空も飛べるはず
「……っし、ありがとねやっちゃん! 行ってくる!」
「うん、気をつけてね……!」
朱色の重装ドレス、レオを纏いカタパルトへ乗り込む。
いつかとは逆の構図に、伏線回収かな? と少し胸が熱くなる。
やっちゃんが出撃できず、れいれいも遅れる以上自分がなんとかしなければならない。
その使命感を新たに、カタパルトのOKボタンを押し込んだ。
「大丈夫、出来る……ってかこのくらいの群れなら前もやってた……!」
この前の一件でややブロークン気味なハートを奮い立たせ空をひたすら南下していく。
そうして若干高性能なレーダーが敵を捉える距離にまで辿り着けば、手元に携えた武器を構え待ちの姿勢を作る。
『ガトリング二丁とは攻めたねぇ……』
「ミサイルも積んでる!」
この前ランチャーは壊れてしまったし、一撃の重さを重視しては対多数戦で遅れを取る可能性が高い。
故にガトリング二丁、ドレスのパワーアシスト込みでもかなり重たいが継続して火力を出せる頼れる武器だ。
さらに肩にもミサイルを装備、かなりの重量になったが基本的にバリアントは脅威となるメイデンを狙ってくるものだ。
早速小型──突進攻撃に特化したトルーパーと、そこから少し遅れてウォーロックか駆けてくる。
「んじゃまぁ、出会い頭に1発……」
──少し様子がおかしい。
さっきまではそうなるように陣取ったため直撃コースだったにも関わらず、今は散開するようにして進路を分けている。
そして何より、そのまま減速する気配も無ければ向きを変えこちらへ襲いかかってくる様子もない。
これは、まさか──
「す、スルーされてるぅ──!?」
『落ち着きたまえ美樹くん!』
「落ち着いてないけどわかる! とにかく狙えるやつから、だね!」
急旋回すると共に後ろへ抜けていく2つの敵塊のうち、近場の片方を射撃する。
エネルギー弾の雨あられを浴びたウォーロックやトルーパーが爆散していく……が、それでも2体だけだ。
残りの3体はクレイドル目掛け一直線に飛んで行った。
「追わなきゃ……ならないってのに!」
背後に迫るウォリアーの触腕。
鞭めいて迫るそれをシールドで弾けば、その間にガトリングごと強引に振り向き砲火を見舞う。
一発一発は大した損傷を与えられないが、それが間断なく当たり続ける事で装甲を上から削っていく。
このまま距離を保って撃ち続けていれば倒せる……という所で体重を右に寄せ、バーニアによって全身を動かす事で回避行動を取れば、さっきまで自分のいた座標を高速の紅いエネルギー弾が通り過ぎていった。
中型砲撃種バリアント、蛸めいた軟体に二本の砲腕を持つメイガスによる狙撃だ。
「こりゃ、手間取りそうだねぇ……」
思考制御によってメイガスへミサイルを差し向け牽制しつつ、その間にウォリアーの触腕をシールドによって防ぐ。
「ってか追いつくのは無理っぽいな……どうしようコレ!」
『玲花くんに賭けよう、最悪の場合は八子くんも出撃できる……と、先ほどからしつこく連絡が入っている。 とにかく美樹くんはその中型を捌く事に集中したまえ」
「了解……!」
そう言われて気が楽になるほど楽観的ではないが、かといって自分もエースと呼ばれるような戦闘技術を持ち合わせていない。
基本通り円の軌道を描くようにして立ち止まらず、ウォリアーへガトリングを撃ち込み続けるしかないのだった。
●
「三月社長! もうバリアントが近い! ボクが出ますよ!」
『何度言われても、まだダメだよ。 本当なら点滴打っててほしいくらいなんだから』
「ボクならもう元気ですよ! 社長なら何回か蹴り飛ばせるくらいに!」
『最近の子はバイオレンスだなあ』
そんな状況にそぐわない気の抜けた返答に苛立ちを募らせていると、外から待ち侘びたエンジン音が聞こえてくる。
「遅くなってすみません、ただいま到着しましたぁ!」
「お疲れ、ちゃんと免許は発行出来た?」
タクシーを降りて駆け寄ってくる玲花を受け流せば、そのままいつも通り格納庫への通路を小走りで急ぐ。
「とりあえずこの場は玲花に任せます……けど、初めての実戦なんですよね? 本当に大丈夫なんですか?」
『心配はいらないよ、玲花くんのドレスには八子くんの戦闘データをある程度インプットしてある』
「戦闘データのインプット……?」
聞き慣れない単語の組み合わせだ、個々の意味はわかるが指すところがわからない。
それは玲花も同じ事らしく、明らかに疑問符を浮かべている。
「時間がないし細かい追及はしません、その戦闘データが入ってるのはパンサーですか? まさか初心者にタートル着せたりしませんよね?」
『そのまさかさ』
「タートルってシールド発生装置に殆どの出力割いてて、ほとんど武装積めないアレ!?」
「正気ですか三月社長!?」
エネルギー変換効率は優れているものの、その出力のほとんどを大型のシールド発生装置に割かれているせいで、武装と言えばハンドガンかブレード程度しか積めないし両方同時に扱おうとすればリミッターにひっかかる。
そんな不遇の欠陥機一歩手前な重装ドレスがタートルだ。
「八子さんくらいしか扱えませんよお!」
「ボクだって着たくないよあんなの! ああもう、ボクも出る! そのタートルは何番ハッチですか!?」
『5番に入れたはずだよ』
輸送列車から直結の搬入通路をコンテナが通ってくる。
玲花がひんひんと泣きながら脱ぐ間に所定の位置についたコンテナをコンソールによって解放すれば、ぷしゅうと煙を吐きながらドレスが姿を現した。
「これ、は────?」
ボクの知っているタートルは緑色のずんぐりむっくりした、乙女心には非常に刺さらないし、なんなら無限に踏みつけていたくなるドレスといったイメージだった。
だが目の前にあるドレスはなんだ。
どちらかといえば流線型の多く細身なシルエット。
背部の大型シールド発生装置は見たこともない3つの鐘めいた何かに置き換わっている。
同じコンテナに備え付けられているのは大型のスナイパーライフル、見た目もコンセプトもまるで違えば同じなのはもはや色合いだけだ。
それも白の差し色によってだいぶスッキリとしたイメージに仕上がっている。
「えっ!? コレ私のドレスですか!? なんか聞いてたのとだいぶ違いますけど!」
『ああ、タートル改め玲花くん専用ドレス「ヘルメス」だ!」
「せ、専用ドレス……!?」
その言葉にボクが1番驚いている自信がある。
なにせ専用ドレスというのは個々人に適した調整を行い、スペックも高いものを揃えるため戦闘能力こそ高いものの、
パーツに整備に調整に、兎にも角にもコストが嵩む代物だ。
これはタートルを改造したもの……らしいが原型がまるで残っていない。
旧時代からプラモデルでこういう事をする人はいたが、まさかドレスでそれをやる馬鹿がいたとは。
『言ったろう? 玲花くんは我が社が誇る天才だと。 その適性を活かす為にこっそり設えていたのだ!』
「……なんかもう開いた口が塞がりませんけど、とりあえずハンガーに足掛けて! やり方わかる?」
「大丈夫です、私も沢山手伝ってきましたから!」
その言葉通り、慣れてはいないが迷いなく装着シーケンスをこなしていく。
手脚に装着されていけば、やはりタートルのイメージは何処へやらといった具合に細身のシルエットはかえって華奢にも見えてきて不安にさえ感じてくる。
しかし、目を輝かせる玲花にそれを言うのは野暮というものだろう。
「それじゃあ、行ってきます……!」
意気揚々とカタパルトへ乗り込んだ玲花を見送り、ようやく一息をついた。
「あー、ボクも専用ドレス欲しいなぁ…… 前にボクが着てたシラヒメってエトワールから引き取れません?」
『出来なくはないだろうけど、間違いなく高いねぇ……それこそ買えば高級寿司の出前なんて取れなくなるくらいに』
「大の大人が、そこ根に持ちますか……」
●
空だ。
ずっと憧れていて、それでいて今の今まで飛ぶ事の叶わなかった空に自分がいる。
シミュレータで多少の経験があるとはいえ自分で飛ぶのは初めてで、八子さんのドレスから移したらしいデータ込みで若干の苦戦をしつつもなんとか感覚を掴んでいく。
しかし、そうしている間にもクレイドル上空まで敵が迫っていた。
「ええと、武器を使うなら……」
『玲花くん、ヘルメスは君専用のドレスだ! そして君専用の機能がついている!』
「私専用!? も、もしかして両拳を合わせると文字が浮かび上がってエネルギー波が……」
『そういう攻撃的な機能ではないがね、背中のトリスメギストスユニットだ!』
「とり……鳥貴族?」
『確かに旧時代から変わらず安くていい店ではあるがね!』
そう言っている間に、バイザーに使用方法や効果が浮かんでくる。
といっても基本的に脳波制御らしい。
先頭のトルーパー目掛けそれを射出するイメージを浮かべると、その通りに背中から鐘状のユニット──トリスメギストスが外れそちらへ向かっていった。
そして敵の近くでパラボラアンテナじみた形で展開されたそれは、放射状に電撃を発する事でトルーパーを足止めし、その間に種子のような弾丸を一つ撃ち込んだ。
それと同時に脳裏に様々な情報が流れ込んでくるのを感じる。
「し、社長……なんですかコレ……!?」
『詳しく説明すると長く』
「三行で!」
『・脳波で制御するユニット
・電撃による攻撃と敵の情報を取り込む機能を持つ
・情報処理に優れる玲花くんにしか使いこなせない』
「情報を取り込む、って……!」
つまりはバリアントの思考を読み取る事が出来る、という事だ。
敵がどう動くか分かれば攻撃面でも防御面でも強力、言わば未来予知をしているようなものだ。
しかし、バリアントの情報を取り込むなど危険ではないのか。
というか社長は最初から三行で説明出来るならいつもそうしてほしい。
「とりあえず今は……」
自分が何をされたのかわからない、という困惑を感じ取りつつ、その動きを先読みしてスナイパーライフルを撃ち込む。
いくら突撃型という事で動きが速くとも、どう動くかが分かっていて戦闘データによる補助もあり、FCSもそれに連動していれば当てる事は容易い。
トルーパーを始末している間に時間差でウォーロック2体が迫り来る。
相変わらずこちらをスルーする気満々なようだが、トリスメギストスからの電撃が動きを止めた。
そうして隙だらけとなった片方を狙撃し、もう片方へは情報端末を埋め込む。
「……こ、れは……?」
バリアントの思考を読もうとすると、その奥に人影が映る。
それを覗き込むようにして探っていくとその顔は見慣れたもので。
「八子、さん……? そうか、こいつら八子さん目当てだから……!」
『何がわかったのかね、玲花くん!?』
「なんでかはわかりませんけど、こいつら最初から八子さんを狙うように造られてるんです! 美樹さんや私がスルーされたのもそのせいです!」
『ど、どういう事!?』
これまでは通信を傍受するだけだった八子さんがゲートの通信設備を通して割り込んでくる。
「わかりません……けど、行動基準の一番根元に八子さんがいるんですよ! クレイドル狙いじゃなくて八子さんを! これは嫌な予感がします……!」
『玲花くん! そいつを生け捕り……は無理でも後方の推進器を破壊出来ないかね!?』
「やってみます……!」
言われた通りに射撃補正を変更、一撃で撃墜してしまわないよう動きを読んだ上で狙撃する。
光条を掠められたそれは、見事に移動能力を失いその場で遅い回頭を繰り返すだけになる。
『今のうちにもっと情報を引き出せる?』
そう言われるまでもなくバリアントの情報へアクセス。
どうしてそう造られたのか、その記録の深層へと意識を沈めていく。
バリアントは個ではなく群というのは本当らしく、ある程度ネットワークで繋がった生物だ。
単一個体の記録からでもそれを手繰る事が出来るようだ、どうやらこの個体は同じ編隊だった中型とは別のネットワークに繋がれているらしい。
そのネットワークの中枢には届かないが、そこから八子のイメージが流れ込んでいるのが見て取れた。
「こいつは、どこから来たのか……」
「お疲れ……ってどうなってんのコレ!?」
『ち、ちょっと取り込み中……!』
中型を始末してようやく戻ってきたらしい美樹が声をかけてくるが、返事をする余裕もない。
中枢へアクセス出来ないなら、その中枢はどこにあるのか。
この個体の記録を今度は生まれた瞬間に向けて潜っていく。
そうしてそれは、そう遠くない座標に存在した。
「これは……陸地? それで海に囲まれてて……」
『待ちたまえ、陸地から来た……? 玲花くん、どの程度南だい!?』
「逆算してます、これは……そう遠くない? 火山みたいなのが見えたんですけど……」
その報告に一人だけがピンと来たのか、八子が声を張り上げて指示を出す。
『八丈島……!? 三月社長! 今すぐ八丈島にドローンを向かわせて!』
『この2人ではダメなのかね?』
『ダメに決まっているでしょう! そこにいるのは恐らくコンジュラー、工場型です!』
それは知識でしかなかった、人類がクレイドルに押し込まれる原因となった存在。
前線にてバリアントを製造し続ける生きた前線基地の名だった。
「……え? マジで何の話?」
アザゼルをお迎え出来なかった代わりにフォルネウスが弊アジトに来てしまったので初投稿です