第七話 試料入手
ザスッ…グチャ。
異常な音を聞いて顔を上げる。
「ぐあああ。う、腕がああ」
とっさに顔を上げると、サリアの右腕が根元からきれいさっぱり喪われていた。
いったい何が起こった?急な展開の連続に頭がついていかない。
「いやはや、なかなか面白いことを教えてくれましたなあ」
声のしたほうを見ると、元からいたかのように悠然と佇む忍者がそこにはいた。
「忍!助けてくれたのか」
「拙者は蒼野殿の護衛である故、当然のことである」
うん。まあ、それはそうなんだけどね。
「貴様ぁ、一体何処に潜んでいた!」
「それは企業秘密であるが、最初からずっと見ていたのである」
忍のことだ。気配を消してつけるなど造作もないだろう。今や陰に潜むくらいのことはやってのけるかもしれない。
でも、もうちょっと教えててくれてよかったんじゃないかな。本当に怖かったんだけど。
「先ほどの様子は映像に収めてありまする。今日は結構な収穫がありましたな」
「そうだね…。ところでこいつどうしようか」
宮廷魔導士さんは右肩を押さえてうずくまっている。もうかなり出血してしまっているので、このままでは死んでしまうだろう。
「この方はこの国の中でもなかなかの重要人物であります。殺したとなれば今後の活動に支障が出かねません。一応治療しておくことをお勧めするのである」
「だよなあ。ぶっつけ本番だが、治癒魔法ってやつをやってみるか」
「おいしょ。ごめんよー」
ドゴッ
ひっくり返して鳩尾を殴りつけ、完全に意識を飛ばす。敵であることは間違いないからね。治療したとたんに切りかかられてはたまったものではない。
忍に切り飛ばされた腕を持ってきて、と。
「大地よ。この者に、今再びの安息を『修復』」
人体の骨格と筋肉、そして主な血管を鮮明にイメージして魔法を行使する。
膨大な量の魔力が消費され、切断部の細胞が徐々に再生され癒着した。が、どうも違和感を覚える。どうやら俺の理解では全力で魔法を使ったとしても完全な再生とまではいかないようだ。あとで水無月に任せよう。
「忍。その辺からこいつが入りそうな箱を適当に見繕ってきてくれ。もちろんこいつに変装したうえで、だ」
「了解」
そのあと俺たちは無事に資料室を脱出することができた。厄介な個人の特有の魔力を感知する警備は、忍の魔力まで偽装する魔法によって簡単に突破できた。何でも忍は日本にいたころから人による気配の違いが見分けられたので、魔力の違いという概念もすんなり受け入れられたのだとか。
「ただいまー」
騒動を終えた俺たちは拠点へと戻ってきていた。
この建物には俺たちの部屋はもちろん、簡単な訓練場や工房なども用意されている。
俺らの中に研究職が多いことを知った国王陛下によるご配慮の賜物である。
そんな俺たちの拠点は、入るや否や皆が好きに改造を始めたので、今や元の影も形も見えなくなっていた。
コンッ、コンッ
「失礼します」
そんな魔境の一室に俺は足を運んでいた。
「おー?どうしたんだい。何かあたしに用事でも?」
そう。生物のエキスパート、水無月花鳥の研究室である。
彼女は何やら見慣れない動物の解剖の途中だったようで、顔すら上げずに返事をしてきた。
「少し頼みたいことがある。これを見てくれ」
俺は持ってきた箱から中身を取り出した。
「あらあらあら、宮廷魔導士さんじゃないか。どうしたのこれ」
「今日、とある魔法について尋ねたら襲われた。返り討ちにして今は気絶してもらっている」
「あたしのところに持ってきたってことは、その、そういうことでいいんだよね?」
水無月花鳥という人間は倫理観が致命的に欠如していて、自分の研究を達成するためにはどんな犠牲もいとわなかったため、周りからそっと距離を置かれていた。
本人は極めて生き物が大好きで、その行動の中に悪意などといったものは介在せず、あふれんばかりの愛情があるのみである。
その特異な精神性から、多大な成果を上げたものの彼女は次第に周囲から孤立していった。
もっとも、そんな周囲の雑事など彼女自身は気にも留めていないようであったが。
「ああ、好きにしてもらって構わない。だが、日付が変わるころまでには体は直しておいてほしい」
「はいよー、魔法でちゃちゃっとね。いやあ、魔法を使えるこの世界のヒトの中をのぞいてみたかったからちょうどよかったよ。試料の提供感謝するよ」
「右肩は切断されていた腕を俺が魔法で無理やりつなげた状態だ。おそらく不完全だろうから修復しておいてくれ」
「了解了解~」
そういいながら体を固定し、その上魔法で神経を完全に停止させた彼女は、嬉々として作業に取り掛かっていった。
その夜、食事などを終えた俺たちは、作業に没頭している水無月を除き、皆ある大部屋へと集まっていた。
毎日の定例報告会である。俺たちは毎晩一度集まって情報を共有することにしていた。
「重力は地球とほぼ変わらず、重力加速度は9.80m/s²ほど。自転周期は24時間3分15秒程度。きわめて地球に近しい天体であると推測される」
とは三嶋元田の言。
「空気は主な成分比率は変わらず、多少CO₂が少ない程度。水、その他の主な物質の性質に変化は確認できず」
というのは大久保の言葉だ。
とどのつまり、ここの環境は地球と大差ないということだった。まあ、俺たちが普通にしていられる時点で、ある程度は予想できることではあったが。
今日は全体で魔法の修練があったからか、そこまで変わった情報は少なく、魔法を使う際に気付いたことを述べる者が多かった。
そして、ようやく俺の順番になった。
「今日は精神操作の魔法の一つの情報を入手しました。この魔法は相手に接触する必要があり、さらに膨大な魔力を必要とします。したがって、敵に動きを止められない限り食らうことはないでしょう。防御する手段は、わかり次第連絡します」
皆がひとまず安心したような顔になる。彼らにとっても、脅威となりえる魔法の情報は欲しかったらしい。
「そして、俺は精神系魔法の調査中に、資料室にてセレスト・サリア宮廷魔導士と交戦しました。彼女は宮廷魔導士ではありますが、狂信的な聖法教信者だったようです。彼女は俺の動きを封じ、思念操作の魔法で俺を操るつもりのようでした。情報を聞き出したのち、接触前からの記憶を消して明日開放する予定です」
ざわめきが上がる。無理もない。昨日今日と教えてくれていた存在が同胞を襲ったというのだ。驚くのが普通というものだろう。
「聖法教会は引き続き、俺たちを操ろうとする可能性があります。彼らの動きには特に注意しておいてください」
音が引き、あたりが静まり返る。この情報が彼らに現状が決して安全ではないことを思い起させ、気を引き締めさせたのだった。
「それで、何か言い訳はありますか?」
報告会の後、外はもう闇に呑まれほとんど見渡せぬ時、俺は皇亜津沙委員長に呼び出しを食らっていた。
「いや、結果的に早急に情報が集められたわけなんですから、今回に関しては私は間違っていなかったのではないかと…、いや冗談です冗談ですってば。だから魔法撃つのはやめて―」
「爆ぜよ!『水球』」
「俺が悪かったです。独断専行してしまい誠に申し訳ありませんでした」
ずぶぬれになった俺は、おとなしく彼女の前で首を垂れていた。
「まったくです。今後勝手な行動は慎むように。私に相談しないでどうするんですか。これはきついお仕置きが必要ですね」
彼女の言葉は辛辣だが、俺の身を案じての発言だとわかってしまうので俺もあまり強く言い返せない。
(あなたがいるおかげで、私は何とかこの世界で生きていけているのですから)
この一見完璧な彼女の支えに、少しでも俺が成れるとよいのだが…
「ん?すいません。もう一度言っていただけますか?」
「もう、いいです。お休みなさい」
彼女は一層不機嫌になって、自分の部屋へ戻ってしまった。
聞き取れなかったことがよほど気に障ったのだろうか。今度からは一層注意しなくては。
お心遣い痛み入るがまだ寝るわけにはいかない。最後の後始末が残っている。寝るのはそれからだ。




