第六話 油断大敵
夕刻、俺はサリア宮廷魔導士のもとを訪れていた。
前々から気にしていた精神系の魔法に対する防御方法を尋ねるためである。自分たちでも研究は進めるが、そのためにも今判明している方法は入手しておかなければならない。一応教会の護衛はいるが、いつ戦闘が始まるかわからないこの情勢だ。勇者が求めれば喜んで教えてくれることだろう。
「サリアさん。一つ質問してもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
「この世界には、人の意識を操ったり、行動を強制したりする魔法はありますか?ありましたらその魔法の詳細と対抗法をお尋ねしたいのですが」
サリアさんは一瞬、面食らったような表情になったが、すぐに持ち直してこう言った。
「その話は少々長くなるので、資料室でしましょうか」
資料室。宮殿内の魔法研究施設群の中にそれは存在し、いくつかの種類に分かれて厳重に貴重な資料の数々を保管している場所だ。さすがは宮廷魔導士。顔を見せただけで中に入れるらしい。いや、顔だけではなく魔力も調べているらしいから警備は万全らしい。
「いやあ、すごいですね。ここは。ここまでたくさんのものを保管しているとは思いませんでしたよ」
「そうでしょう。何しろここは世界中から様々な資料をそろえてありますから。ここまで豊富なのは我が国くらいのものですよ」
「では、この部屋に入ってください」
「失礼します。あれ?特に何もありませんよ」
ガチャ
そんな施錠の音が、不自然なほどにに響いた。
「先生?うわあっ!」
突如俺は吹き飛ばされ、壁に縫い付けられた。
「お前、思念操作と隷属魔法の存在をどこで知った?」
サリアさんの雰囲気は一変していた。今までのようにほんわかとして優しそうな表情は消え去り、代わりに冷徹でただ酷薄な顔を浮かべた女がそこにはいた。
「いえ、そのような魔法は知りませんでしたが、あれば脅威になりえると思い尋ねた次第にございます」
「そうか、では応えてやろう」
彼女の手に、魔力が集まっていく。
「今からお前に施すものこそが、おぬしの求めた答えだ」
全身を魔法で押し潰され、動かすことはままならない。
「お前は今から我らのしもべとなり、勇者たちを言う通りに動かすのだ。すべては大いなるサナト神の下、悪しき魔族を殲滅せしめるために」
「殲滅って、おまえは国王直属の部下ではなかったのか」
「そうだとも。我は確かに王直属の宮廷魔導士だ。だが、私の忠誠はサナト神のみに捧げている」
これはうかつだった。自分が狙われているのを知りながらやすやすと敵についていくとは。どうして王の部下だというだけで簡単に味方だと思い込んでしまったのか。
「お前はどうやら連中の指導者みたいじゃないか。せいぜい頑張ってくれよ」
拘束の破壊…不可能。魔法の行使…不可能。脱出…不可能。
「罪人に惑わされし無辜の民よ。その幻覚を祓い、今こそ世の真実を伝えよう」
絶対これ使い道違うだろう。思いっきり信仰系の魔法じゃねえか。
「『天浄』」
濃密な魔力をまとった右手が、額に迫ってくる。
チェックメイトってか…。さよなら、俺の人生。






