副業契約
世知辛い世の中ですな。
続きをどうぞ。
トントントン
会長が待つ会議室のドアをノックする。
「うむ、入りなさい。」
「失礼いたします」
うわっ、会長だ。なんかわからないけど、有名人にあった気分で気持ちが高揚する。
「まぁ、そこに座りなさい」
「はい。失礼いたします」
促されるままに、対面の椅子に座る。
「初めまして、池山くん。」
”くん”つけで呼ばれるなんて久しぶりだ。
「は、初めまして、こんにちは」
ど、緊張で”こんにちは”とか、失礼にもほどがあるでございますね。
「今日来てもらったのは、言うまでもなく副業についての話しだ」
私にとしては、説明して欲しいことが山ほどありますよ。
「君は副業をしようと思っているかね?」
「はい、収入が月5万円程度低くなる可能性があり生活に余裕が無くなるので、副業をするつもりです。」
収入のことを経営陣に言うのはちょっと嫌味だったかな....反省。でも本当のこと。
「そうか....。まだ副業は決まっていないね?」
「はい、まだ決まっておりません」
なんとなく占い師でもやろうなんて、超自然的なことはこの場ではさすがに言えない。
「そうかね...、私が副業を紹介しようと思うのだが、家事は得意かね....?」
来たー!!愛人契約でしょうか?愛人契約でしょうか?
「一人暮らし程度にはできます。」
「うむ、まぁ家事はおいおい学んでもうらうとして...、ここからは本題にはいるが、
このことは決して口外してはいけないよ。岡田夢子さんに対してもだ。」
私の社内、交友関係は調査済みというわけですね。ちょっと脅されているのだろうか?
「はい.....。」
ためらいがちに返事をした後、緊張で唾も出ていないのにゴクリと唾を飲みたくなった。
「では、端的に言おう。うちの孫、祐太郎が住んでいる寮で寮母をやってくれないか?」
りょ、りょうぼ???
おそらく顔についている全ての部分が?で覆い尽くされた顔をしていたのだろう、
会長が詳細を説明し始める。
「会社帰りに、祐太郎が住んでいる寮...まぁとあるマンションの1室だが、そちらに行ってもらい、
夜ご飯、次の日の朝ごはんの準備、洗濯をお願いしたい。まぁ手が空いた時でいいからトイレ掃除と風呂掃除、部屋の掃除もついでにやってくれるとありがたいのう。月水金から初めてみんかね。」
「あ、はぁ..」
ちょっと大変すぎでしょ。家事なめすぎですよ。そしてなんで私なの?
「今のは、了承の返事と受け取ってよいかな」
「いや、えっと...」
言葉がパッと浮かばないところが断れない人間の特徴である。
「大丈夫じゃ、お金は保証しよう。1ヶ月食費抜きで6万円でどうだろう。
これで残業代と同等の給与を取得することができるじゃろう。食費も3万円程度追加で払おう。君も食べていいよ。ふふ」
食べていいよ、ふふ!っじゃないよっ!でも、お金は良い。
「ちなみにお伺いするマンションはどちらにございますか?」
「うむ、なろう町XX-99-XXのエルザベータ高向だ。」
ちっ、家から歩いて3分くらいのあのでかいタワーマンションか...。
遠いからという理由で断れないのは、住んでいる家もリサーチされているのかな。
「君の家も遠くないと聞いておるから、特に問題ないだろう、帰るときはタクシーで送らせても良い。
泊まっても良いように1部屋鍵付きの部屋も用意しておるぞぉ」
”ぞぉ”とは、準備がいいっすね、まるで私を逃すつもりがないようだ。
「まぁ、強制とは言わんが、最初から断るのは君の立場上どうだろうな。
1ヶ月でも良いからやってみないか。君のやり方に文句を言わないように祐太郎には良く言い聞かせておこう」
ちょい、ちょい、脅しを挟んでくるのは経営者のやり方なのだろうか。
まぁ、やれないことはなさそうだが、男性の家に突撃するのは怖いものがある。
「詳細は、この封筒の中身を見てくれ。わしは君たちの連絡先”は”知ること”が出来ないので、詳細が紙になってしまってすまないな」
連絡先以外は全部ご存知そうなんで、もう連絡先も教えてもらえばいいじゃん。
「はい、わかりました」
「うむ、ありがとう。ではよろしく頼むよ。話は以上じゃ、戻って良いよ」
「はい、それでは失礼いたします。」
私は、会議室のドアをそっと閉めて、ため息をつく。
「ふぅ」
なんか全ていいように流された気がする。女子が男子の部屋で家事するなんて良いのでしょうか....。
女子というかおばさんですが....
どうしよういつからなんだろう、どんな格好で食事は何作ればいいのか、掃除ってどれくらいやればいいのか、洗濯なんて自分の分でしかやってなかったから、全て皆目検討がつかない。
そして、誰も頼れない状況に追い込まれる。
とにかく、昼休みに外に出て、ランチがてらこの封筒の中身を確認しよう。
乱れに乱れた心を落ち着けてから、自分の席にもどる。
早速、夢子から心配伺いの言葉がかけられる。
「大丈夫だった?何もされてない?」
「うん、大丈夫だった。ただマジックを見せられただけだった。私が占い好きだと言うことを
リサーチされてて、それに関するマジックを披露したかったらしい...」
占い好きが、好きなマジックでなんだよっ!と自分で自分にツッコミたくなったが
今回はこれで押し通すしかない。だって、今の職(収入)を人質に取られているようなものですもの!!
「マジックか!また悪い癖が出始めたのかな...上司に相談してなくて大丈夫?」
「うん、大丈夫。上司に相談してもねっ、どうにもならんよ。会長だし」
「まぁ、そうなんだけど、次呼ばれたら断りなよ、言えないなら上司と私も一緒に行くから」
「ありがどう;;」
どうしてこんなに素敵な同僚がいるのだろう、今すぐ相談したい気持ちにかられてしまうが、
口外したら、職を失うだけでなく、家族も人質に...!な訳ないけどせっかく手に入れたこの職は失いたくないから限界まで我慢しよう。
それからは、副業の話などがあちらこちらで聞こえる中、お昼までの時間を日常業務を行いながら過ごした。
「じゃぁ、私お昼に行ってくるね」
「待って、千賀、今日は一緒にお昼行こうと思っていたのに....」
「今日は、確認しないといけないプライベートな書類があるからごめんね...明日は絶対行こう!」
「うん、明日は絶対ね」
夢子と明日のランチの約束をして、私は近所のカフェに行くことにした。
今日は、マスコミのみなさんも蜘蛛の子を散らすようにいなくなっていて、快適に出入り口から出れる。
人の興味なんてそんなものよね、宮川さんの奥さんは一生このことを身近に感じながら生きて行かなくてはいけないというのに。
カランカラン
行きつけカフェの出入り口を開けると謎の風鈴が鳴る。私はこの音が結構好き。
「いらっしゃいませー、1名様でしょうか?」
「は、はい」
「では、こちらにどうぞ、ご注文決まりましたら、お呼びください」
そしてこのカフェの空き具合がたまらない。ご飯がまずくないのだがうまくもない上に
店員さんに愛想もないから、カフェが立ち並ぶオフィス街では敬遠されている。
人が少なくてゆっくりできるから私はとても気に入っている。
「あの、すみません」
「はい、何にいたしましょうか?」
「卵焼きサンドイッチとアイスカフェオレをください」
「かしこまりました、少々お待ちください」
早速、封筒の中身を出す。
カチャン
.....!!鍵が2つ入っている。これはマンションの鍵ともう一つはなんだろう。
鍵を急いで封筒の中にしまい、書類を一枚一枚確かめる。
1枚目は、マンションの正確な住所と部屋番号、部屋の見取り図。
3LDKのマンションでリビング20畳!!あれだけの出版社の孫ともなるとこんな素敵なマンションを与えられるのね。これ掃除するんだよね.....ものすごく大変そう。
この星マークは私の部屋かな?さっきの鍵に星マークついていのが1本入っていた気がする。
6畳かぁ、実家の部屋くらいの大きさ。住めないこともない..か。
2枚目は、住んでいる人物の名前とそれぞれ食べ物の好き嫌いが記載されている。
男の子2人で住んでいるのね。24歳かぁ、若いけど自分で自分の世話ができそうな年齢だね。
明座山祐太郎(24歳)・・好きな食べ物は、ハンバーグ。嫌いな食べ物は、生野菜。
車健太(24歳)・・・好きな食べ物は、カレー。嫌いな食べ物は、酸っぱいたべもの。
わかる!!私も、生野菜と酸っぱいたべもの嫌い。
この二人の名前、どこかで見たことある気がするんだけど....全然思い出せない。歳だな。
3枚目は、近所の買い物スポットがリサーチされた紙。用意が本当に良いですねぇ。
「お待たせいたしました。こちら卵焼きサンドイッチとアイスカフェオレです」
急いで書類を隠す。
「あ、ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞ」
首をコクっと下げて、会釈した後店員さんはそそくさと去っていく。
4枚目は、契約金額が6万円、食費・雑費で5万円であるこ、
口外したら今後の人生大変になるからね!!的なことが書いてあった。
あと、家に入るときは極力誰にも見つからないようにすること、と書かれている。
もしかして孫は、犯罪者とか!?
やっぱりこの金額で請け負う仕事と責任ではなさそう....まぁでも受けてしまったのはしょうがない。
1ヶ月は頑張って乗り切ろう。
もう一度書類を読み直して気づいたのだが、明後日から業務開始になっている....。
今後人生で契約をるす時は最初に契約書類を読んでから決めようと心に誓った。
「いただきます。」
私はうまくもなく、まずくもない卵焼きサンドイッチを食べ始めた。




