0019(二)05
「君のお姉ちゃんから、噴火君の遊び相手になってくれって頼まれたんだ。どうだい、何かやりたいことはあるかい?」
噴火の目がきららかに輝いた。
「本当? じゃあサッカーの相手になってくれる?」
「俺、下手だけどね」
噴火は心から喜んでいるようだ。げんきんな奴だ。
「よし、それじゃ高松兄ちゃん、外でサッカーしよう!」
「俺につとまるかな」
「大丈夫大丈夫、ただパスをするだけだから。……お姉ちゃんは?」
「風邪を引いて寝込んでるけど」
「何だ、また駄ゲーをやってるのかと思った。じゃ、高松兄ちゃん、一緒に家を出よう」
ゴミの散乱する床を器用に渡り、噴火は左手でサッカーボールを、右手で俺の手を掴んで廊下に飛び出した。考えるより行動する方が先な、よくあるタイプの人間らしい。
家政婦同様、噴火は住居の地図を頭に叩き込んでいるようだ。右に左に曲がり、とうとう玄関まで辿り着いた。その勢いのままもどかしく靴に履き替え、外へと飛び出す。まだ夕方前で、鈍い陽光が広い日本庭園をくっきり浮かび上がらせていた。
噴火はそこで止まらず、あの門を通過して、邸宅の外へと俺を連行していく。どこまで行くかと思ったら、近所の公園だった。
「さ、着いたよ。ここなら邪魔されずに没頭できるでしょ」
噴火はにんまり笑った。昨日の雨で濡れていたはずの地面は、今はもうすっかり乾いている。近隣の主婦らしき人たちが子供を遊ばせて、自分たちは井戸端会議に精を出していた。端の方にはブランコと滑り台、鉄棒と砂場がある。
「いくよ、高松兄ちゃん」
周りに余計な障害物がないことを確認すると、噴火は俺に向かってボールを蹴ってきた。俺はかろうじて右足でそれを受け止める。
体を動かすなんて、それもサッカーだなんて久しぶりのことだ。俺はトーキックで球を返す。噴火が転がってきたそれを踏んで押さえた。
「高松兄ちゃん、ボールの蹴り方も知らないの?」
俺は馬鹿にされたようで悔しかった。
「小学生時代は野球一筋だったんだ。サッカーはあまりよく知らない」
まあ、野球といっても万年球拾いだったけどな。噴火は感心したようだ。
「じゃあサッカーの基本、インサイドキックを教えてあげるよ。足の内側で蹴るんだ。よく見ててね」
結局空が濃紫色になるまで、俺は火山噴火先生のサッカー教室の生徒だった。これ、遊んであげたと言えるのか?
「あー、楽しかった。今日はありがとう、高松兄ちゃん」
まあ喜んでくれたようだし別にいいか。俺は心地よい疲労に包まれ、両足はくたくただった。
「じゃあ帰るか」
そのときだった。少し離れたベンチに座る、楓の姿を発見したのは。
「あれ、水仙。何でここにいるんだ?」
それまで楓は、椅子に腰掛けたまま頬杖を両膝について、つまり前かがみでこちらを眺めていたようだ。だが俺が気づいたと知るや、見るからに狼狽してあたふたと立ち上がった。
「ごめんなさい、盗み見るつもりはなくて……」
セミロングの黒髪が通り風に吹かれ、銀縁眼鏡は夕焼けに赤く染まる。俺は盗み見られていたとしても別段気にはしなかった。
「いつからそこにいたんだ?」
楓は真っ赤な頬をしている。
「途中から。火山先輩の家を辞去してから、コンビニに寄った後、少し日向ぼっこしたくてこの公園のベンチに座ったの。そうしたら高松君と子供がサッカーしていて……。見とれちゃった」
運動下手なところをしっかり目撃されてしまったというわけか。俺はあまりの恥ずかしさに、穴があったら入りたいぐらいだった。
「何だ高松兄ちゃん、ガールフレンドがいたんだ」
噴火が肘で俺の脇をつつく。楓はますます赤くなってうつむいた。俺は噴火の背中を平手でどやしつけた。
「そんなんじゃないって。クラスメイトで同じ駄ゲー部員ってだけだ。勘違いするな」
「素直じゃないね、高松兄ちゃん」
「うるさいな」
空はすっかり夜色と化している。月が煌々と照り始め、星々がまたたき始めた。家の近い噴火とはここで別れ、俺は楓を送りに一緒に歩き出した。公園を出て団地に向かう。
「……そうなんだ、火山先輩に頼まれて……」
事情を説明すると、楓は疑うこともなく納得した。まあ疑われることなど初めからないが。
俺は頭を掻いて、今頃ベッドで寝ているであろう風林先輩のことを思い浮かべた。
「やむを得なかったとはいえ、水仙には悪いことしたな。昨日は入部早々風林先輩がぶっ倒れて、今日は彼女のお見舞いで……。朝練も含めて部活動にならなかったもんな」
楓は勢いよく手を振った。
「とんでもない! まずは火山先輩の体調が最優先だもの」
「そうか? それならいいけど」
にしても……。俺の疑問が再燃した。
「なあ水仙。お前、一体どうして駄ゲー部なんかに入ったんだ? 駄目ゲームが遊びたかったのか? どことなく優等生っぽい感じなのに」




