118 哀しき痕跡、闇の蠢き その3
「くそ!」
ゾーヤとの通話は切れてしまった。
「やばいなどうするよ」
ダーク翔一がモフ腕を組む。
翔一は未来の端末を出した。
「リリーちゃん」
手に持っただけで起動する。
「こんにちは。翔一さん」
端末の人工知能が笑顔で答えた。
「この番号のスマホが最後にいた地点わかるかな」
「お安い御用よ。もっと呼び出してよ。私、あなたのこと大好き」
「ありがとう。でも急ぐんだ」
「わかったわ。ここから北東に約十キロ。●△町の辺りよ。動かないわね」
「スマホは放置されたんだろう。追跡されるからね」
うなずく翔一。
「おい、行き先はこいつらが知ってるんじゃないか。たぶん、ゾーヤ襲った奴らの仲間だろ」
「うん、どこかで尋問しよう」
「適当な空き家に入ろうぜ、生活の匂いしなかったら空き家だ」
宿精の提案。
翔一は公園の周辺にある家が数件空き家であることに気が付く。
襲撃者たちをそこに放り込んだ。
「あのエルフから学んだ家の封印呪文を唱えるぜ」
侵入者を閉じ込める呪文だ。一時的に小さな異界となる。
一人起こして尋問開始した。
鹿の頭蓋面を被る。
「おい。起きろ」
「ひ、貴様何者だ」
「質問はこちらがする。君たちは何者だ」
「……」
面倒なので観相精霊をぶつけてビジョンを得た。
ヤクザか何かの集団のようだ。かなりの荒くれ連中で有名な男たちである。
大金で雇われたのだ。
「……じゃあ、ゾーヤさんを襲った連中は今どこにいる」
男は答えなかったが、精霊をぶつけて同じくビジョンを得た。立派で教会のような大きな館。
「防御の魔術を使っていた。あの術はどういうものだ。答えなくても魔術でわかるぞ」
「……さあな、呪いを阻害すると聞いた。物理攻撃は防弾防刃で止まるからな」
男が半信半疑で護符をもらうシーンが見える。
与えたのは悪魔教団の男。特徴的な顔。
所持品を探るとルーンの描かれた石があった。
彼は全く何かわからないらしい。
そして、彼らは防弾防刃のベストを着こんでいた。薄手の最新型だが、逆に野蛮な煉瓦の打撲は全く止めない。
「子供たちを殺したのはお前か」
「俺はやっていない」
「でも、手は貸している」
「……」
無言だが、目をそらした。
「誰がボスなんだ」
答えないが、同じくビジョン。
見えた人物は外国人の美男子。目が赤く光る。
(邪眼? 悪魔教団ではない)
「どこにいる」
ビジョンは先ほどの教会のような建物を映した。
男を眠らせ、あと二人にも同じことをしたが、結果は似たようなものだった。
しかし、場所の正確な位置を割り出す。
男たちの中には、住所を文字で思い出したものがいた。
「ネット地図で……あった、この家だ」
ゾーヤが行方不明になった近くにこの目立つ建物はあった。
「どうするんだ、一人で乗り込むのか」
「戦って倒せるのかといわれたらできると思うけど、一人というのはちょっと難しいかな。占ってみよう」
「早くするんだ」
翔一は急いで占う。
「若干、距離間のある人が味方になってくれる。誰だろう、一緒に戦ったヒーローか少佐かな」
「少佐だろ。あのおっさんには組織がある」
「組織だからどこまで信用していいのか……」
「敵は巨大なんだ、結局、どこかの組織に頼る以外勝ち目ないぞ。お前一人いくら強くてもな」
「そうだね、少佐と連絡とるよ」
公安特殊部隊のダミーアドレスに連絡を取る。
普通にかけるようなことはできないのだ、ゾーヤにそう教えられている。
「あ、はい、宮田です」
よく聞くと人口で作った声だが、普通はわからない。
「宮田さん、至急連絡とりたいのですけど……」
「あ、はい。わかりました」
通話は切れる。
そして、すぐに宮田から連絡が来た。
「先ほど降りた駅に引き返して、そこで待っていてください」
「ありがとう」
(公安って、僕を監視してるんだ……)
すぐに家を出て、更に厳しく封印を強化した。
翔一が術の維持を止めない限り、彼らは脱出不可能だろう。尚、彼らの装備は衣服以外を全部奪って精霊ポケットに放り込んだ。
(これも全部公安に渡そう)
すぐに駅に戻る、奴らを誘いこむのに大して移動したわけでもないのだ。
駅前でベンチに座って待っていると、地味な軽のワンボックスがやってくる。
(軽……まあ、目立たないけど、なんというか迫力ないなぁ)
降りてきたのは、がっしりして真面目そうな大男、頭頂部の毛根の寿命が残念になっている大山軍曹。そして、もう一人は長身イケメン、鋭い目つきの天城曹長。二人ともチンピラみたいな服装だった。
「こんにちは。僕は御剣山翔一、治癒クマーです」
「ああ、君があのクマ君の人間体なんだ……というか、すごい面魂だね」
天城が笑顔になる。
「クマ君、やっぱり子供だったんだ」
大山ががっしりした手で握手。
「突然呼び出してごめんなさい、重要な用事があるのです」
「君が重要というのなら本当に重要だと思うからすぐにきた。用件は車の中で聞こう」
大山が運転し、天城と翔一は後部座席に乗った。
助手席には乱雑に荷物が積まれている。
(うわー、ゾーヤさんの綺麗な車と全然違う。すごいタバコ臭いし……)
絶句する翔一。
「助手席は乗らないのですか」
「並んで座ったら、まとめてやられるだろう。では、話してくれ」
「ゾーヤさんが捕まってます。たぶん人身売買組織。場所はここです」
スマホを見せる。
「混んでるから十五分くらいはかかるか」
天城が鋭い目で見る。
「ゾーヤさんが一瞬で倒されたことを考えると、敵は人間ではないかも」
「当然、そうだろうな。君はなぜそれがわかった」
「彼女との電話中に変な声がして切れたんです」
「ウム」
「僕も四人の男に襲われました。逆襲して監禁してあります」
「さすがクマ君」
大山が嬉しそうだ。
「そいつらが吐いたのだな。しかし、あまり無茶なことを君のような……」
「組織の情報を得ました。子供を殺した奴の顔も。ゾーヤさんが似顔絵を作ってくれるって」
「まあ、仔細は後で聞くとして、ゾーヤだな。大山頼む」
車は動き出す。
天城は安全なスマホを使って、誰かと連絡を取るようだった。
翔一はなんとなく、霊視する。
二人のオーラは綺麗だった。色は悪いがねじくれてはいない。天城は前見たときよりかなり強力なオーラを持っていた。
少しホッとする。
「少佐は今遠くにいるから直接はこれないそうだ。仲間はあと二人くるだけだ」
「四人ですか、ちょっと苦しいかもですね」
大山がつぶやく。
「僕も手伝いますよ」
「しかし、君は……まあ、君がいいなら」
天城は廃病院で見た戦いを思い出す。
彼はあの戦いの一部始終を目撃したため、治癒クマーを単なる四級とは思っていない。
「クマ君、無理をしては駄目だよ」
大山は本気で心配してくれるようだ。彼は人が良すぎる。
「大丈夫だよ、彼は。それより、敵の概要がつかめないとな」
「連絡を待ちましょう、天城さん」
大山はそういうと、車を加速した。
空はようやく赤くなってきたが、まだまだ明るい時間だった。
教会を監視できる位置に軽を止める。
建物は古びているが金ぴかの装飾がある、金満な感じの建築物だった。
河岸にあり、西が大河、南が支流と橋。ぐるっと塀に囲まれて、庭の様子はわからない。門は東側にある。
「今はなくなった新興宗教の廃墟だ。教会だけどキリスト教全く関係ない。それにしても、無駄に立派だなぁ」
大山の説明。翔一に教えてくれたのだろう。
若干、馬鹿にした口調である。
「少佐から指揮は任された。仲間がくるから少し待て」
「はい、でも、思ったんですけど、なぜそんな暴力団みたいな恰好なんですか」
「普通の服装だと目つきが怖くて逆に目立つといわれたんだ」
「まあ、そうかもですね」
やがて二人の人物がやってくる。
野良猫を抱いた中年の釣り人と大柄な中年女。
「天城君か、野坂だ」
釣り人の男。猫を撫でてから放す。
「秋月よ。ヨロシク」
「ひぃ!」
思わず、叫び声をあげる大山。秋月はよく見ると女装のおっさんだった。
「あんた、なによ、あたしが苦労して偽装してるのがわからないの」
「さすがに独創的過ぎっすよ」
「彼が御剣山翔一君だ、プロフィールは知っているな」
「さっき急いで見たから知っているわ。人獣ワーベアーなのよね」
「じゃあ、僕も隠密作戦用になります。クマッと」
ポンっと子熊になる。
「あら、かわいいじゃない」
「本当だ。握手してくれ」
二人とモフ手で握手する。
「野坂、状況報告を」
「あの施設は元新興宗教の教会。塀の向こうには十から十五人はいると予想される。武装は拳銃とSMGだろう。ライフルはない。敵の大半は半グレ集団の黒龍だ」
黒龍は翔一も名前だけは知っていた。週刊誌が時々彼らの悪行を報じている。
(護符のことは……いわなくてもいいかな。通常武器には関係ないみたいだから)
「セキュリティはどうだ」
「急いで作った場所みたいだけど、それなりに警戒装置があるわ。ドローンを飛ばす?」
秋月は電子戦担当のようだ。
「やめておこう、見つかったらすぐに逃げられるかもしれない」
「あたしは監視カメラをハッキングするわ。近所にいくつかあるから」
「俺は狙撃位置に行く」
野坂がつぶやく。
「僕がゾーヤさん助けるクマ」
「結局、少人数で乗り込むんですね……」
大山がげんなりした顔。
「もっと援軍呼ばないクマ?」
「あまりいいたいことではないが。話を大きくすると、敵が情報を掴んで任務の成功度合いが落ちる」
「その原因はわかっていないクマですか?」
「スパイなのか、ハッキングなのか。特定中よ。内部監査が必死に頑張ってるわ」
秋月がごつい肩を竦める。
「相手は素人に毛の生えたような奴らだけど、手強いのもいると思う、奇襲だけが頼りだよね」
大山が述べる。
「大山は重装備で行け。拳銃やSMGなんて無視してやれる。俺は剣と拳銃を持って行く。治癒クマー君は?」
天城の剣はあきらかに使い込んだ雰囲気だった、よほど修業したのだろう。拳銃も魔法のように素早く抜いて、仕舞う。
全員の目が子熊に向けられた。
侮っている目ではない。何か感じているのか。
「僕は隠密が得意で、剣が使えるクマ」
そういって、頑丈そうな木の枝を出す。
「木刀だよね」
大山の心配そうな顔。
「大丈夫、秘剣、地獄山脈三角木馬!」
治癒クマーは空手家を撃滅した必殺技のポーズをとった。
何となく、笑いを取る。
「意外と剣の筋はいいな。しかし、さすがにちょっと戦力不足ではないか」
腕を組む野坂。
「いざとなれば、精霊界から兄を呼ぶクマ。兄は悪党を許さない」
「大クマーね」
「彼がきてくれるなら安心だな」
秋月と天城がうなずいた。
「作戦はこうだ、俺と治癒クマー君が裏口に回る。合図とともに大山は入り口を軽で塞いで正面から突撃しろ。騒ぎを起こしている間にゾーヤを救出する。軽の運転は秋月」
「任せて」
「しょ、正面からですか」
「男は度胸よ。あたしも女装するときは本当に勇気が行ったんだから、今は快感に……」
「一緒にしないでもらえます?!」
大山はそういいながらも、ボディアーマーに重ヘルメット、防弾マスク。そして、軽機関銃を手にした。
背中にはショットガン。腰には大口径拳銃。
「すごい、かっこいいクマ! ロボットみたい」
「そ、そう? 俺が全部倒す!」
無駄なポーズを付ける大山。
「クマクマ!」
大喜びの治癒クマー。
「突入は若い奴に任せるよ」
野坂は釣り道具から組み立て式のスナイパーライフルを出して、対岸のマンションの屋上に向かう。
「よし、作戦開始だ」
天城が促す。
「クマ!」
天城は迷彩の布に包んだ『草薙剣』を背負い、翔一は子熊形態で後を追う。翔一はイヤホンマイクのセットをつけた。
河岸は雑草が生い茂り、隠れる場所はいくらでもある。
「天城さん、何か機械が設置してあるクマ」
水辺に何かある。
微かに嫌な雰囲気があった。
「センサーよ、ワイヤーを踏んでは駄目」
秋月の声がイヤホンから聞こえる。
「じゃあ僕が先導するクマ、僕は毛皮を逆立てるとワイヤーにすぐに気が付くクマだよ」
ワイヤーは草や小動物では反応しないレベルに遊びがある。
翔一の毛皮に当たった程度では何も起きないだろう。
天城はうなずいた。
そろそろと進み、屋敷の裏側に出る。
塀の向こうに、確かに、数人の気配があった。
「塀を乗り越えるか?」
天城が小声でつぶやく。
「センサーがあるわ。切るか、裏口から入るかね」
「裏口は単なる錠前だな」
「じゃあ、そこからが安全だわ」
「見張りがいるクマだよ、たぶん二人」
扉の背後に気配がある。二人の人間の匂いもあった。
「原始的手法で行くか」
そういうと、小石をカツカツと扉にあてて草叢に潜む。
男が一人出てきた。
もう一人は塀の後ろで銃を構えている。
「天城さんは出てきた人をお願いするクマ」
天城が答える前に、翔一はのそのそと見張りの間に割って入るように歩く。
強い隠密精霊を張ったので、灰色の影に見える。
「なんだ、これは……」
目の前に迫る灰色の影に唖然とした。引き金を引くが弾は出ない。
ボフっと鳩尾を殴られて悶絶した。
男がくたっと倒れた時、背後では天城が男を格闘で叩きつけていた。
「やるな、治癒クマー君」
「天城さん強いクマ」
敵の銃を草叢に捨て、拘束用のワイヤーで縛って隅に隠す。
教会の裏口に出た。
裏口にも一人の見張り。
「クマクマ」
男に耳だけ見えるように隠れた。
「ああ、なんだ、動物?」
犯罪者風の男は銃を構えながら近寄ったが、
握力だけで高い位置に跳びあがって掴まっていた天城が渾身の蹴りを叩きつける。
男は声も出さずに気絶。
彼も同じく、隅に隠す。
裏口からはいる二人。
教会は正面から大きな礼拝所で背後にバックヤードがある。そこから二階に通じて、事務所などがあった。
礼拝所には大勢の人の気配。
「ゾーヤさんの匂いは上階クマ」
「念のためセンサーで礼拝所を見ておこう……確かにごろつきしかいないな」
天城はカメラのついたワイヤーのようなものを伸ばして小さな画面を見る。
天城と翔一は二階に進む。
二人の男女。
銃を持ち、普通の人間に見えるが、死臭があった。
赤く光る眼。
天城は『草薙剣』を背中から抜いた。
「俺がやる」
「援助するクマ、銃を一時的に使えなくします」
うなずく天城。
ダーク翔一が機械精霊を飛ばす。
天城が飛び出した瞬間、敵は銃を構えたが弾は出ない。
慌てた奴らが対応する前に、黄金の剣に斬られていた。
バシュ、ズバ!
首を刎ねられた怪物たちの死骸を見下ろす。
塵に還っていく。
「ありがとう、銃を機能不全にするとはね。使える技だ」
「呪力のある銃には効きませんクマ」
「精霊魔術だよな、確か。……こいつらは吸血鬼だ、見た感じは下っ端だが」
「たぶん、敵のボスも吸血鬼だと思うクマです。奴らは群れます」
「血を欲する吸血鬼が人売と手を組む。よく聞く話だ、裏の世界で」
この階は大したものがない。
三階はホール礼拝所の上になり、広い空間になっている。
翔一は、血の匂い、ゾーヤの匂い、そして、死臭を感じた。
「三階に首魁がいると思うクマです」
「ならば、大山、やってくれ」
「了解!」
しばらくして、車がキキっと止まる音。
ガラッと扉が開いて、銃を構える音。
ババババババ!
大口径の軽機関銃が、礼拝所を蜂の巣にする。
「敵だ!」「うわー!」「滅茶苦茶な火力だぞ」「死ぬ、死ぬ!」
奇襲を受けて何もできないごろつきたち。
そして、野坂の狙撃も開始された。
静かな狙撃で次々と見張はやられていく。
「殺せ、誰も生かしておくな!」
スカートの下から小型のアサルトライフルを取り出した秋月も連射している。
三階も動きがあった。
「なんだあいつらは、どこの奴らだ。殺せ」
男の声。
窓を突き破る音、
「まずいな、吸血鬼が大山たちの方に行ったぞ」
人間とは思えない跳躍を見せる二つの影。
「まだ首魁はいると思うクマ」
「俺が首魁を……」
「ゾーヤさんを危険な目に遭わせた責任は僕にあります。天城さんは大山さんを守って下さい」
「しかし」
「僕は大丈夫。兄を呼びます」
「すまん、頼んだ」
そういうと、天城は二階の窓から飛び降りて大山を助けに向かった。
彼を見送り、三階を睨む。
「ゾーヤさん、今行きます」




