救出
「こーねりあ……」
まるで子どものように辿々しく名前を呼び、ぽろぽろと涙をこぼす。
堰を切ったように止まらない。
「こー、ねりあっ……!」
すぐにでも駆け寄りたいのに緊張の糸が切れたのか足に力が入らず座り込んでしまった。
目の前に立つ男の事も忘れてしゃくり上げる。コーネリアから目を離したら夢や幻のように、たちまち消えてしまうのではないかと不安で視線を逸らす事ができなかった。
「ユーフィリア様、辛い思いをさせてしまい申し訳ございませんでした。すぐ公国へ帰りましょう」
沈痛な表情を浮かべてこちらへ歩み寄るコーネリアの前にイグニダ将軍が立ち塞がる。
「そう簡単に行くと思うか?」
コーネリアは足を止めることなく、微笑んで見せる。
そしてチリっ、と音がしたかと思えばイグニダ将軍の顔の横で小さく爆ぜた。
さすがと言うべきかイグニダ将軍は微動だにせず、ニヤついている。
ゆっくりと腰に手をやり帯剣していないことに気付いて舌打ちをすると、近くにあったナイフを手に構えた。
「ハッ、クハハハハ!! いいぜ! じゃあ殺し合うか!!」
「ああ、いえ。勘違いなさらないでください」
スイッチが入ったように瞳孔を開いて笑うイグニダ将軍を落ち着かせるように、コーネリアはふりふりと可憐な仕草で首を横に振る。
「もう終わりました」
「は?」
間抜けな声を漏らしたイグニダ将軍が帯状の光に拘束されていく。
更にその足元に魔法陣が浮かび上がり、重力に負けたようにべしゃりと顔面から床に倒れ伏す。
「う、ぐあぁぁああ!!」
イグニダ将軍の油断もあるだろうが戦いとは呼べない一方的な光景だ。
本当に魔法さえ使えれば簡単に制圧出来たのかと口を半開きにして呆然と見つめる。
「おい、聖女。……立てるか?」
いつの間にか側にナレアスがいた。
縋りつきたい気持ちを堪えて小さく頷く。
手を借りて立ち上がると、台の上に寝かせられた騎士を見遣る。
意識はまだあるようだが目の焦点は合っておらず、涎を垂れ流し「殺してくれ」と譫言のように繰り返している。
ナレアスは顔を歪めて歯を食い縛ると、拘束具を剣で破壊した。そして騎士の額に触れると静かな声で語りかける。
「よくやった。少し休め」
柔らかな魔力が騎士を包み、緩やかに瞼が落ちていった。
「っぐぁ……な、なァ、ひとつ聞かせてくれよ……この部屋では……っ、魔法は使えないっ……はず、だが……一体どういう仕掛けだッ? ぁ、あがぁああッ!!」
「お答えする必要がありますか?」
重力が増したのか、イグニダ将軍は更に苦悶の声を上げる。
コツリ、と態とらしく音を鳴らしてイグニダ将軍の前に立ったコーネリアは、指先に魔力を集中させる。
……あれは魔導塔を蒸発させた魔法では?
そう思ってナレアスを見上げると頭痛を堪えるような顔をしている。
「おい、コーネリア。まだ殺すな。そいつは捕らえてセルシオン様の元へ連れて行くって話だろ」
「あら、残念。でも少しならいいでしょう?」
「……少しも何も跡形もなく消えるだろ」
「あっ、じゃあ腕一本だけ持っていくのはどうかしら? それならっ」
「コーネリア」
名案だと言うように顔の横で手をポンっと叩く可愛らしいコーネリア。ナレアスが唸るような低い声で名を呼ぶと頬を膨らませて唇を突き出した。聞き分けのない子どものような態度だ。
「いいからいくぞ。そいつの意識奪っとけ」
「はぁい」
「がっ……」
コーネリアの顔には不満です!と顔に堂々と書いてあるが、渋々ながらもナレアスに従い、雑に魔力塊をイグニダ将軍にぶつけて意識を刈り取った。
ナレアスが騎士を背負って階段を登り、その後ろに私が続く。最後にコーネリアがイグニダ将軍を引き摺っていく。ガン、ゴンとぶつける音が背後から聞こえてくるが、振り向かずに心を無にして上がっていく。
程なくして一階に繋がる扉が見えた。
扉は開け放たれており光が差し込んでいる。
玄関ホールに出るとダクス公国の騎士が慌ただしく走り回っている。
ナレアスはその一人を捕まえて、二、三言伝えると背負っていた騎士を預けた。
ホールの中をきょろきょろと落ち着きなく見回すが目的の人の姿が見つからない。
胸元をぎゅっと握り込み、不安な顔をしているとナレアスが溜息を吐きながら後ろ頭を掻く。
「あー、セルシオン様はな。ベルヅ国王を締め上げにーー」
「ユーフィリア!!」
「行ってたはずなんだけどなぁ……」
愛しい人の声が階段の上から聞こえた。




