0003(一)02
「君が高松君なのね。よろしく。私は2年C組の新川雲雀なので」
「はあ」
うっとりしていた自分を地上に引き摺り下ろす。
「脇澤の紹介で来ました。よろしくお願いします」
「ああ、ワッキーの! 承知しましたので!」
雲雀先輩は更にドアを開けると、中に入るよう身振りで示した。
「お邪魔します」
俺は蛍光灯のついた室内へ入ると、靴を脱ぎ、絨毯と靴下を接吻させた。
「これは……!」
俺は度肝を抜かれた。
3号室は隣の部屋――恐らくは2号室――との間にある壁を取り払い、柱だけ残してぶち抜かれていた。そうしてできた広いスペースで、数人の先輩方がそれぞれの場所でテレビ画面へ向かい、座布団に腰を落ち着けている。戦国武将のような兜を被った人、迷彩服に迷彩ヘルメットを身に付けた人、少年のような横顔の人、黒いポニーテールの人、全て女子だ。
そして彼女らが遊んでいるのは、アニメのような2Dグラフィックの、やたら色数が少ない大昔のゲームだった。室内を駆け回るのはキンキンと耳に響く、それら各種ゲームのBGM。やたら古臭い、いわゆる電子音という奴だ。
隣で誇らしげに微笑む雲雀先輩が、呆然とする俺の肩を叩いた。
「これが我らが『駄目ゲーム部』、通称『駄ゲー部』の総本山なので。皆はチャレンジャーなので。どうしようもなくつまらない駄目なゲームに取り組み、それをクリアすることで、己の精神を心底から鍛えるのが目的の部活動なので」
だから駄ゲー部……。俺は無頼漢に頬桁をぶん殴られたような衝撃を受けていた。
「部員を一人一人紹介するので。まずはそこで天下のクソゲー『たけしの挑戦状』に挑んでいるのが、うちの部長、3年B組の河井真樹先輩なので」
軍服姿の真樹先輩は、このときようやく俺の存在に気づいたらしい。絨毯に置いていたライフルを拾いながら敏捷に立ち上がると、電光石火の速さで銃口を俺の顎裏に突きつけた。
「ひっ……!」
我ながら情けない声が出る。運動神経がないので何の反応も出来ず、されるがままだった。この小銃、偽物と分かっていても恐怖をあおられる。真樹先輩は凍土にも似た冷厳たる声を放った。
「貴様、所属と名前を言え!」
俺は目だけ動かして雲雀先輩を見た。雲雀先輩は短く息をついた。
「部長に従ってなので」
しょうがない。ええと、所属と名前だっけ?
「翡翠高校1年A組、高松豊……です」
しかし銃の先端はより深く肉を突き上げた。
「ここへ何しに来た?」
嘘を許さない、気迫のこもった声だ。俺は弱々しく答えた。
「け、見学です……」
そこでようやく先端部が離れる。俺は海中から顔を出したように激しく息をした。真樹先輩はライフルを肩に提げて敬礼した。
「失礼したな、見学者の高松豊よ。わしは河井真樹。この部の軍紀を律する者だ。少々手荒な尋問をしたことを許してくれ」
真樹先輩はスタイルがよく、ヘルメットの下から覗く茶色の髪はショートマッシュだ。細長い眉の下の切れ長の目は焦げ茶色で、整った顔立ちは美形と言ってよい。迷彩色のヘルメットと服が似合っていた。
雲雀先輩が咳払いをした。
「部長、ゲームオーバーになっていますので」
「あっ、しまった!」
真樹先輩は座布団に座り直すと、ファミコンことファミリーコンピューター――社会の授業で習った奴だ――のコントローラーを握り締めた。葬式の画面を前に無念の呻きを漏らす。部室内にはファミコン以外にも複数の、どこの何という機種か分からないゲーム機がごろごろ転がっていた。
俺は顎をさすった。穴でも開いたかと思うほど痛い。酷い目に遭わされた。
「なかなか凄い部長さんですね」
雲雀先輩は俺の言葉にうなずいた。
「でしょう? 次はこちらの……『頭脳戦艦ガル』をプレイしている方なので」
少年のような横顔の人だ。肩を叩かれるとゲームを中断して振り返った。
「どうしただもん、雲雀ちゃん」
鮮やかな輝きの瞳に、高い鼻、鋭い唇をしている。黒い髪は短くカットされていた。
「見学の子に名前とコメントをお願いしますので」
意図を了解して微笑んだ。
「ボクは3年D組の袋田由紀だもん。目指すはアイドル! だもん。よろしくだもん。今日は楽しんでいってねだもん!」
「は、はい」
俺は30メートルぐらい気後れしながらどうにか返事した。どうも雲雀先輩といい、真樹先輩といい、由紀先輩といい、とっつきにくい。
「あっ、今ボクのこと男みたいだなって思っただもん!」
え? 俺は思ってもみなかった指摘に目をしばたたいた。
「そんなことはこれっぽっちも……」
「許せないもん! ボクは女の子だもん! 少年じゃないもん!」




