エピローグ
目の前にある祠
古ぼけた、ただの箱の夢
祠の小さな扉には古びた御札
赤い墨で何かが書かれているが擦れていて読めない
これはいつもの夢だ。
いつからだろう、物心が付くずっと前から見ている。
夜の山の中、少し遠くに木々の暗がりが広がっている。
このぼんやりとした夢から覚めた後はいつも鼓動が早くなり、暗闇が怖くカーテン越しの月明りばかりを見て心を落ち着かせていた。
続きを知っているようで、先がわからない夢
でも、この日は違った。
気が付いたのは、赤い色に目がいったからだ。
祠の周りに、赤があった。
彼岸花だ。
今まで気が付いたことはなかった。
細い茎の先で、赤い花が、祠をぐるりと囲むように咲いている。
夜なのに、山の暗がりの中でその赤だけが、妙にはっきり見えた。
これはいつもの夢じゃない
祠の奥には、大きな木があった。
何の木かはわからない。
ただ、夜より濃い色をした幹が太く、高く、上のほうの葉が月明りでかすかに光って見えた。
祠には近づくな
思い出せない。
誰かに言われた気がする。
これ以上
近づいてはいけない。
おれの前には小学生くらいの2人の男の子
そのうちの1人が祠に手を伸ばす。
御札に触れてはいけない
理由はわからない。
絶対に
御札を剥がしてはいけない
汗で貼りついた上着が気持ち悪い
いつもは思い出せない夢の続き
近くの草むらから虫の声
風で揺れる草の音
普通の山の音
御札に近づく伸ばした手
やめろ
声が出ない
やっぱり違う
これはいつもの夢じゃない
やめろ
御札に指がかかる
目の前でゆっくりと御札が剥がされていく
御札が剥がれ小さな扉が手前に微かに動いた。
その瞬間
何かが変わった。
さっきまで
そこにあったはずの何か
ぷつり
何かが途切れた。
一瞬で空気が冷える感覚
背筋に悪寒が走る。
そして音がなくなった。
何かまずいことになった。
直感的にそう理解した。
その場から動けなかった。
硬直した身体
背中の汗が気持ち悪い
1人が小さな扉の奥へ手を伸ばす。
やめろ!
声は出なかった。
そのとき、
視界に何か動くものが映った。
祠の奥
あの大きな木
木の根元に小さな影がいた。
見ちゃだめだ
見ちゃだめだ
見ちゃだめだ
だけど、その影から目を離すことができない
ゆっくりと影がせり上がり
影はだんだん大きくなっていった。
その中から1つの赤い光が出てきた。
それが2つになり
赤い目がこっちを向いた。
目が合った気がした。
やばいやばいやばい。
頭の中で、それだけが鳴っていた。
影は動かなかった。
赤い目が、じっとこっちを見てる。
「何これ?鏡?」
「曇ってんじゃん。」
赤い目が2人を見た。
次の瞬間、
影が動いた。
どっ、どっ、どっ
足音が鳴った。
「走れっ!」
おれは叫んで駆け出した。
足をできる限り動かし全力で走った。
後ろから2人の叫び声が聞こえる。
足音はどんどん大きくなって迫ってくる。
そこから
走って、走って、走った。
目の前に金網が見えてきた。
金網に飛びつき、
指をかけ無我夢中でよじ登った。
金網を上ったところで
ガシャン!と大きな音がし、金網が大きく揺れた。
おれは背中から反対側へ落っこちた。
背中の衝撃で身体はすぐには動かない
息が詰まった状態で微かに動く顔を傾け
金網の中を見る。
そこには大きな影の塊がいた。
その下には男の子が倒れていた。
覆いかぶさったそいつが
ゆっくりと、こっちを向いた。
赤い目が、おれを見た。
次の瞬間
ガシャン、ガシャン、ガシャンと
そいつは何度も何度も金網に体当たりをした。
目の前の金網の向こうから
そいつの赤い目がおれを見ていた。
おれは跳ね起きた。
真っ暗なおれの部屋。
心臓が喉のあたりで鳴っていた。
チェストの上のデジタル時計の緑の光が点滅していた。
カチ、カチ、と隣の部屋の時計の音が聞こえる。
なんで
なんでなんでなんで
乱れた心臓の音がする。
少しでも気を抜いたら
あの赤い目を思い出してしまいそうだ。
息を吐く。
吸う。
少しずつ、鼓動が落ちついてきた。
いつも通りだ。
静かな夜のいつもの部屋
それなのに
いつもの祠の夢だった。
どこかも知らない、あの場所。
小さな頃からドキドキした夢
いつも続きが気になっていた。
なんで今日に限って
なんで、今日に限って——続きを
チェストの陰、少し開いたクローゼットの隙間。
部屋の暗がりの中からあの赤い目がこっちを見ている気がする。
暗がりに目を向けたら、
目が合ってしまうのではないだろうか。
もし目が合ってしまったら
そんな恐怖を紛らわせようとカーテン越しの月明りを見てしまう。
何かが、すぐそばで身じろぎした気がした。
気のせいだ。
それだけのことで、少し怖さが和らいだ。




