣味がある。それは占いだ。
まぁ占いなんて統計学を学んでその人物の人柄に合わせていればだいたい当たるのだが、
私のは結構まぁまぁ当たると評判だ。(と言っているのは、私と私の師匠だけだけど....)
本格的な副業として占い家業も悪くはないかなと思っている。
別に1つに絞る必要もないし、2つ、3つ掛け持っても面白いかも..夢が膨らむ。
「おう、みんな集まってくれ」
上司がグループ全員を呼ぶ。
「今回の過労死疑惑に関して、宮川さんのご家族と弁護士、警察を交えて話した結果を報告する。
まず、最初に過労死ではないかと疑ったのは宮川さんを最後に見た医師だ。
医師から警察に連絡が入って、それを聞きつけたマスコミであの騒ぎになった。
宮川さんの直接の死因は心筋梗塞だが、元々心臓の調子があまりよくなかったのだが、
業務によって病気が発症したとは考えられていない。
持病の心臓病に関しては会社への申告がなされていなかった。
また、奥さんの証言から帰宅時間は毎日20時前後であり、持ち帰った仕事も週に1度程度、
長くて22時には終了してその後は睡眠していたということがわかっている。
最近過労死が騒がしくなっていたから、医師は心筋梗塞で若い男性、疲労が見られる場合は、
警察に通報するようにしていたようだ。
だが、この1件で時間外労働が問題になったので、これを機会に社内規定を全面的に見直し、
さらに取引業者、作家先生にも労働改善をもとめるようにする。
営業利益がその分減る可能性があるが、海外含め株主には評価上々の話である。
副業は、出版関係でない限り制約はない。出版関係で副業を行いたいものは、申し出ること。以上、解散」
夢子が椅子に座りながらつぶやくように私に話かける。
「過労死ではなかったけど、危ないラインであったことは認めて、社内労働関係の改善に
取り組むとは、対外的にはすばらしい対応ね。社員的にはどうだかわからないけど」
私は、あの日の宮川さんの奥様をみているから、原因は会社にないことが証明されたことを
声高らかに宣言されても...という気持ちがある。
「そうね、副業というキーワードも昔からあるけど、企業として認めるとは最近の会社っぽいもんね」
本格的に副業を探さないといけないなぁ。占いの修行でもしてみようかな.....。
「池山、ちょっといいか?」
「あ、はい」
私が上司に呼ばれるときは、だいたい面倒な仕事を押し付けるときか、
問題行動を咎められるときくらい。ただ、今回は私の記憶にやらかした記憶がない。
ドジっ子はある。
「面倒なことを押し付けられても、ちゃんと断るのよ。私は分身できませんって」
夢子からの忠告が入る。
「うん、チャレンジしてみる。では、いってきます。」
上司の元に急ぐ。地味に3列先の上司の席は遠い。
若い奥様と結婚しているからか、40歳を超えても20代のファッションに身を包む上司の元に向かう。
できる上司ではあるが.....。
「山口さん、なんでしょうか?」
「おう、池山。なんか知らんが、明座山会長がお呼びだそうだ。
12F会議室に今すぐだそうだ。副業が愛人にならないように気をつけろよ。」
セクハラで訴えるぞ。という顔はおくびにも出さずに返事する。
「はい、わかりました。では失礼します。」
明座山会長には、上長メンバーしか連絡先を公開していない。
なぜなら、会長はある意味フレンドリーで、平社員にでもガンガン連絡して呼び出しては、
タネも仕掛けもあるマジックを披露してしまうため、業務影響を出してしまう要注意人物だからである。
「大丈夫だった?」
夢子が心配そうに声をかけてくれる。
「うん、大丈夫だった。明座山会長が私のことを呼んでいるらしい」
「何それ怖い。もし、マジック見せられたら、『業務がぁ』とかなんとか言って帰っておいで」
「うん、わかった。できたらそうする....」
12F会議室まで急ぐ、怖いなんだろう、本当に愛人契約だったらどうしようとか考えているうちに
会議室の入り口まで到着する。
ふぅ、緊張するぜっ。
神よ!嫌なことは嫌だという勇気を我に与えたまえ!!と何かにお祈りしながら、入り口をノックした。