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第11話 薫、舞子に捕まる

1か月も更新できなくて、すいません。

暑すぎてなかなか筆が進みませんでした。

 薫が陸上競技場から連れ去られた事件があってから二週間後、大学側から掛けられていた薫の謹慎処分がようやく解かれた。

 明人は三日前から映画のロケで北海道に出かけていて、広い家に一人薫は残される形になった。

 セキュリティが行き届いている家なのだから、泥棒なんて来ないだろうし、滅多な事は起こらないから大丈夫だと言っているのに、明人からは少なくとも一日二回は携帯に連絡が入ってくる。メールはその倍の数だ。

 これも婚約偽装の一環なのかと薫は思い、明人が携帯電話のメールの内容を周りのスタッフに見せる可能性も考えて、煩わしさを感じながらも親密さを装ったメールを返信するようにしていた。

 大学の学生食堂で明人から届いたメールを見ていると、後ろから舞子がふざけて抱きついてきた。


「薫、ひっさしぶり~。元気にしてた?」

「『元気にしてた?』じゃないわよ。明人が記者会見開いてくれるまでは、家から出れないくらいマスコミが詰めかけていて、全然走り込みができなかったし、前期試験が近いと言うのに、謹慎処分が解けるまで大学の講義も受けれなかった。本当に踏んだり蹴ったり」


 憮然とした様子で薫が携帯電話を閉じようとすると、舞子が後ろから手を伸ばして薫の手の中から携帯電話を攫っていった。


「あっ、舞子、返して!」

「なになに。へえ、霧島さん、ロケへ行っているんだ。メールが来てるじゃない。『薫が居ないと寂しい。君の顔が一日でも早く見れるようにロケを頑張るよ。だから、待っていて。愛を込めて 明人』だって。薫、愛されているね~」


 周りに聞こえるような声で舞子は明人が薫に宛てたメールの内容を暴露する。薫は恥ずかしさに真っ赤になって、慌てて舞子の口を手で塞いだが遅すぎた。

 朝食を学生食堂でとっていた学生達の目が薫に集中した。しかも、運が悪い事に今日はオープンキャンパスの日だ。ちらほらと高校生らしき姿が学生食堂の中には混じっていた。

 遠慮のない視線を向けられて、薫は居心地の悪さがじりじりとこみ上げてくる。

 舞子が見たメールが、ついさっき届いた物で良かったと、薫は心底思った。昨日の夜に届いた明人からのメールは、恋人に甘く囁くもので、薫は思わず口から砂を吐きそうになった。

 何なの? この詩は? あの俺様が、こんな純真な想いを詩で表現するなんてあり得ない。

 これは、絶対に聡さんから聞いていた明人の悪い病気が発症しているに違いないと、薫は思った。

 部外者だからと言って映画の詳しいストーリーは教えては貰えなかったが、内容は純愛物だと聞いている。きっと、明人は役に嵌り込んで抜け出せないんだろう。

 でも、無神経に周りに聞こえる様に言いふらしてしまう舞子も舞子だ。

 男子学生は好奇心の目を薫に向けて来るだけだが、女子学生は俳優霧島明人からのメールを一目見ようと薫の座っているテーブルに向って動き出していた。

 このままでは、囲まれてしまう。さっさと逃げよう。

 薫は舞子の腕を掴むと脱兎のごとく走り出した。



* * * * * * * * * *



 薫が逃げ込んだのは、陸上部の女子部室だった。

 もうすぐ2限目の講義が始まる。幸いにも薫と舞子が取っている講義は無かった。履修している次の講義までは、まだかなりの時間があった。暫くは、誰もこの部室にはやってこないはずだ。


「舞子、私はただでさえ肩身の狭い思いをしているのに、注目を浴びさせるような事はしないで」


 息が落ち着くのを見計らって、薫は舞子に苦情を呈した。テレビでもラジオでも明人の記者会見の様子は中継されたから、薫の陸上競技会の原因が明人の勘違いにあった事は知れ渡ってはいた。

 しかし、特待生として学業と陸上に専念しなければならない所を俳優と付き合っていたという認識――もっとも、その認識さえ偽りなのだが――が消えるわけではなかった。


「だって、一番に私の所に来てくれると思っていたのに、ちっとも来てくれないんだもの」


 舞子は頬を膨らして、当然と言う風に両腕を組んで胸を張った。Dカップはあるんじゃないかと思える豊かな胸が反動でぷるんと揺れた。

 アスリートとしては、大きな胸は邪魔でしかないが、女性としては羨ましく思っていた。薫はそんな想いを隠すように舞子から視線を逸らした。


「それは、大学から謹慎しろって言われて、大学に来れなかったからで……」


 しどろもどろになりながら薫は弁解を試みるが、舞子は人差し指をびしっと薫の顔の前に突き付けて言い逃れを許さなかった。


「大学に来れなかっただけでしょう? 自宅に閉じこもっておけだなんて、大学側は言ってなかったよね? どうして会いに来てくれなかったの?」

「ごめんなさい」


 薫はとうとう頭を下げて負けを認めるしかなかった。

 正直なところ、舞子に会えば明人との馴れ初めとか、いつの間にそんなに深い仲になったんだとか、根掘り葉掘り聞かれるに決まっていたから、舞子に会うのを敬遠していたのだ。


「ふふん、分かればよろしい」


 舞子は得意げに鼻をならし、鼻歌を歌いそうなほど上機嫌な笑みを作った。


「さあ、キリキリと吐いてもらうわよ。薫と霧島さんの出会いから」


 舞子の恋バナに対する執念みたいなものを感じて、薫は背中が薄ら寒くなった。

 部室のベンチに腰掛け、備え付けてある冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。まだ日が高く上がっていない時間帯とはいえ、部室の中は既に蒸し暑くなっている。扇風機をかけていても、水分補強は必須だった。


「霧島さんとの出会いは、偶然のものだったの?」

「うん、私が走り込みの自主トレーニングをしていたら、倒れている明人を見つけて、声を掛けたから、そうなるのかな」


 走ってきて喉が渇いているのか、舞子はペットボトルを傾けて、中に入っている水を半分ほど一気に飲んだ。

 薫は婚約偽装のボロが出るんじゃないかと内心ヒヤヒヤして、喉の渇きを潤す気にもなれなかった。落ち着きなくミネラルウォーターのペットボトルを両手の掌の中で弄んでいた。


「ふーん、それで付き合ってくれって言ったのは、薫の方? それとも霧島さんの方?」

「明人からです」


 うん、これも間違ってないはず。婚約偽装を持ちかけてきたのは、あっち側だもの。


「記者会見では随分前に知り合ったように言っていたけど、全然そんな様子見せなかったよね? 友人であるはずの私にも一言もなかったし?」


 舞子が詰問口調になるのも仕方がなかった。陸上部のマネージャーとしても、親しい友人としても薫に頼りにされていると思っていたのに、肝心の時に何も相談がなかったのだから。


「走る事しか取り柄がない私と売れっ子俳優である明人さんが付き合っていると言っても、信じてもらえないと思ったから、誰にも何も言わなかったの。普段と様子が変わらなかったのは、日本陸上競技選手権大会の準備で、私の頭が一杯だったからじゃないかな?」


 予め舞子から追及されそうな事柄は、大学復帰が正式に決まってから、ある程度の想定問答集を薫は作っていた。ボロが出ないように、明人と聡にも見てもらったという念の入れようであった。

「霧島さんはロケに出かけたんだよね? 一緒に連れて行ってくれなかったの? 綺麗どころの女優さんと一緒に仕事するんだよ? 撮影するのは恋愛物なんでしょう?不安じゃないの?」

「大丈夫。明人は仕事に行っただけで、浮気するために行ったんじゃないんだから」

「甘い、甘いよ、薫は。相手は数ある女優と浮名を流し続けていた女たらしなんだよ? しっかり繋ぎ留めていないと、あっという間に他の女に取られるんだからね!」


 明人が他の女性の所へ行ってくれるなら、薫にとってはむしろ万々歳だ。婚約偽装を続ける必要はなくなるし、明人側の理由で取引が破棄される場合は、学費は全額補償され、更に当面の生活費が追加して薫に渡される事になっていた。

 そんな内情を悟られないように、薫はポーカーフェイスを保った。


「舞子が言っているような事にはならないと思う」


 そう、少なくとも、この映画の撮影が終わるまでは――。

 映画の主役の仕事が欲しくて婚約偽装をしているのだから、明人だって分かっているはずだ。


「ふーん、薫は霧島さんの事を信じているんだ……。羨ましいな、私もそんな恋がしてみたい~」


 舞子は薫が抱え込んでいる内情を知らずに、組んだ両手を胸の前に掲げて、うっとりとここではないどこかを見て想いを馳せている。

 それは恋に恋する乙女の姿だった。

 友人である舞子に嘘をついた事を薫は心の中で手を合わせて謝った。


「ロケはお仕事とは言っても、薫は会いに行かないの?良ければ一緒について行ってあげようか?」


 現実復帰した舞子は、下心見え見えの提案をしてきた。ロケの撮影に関わる俳優は明人だけではない。他の著名な俳優もロケに来ている。

 あわよくばサインを貰えるだけでなく、お近づきになれるかもしれない。舞子は何事にも積極的だった。その行動力には、薫も時に舌を巻くほどだった。


「もうすぐ前期試験があるのを忘れているの? 赤点を取ったら、追試があると思うけど……」


 薫のぼそっと呟いた一言が舞子を打ちのめした。頭を抱えてベンチの上に突っ伏した。


「言わないで、薫。冗談抜きで、今回は法学史がヤバイのよ。全然頭の中に入ってこないのよ。あの准教授は研究に熱心すぎて、教育にちっとも力を入れてくれないから、講義内容が意味不明なのよ~」


 ジタバタと悶える舞子を宥めようと手を伸ばした時、薫の携帯電話がメールの着信を知らせた。

 また、明人からかと薫は思い、うんざりしつつメールを開くと、差出人は三宮信彦だった。

 今日は薫が在籍する大学のオープンキャンパスの日で、信彦を案内してもらえるように信彦の母から薫は頼まれていた。大学に着いたらメールで連絡するように、先日言ってあったのを薫は思い出した。


「ごめん、知り合いの子と大学を案内する約束をしていたんだ。続きは後で」

「その子って男の子?」

「うん、そうだけど……」

「記者会見見た限りでは、霧島さんは独占欲強そうな感じがしたからさ。あまり、彼の前でその子の話題を出さない方がいいよ~」


 舞子はベンチから起き上がって、部室のドアを開けようとしている薫に忠告をした。

 どうも薫は恋愛中の男性の心の機微に疎い所がある。今までロクに男性とお付き合いした事がない薫では仕方ない事だが、今までの経緯を見てみると、舞子には一気に力技で薫が婚約まで押し切られたような気がしてならなかったのだ。


「男の子って言ったって、家庭教師先の教え子なのよ。明人が焼きもちなんて焼く訳ないない」


 薫は明るく手を左右に振って部室を出て行った。


「今まで男性の本質を見誤った事って、あまりないんだけどな……」


 婚約者がいるのに割と呑気に構えて、隙だらけの薫を見ていると、色々な意味で心配になってきた舞子だった。


2013/9/23 初出

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