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0012(一)11

 俺は視線を地平に下ろし、愛くるしい先輩の面上に矛先を向けた。


 そりゃ、決まってる。


 最初こそ雲雀先輩のためを想って躍起になっていた。優しい彼女の退部が認められなくて、意地になって突っ張っていた。


 だが、今は違う。いや、違うというか、それも込みで……。


 何というか、俺は燃えているのだ。


 駄ゲーの極み、クソゲー連峰の頂点の一角『未来神話ジャーヴァス』。


 それを登頂したときに見える光景を、俺はどうしても網膜に焼き付けたいのだ。


 馬鹿馬鹿しいとは分かってる。そんなことしても誰も褒めてくれやしない。学生の本分である学業にとって、プラスになることはまずないだろう。


 しかし、駄ゲー部の皆は分かってくれるに違いない。それが貴重で、かけがえのないものであると。風林先輩は教えてくれたじゃないか。駄ゲーは人間的成長に決して無駄にはならないと。


「俺も並びたいんですよ」


 俺はまたぞろ込み上げてきたあくびを噛み殺した。


「雲雀先輩の登った隣に、ね」




 俺はいい加減単調作業にも慣れ、各種効率化にも成功し、城内でのアクションにも対応できてきていた。禁じられていた攻略サイト閲覧もお構いなし。焦燥は中途半端な驕りや誇りを木っ端微塵に打ち砕いたのだ。


 今日もジャーヴァスを徹底的にやり込み、とうとう6つ目の城「エウロン城」を落とす。


「後一つ!」


 俺は拳を握り締めて歓喜に打ち振るった――が。


 雀が鳴いている。外はもう白々と明け始めていた。また徹夜してしまった。今度は完徹だ。


 約束の期限。1週間の最終日。俺は空前の睡魔に腫れぼったい目を擦り、何度も寄せ返すあくびの波に全身を震わせた。


 倦怠と疲労が全身を蝕んでいる。もう手足を動かすのも億劫だった。それでも、遅刻ぎりぎりまで仲間集めに奔走する。


 やがて6時になった。


「学校、行かないと……」


 俺はボロボロの状態で制服に着替えて台所に向かった。


「ちょっと豊、ひどい顔ね。大丈夫?」


 母さんが眼鏡の中央を押し上げながらまじまじと俺を見つめる。心の底から心配してくれているのが感じられた。俺は強がった。


「うん、何でもない。ちょっと夜更かししただけさ」


 父さんは微苦笑した。


「夜更かしするほど夢中になってたのか? 何をやってたんだ」


 中学生になったらテレビゲームは一切禁止。それが我が家の方針である。もしここで駄ゲーに取り組んでいた、などと答えたら、憤怒と悲嘆を爆発されそうなので、


「学校の勉強だよ。決まってるさ」


 と返事しておいた。父さんは感銘を受けた様子もなく茶碗のご飯をかき込む。


「ま、期待しているぞ、豊」




 一家団欒の朝食で空腹を満たした俺は、疲弊した体に鞭打ち、翡翠中学校へ引きずるような足取りで登校した。もちろん学習道具の入った鞄と共に、ファミコン本体とジャーヴァスを収めた袋を携えて。


 時間はない。また志願兵・傭兵・グルカ兵・アマゾネスら仲間を集め、最後の「キネラシア城」に乗り込み、ボス敵を倒さねばならない。ここまで来ると、自分の執念にそら恐ろしささえ感じてくる。


 朝練の時間、俺は仲間獲得に奔走した。300人ずつ用意せねば城には乗り込めないのだ。蜘蛛嫌いの美夏先輩が、若干引き気味に俺に声をかける。


「ちょっと休んだらええんちゃう? 顔、真っ青やで」


「いえ、お構いなく」


 俺はダラダラ遅い主人公の動きに、もはや何の感慨も沸かなかった。退屈極まりない戦闘、単純労働の仲間集め、「初心の家」(入るとスタート地点に強制的にワープさせられる罠)などがある外道な街、その全てを虚心坦懐に見つめていた。何ならこの駄ゲーを作った制作スタッフすら下に見ていた。


 まさに俺は、『未来神話ジャーヴァス』の鬼と化していたのだ。


 雲雀先輩が沈痛な、しかし僅かばかり感動の入り混じった声を漏らす。


「高松君……」


 すかさず言った。


「最後の城には参謀100、魔道師100、隊長50、将軍30も必要なので」


 俺は即答した。


「分かってます!」


 そこら辺も抜かりなく収集している。雲雀先輩の声に微量の険が入った。


「攻略本やネットを見たので?」


 うう……。俺は何も言い返せない。ジャーヴァスクリアのために、俺は恥も外聞もなくそれらをむさぼり読んだのだ。


「でもでも、最後のボスは自力で倒そうと、敢えてそこは目を通してません!」


 雲雀先輩が雄弁な溜め息をついた。


「まあ、しょうがないので」


 そこで朝練の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

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