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残された側の苦しみ

◇◇◇



 ユーフィリアが消えた廊下を静かに見つめる。

 こちらへと伸ばされた手も、俺の名を呼ぶ声も、今もまだそこに残っているようで諦め悪くユーフィリアの姿を探してしまう。


「セルシオン様……」


 ナレアスの気遣わしげな声に、ただ突っ立っている場合ではないと頭を切り替える。


「被害状況の確認と魔導塔へ魔導具の解析を依頼しろ。結果が出次第、軍を編成しユーフィリアを奪還する」


「はっ!」


「コーネリア、そちらはどうだ」


 立ち去ったナレアスからユーフィリアの侍女へと視線を移す。横たわったまま意識を失っているようだが呼吸は落ち着いているように見える。


「シアの容体は安定しました。数日安静にしていれば回復するでしょう」


「そうか」


 短く答えながらも内心安堵する。


(薬が本物で良かった。この侍女に何かあればユーフィリアが悲しむからな)


 月明かりが差し込む廊下を見回すと騎士や魔導師、救護室の面々が忙しなく行き来している。



 あの時、あの瞬間、ユーフィリアが選んだのは侍女の命だった。

 ユーフィリアならそうするだろうと理解していても、胸の内から湧き上がるこのどうしようもない感情は行き場もなく、ぶつける先もなくーー俺を苦しめた。



(守ると……言ったのにな。これでは口先だけではないか……!)


 自身への苛立ちが抑えきれない。下手すれば周囲に当たり散らしかねない、感情を制御できない自分の幼稚さにも嫌気が差す。


(ユーフィリア……必ず助け出す。どうか無事でいてくれ……)


 一分一秒でも早くユーフィリアを取り戻すために策を練ろうと執務室へ向かおうとするとコーネリアがそれを引き止めた。


「セルシオン様。シアの事は救護室の者に任せて、私も魔導塔に協力します。それでも三日は必要かと思います」


「……三日か。お前が加わってもそれだけかかるか」


「ええ、やはり解析のみならず対策しなければなりませんので不眠不休でも三日はかかります」


(くそ、いっそのこと魔導具の解析もせずに今すぐ力尽くで奪い返すか? 今この時もユーフィリアが辛い目に遭っていないとも限らないというのにそんな悠長に時間をかけていいのか?)


 固く握り締めた拳を震わせて煩悶する俺の内心を読んだかのように、コーネリアが赤い瞳を苦し気に歪めて顔を俯けた。


「申し訳ございません。元はと言えば私が命じられた護衛の任務を全う出来なかったことが原因です。全て私の油断が招いたこと。必ずやユーフィリア様を奪還いたします。けれど万全の状態で望まなければ足元を掬われかねません。ですのでどうか三日だけ私にください。救い出した後でしたら、いくらでも罰は受けます」


 頭を下げて必死に頼み込むその肩は、自身への不甲斐なさと怒りで震えているようだった。

 普段通りのように見えていたが、コーネリアも胸の内では責任を感じていたのだろう。珍しく思い詰めた様子だった。


「お前ひとりの責任ではない。そう自分を追い詰めるな。いいだろう。三日待とう。だが、途中でユーフィリアに危険が迫れば即座に俺を転移させろ」


「…………はい。命の危険がある場合、必ず」



 この時、ほんの一瞬だが躊躇いを含んだ間があったことに気付かなかった。



◇◇◇



 薄っすらと白み始めた空。


 魔導塔へ向かいながら遠見で見たベルヅ国王とイグニダ将軍の会話に、これからユーフィリア様が味わう苦難を思った。


 決して死ぬことはない。けれど、きっと死んだ方がマシだと思えることだろう。


 やはり人間は悍ましい。

 短命であるからこそ、欲望に果てがないのか。



「コーネリア」


 振り返ると新緑の色をした瞳がこちらを見つめていた。


「なあに? 今から魔導具の解析に向かうからあまり時間はないのだけど」


「声、震えてるぞ」


「気のせいじゃないかしら」


 静かな指摘に微笑んで見せる。

 すると、手を取られて目の高さまで持ち上げられた。


「手も震えてるけど、これも気のせいか?」


「…………気のせいよ」


 穏やかなその声に心が揺さぶられる。

 力無く言葉を返すと息を吐くようにしてナレアスが笑った。


「お前、どれだけ歳を取ってもそういう強がりな所は変わらないな」


「あなたも一言余計な所は変わらないわね」


「むぐぅ!!」


 唇を摘んで引っ張ると、蛸のようなその変な顔にくすりと笑う。


「心配しないで。私なら大丈夫よ。少しでも早く助け出さないと」


 ーーユーフィリア様の心が壊れてしまう。


 口に出せない言葉を飲み込み、ナレアスの銀色の髪を撫でる。

 見上げた精悍な顔はうっすらと隈が出来ている。お互いこれから数日、まともに眠ることはできないだろう。


 肉が薄いナレアスの頬を両手で挟むと、その私の手の上からナレアスが自分の手を重ねた。

 じんわりと伝わる熱が力をくれる。


(……そうね。今は弱気になってる場合じゃないわ。まだ私の願いは叶ってないもの。ユーフィリア様を取り返したら、まずはお二人の結婚式の準備もしないといけないわね。ーーだって幸せになってほしいもの)


 どうしていつもあの二人に苦しみを背負わせようとするのだろう。

 女神ウェルニアは善良な人間ほど苦しめるのが好きなのだろうか。

 難なく幸せになれる人間だっているのに、平凡な幸せを望むことすら過ぎた願いだと思うほど彼らは幸せから遠い。


 だから、私が介入することにしたのだ。

 何が何でも二人を幸せにするために。



 ユーフィリア様はセルシオン様のーーかつて魔王と呼ばれた青年との約束のために断頭台に上がった方だ。そこらの人間の女性と同じなはずがない。彼女の芯の強さを信じるべきだろう。


(三日だけお待ちください。どうか持ち堪えてください。すぐにお助けしますから)


 ぐっと力を込めてナレアスの頬を押し潰す。


「ナレアス、死ぬ気でがんばりましょう」


「おう」


 籠った声で返事をするナレアスは、変な顔にされても、それでも抵抗せずに口角を上げて私を優しい目で見下ろしていた。

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