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かすかに聞こえる、水の音。
わずかな光にきらめく魚。
ゆらゆらと揺れる水草。
水と、光と、そして影。
初めて水族館に行った。
自分が水の中にいるみたいだった。
叶に送ってもらったその日の夜。
体中を不思議な感覚が満たしていた。
まるで、自分が魚で、世界が水の中のような、浮遊感。
こんな感覚、今まで知らなかった。
お風呂に入って、浴槽に身を沈め、耳を澄ます。
水の音。
水の手触り。
広がっていく波紋。
なんだか蛍光灯の明かりをつけてはいけない気がして、暗闇の部屋を手探りで歩き、ベッドにもぐりこんだ。
眠れなかった。
目を閉じると、まだ残像が残っている。
重力を無視して目の前でひらりと身を翻した、魚たち。
ベッドの中にいるのに、水の中をふわりと泳いでいるような感覚。
その日しあは、ずっと水の中をゆらゆらとたゆたう夢を見た。
朝、目が覚めたら、あの不思議な感覚が消えかかっていた。
あわてて飛び起きた。
そしてなぜか、ピアノの前に来てしまう。
弾かなくちゃいけない。
今、弾かないと。
何を、弾けばいい?
目が覚める前、最後に見た夢を、必死で思い出す。
自分が魚で。
冷たい水が、全身を撫でて。
見上げると、光がきらきらしていて。
光のほうへ、泳いでいく夢。
「ま、って、待って…」
誰に言うでもなく、逃げかける夢の残像を掴もうと、しあは鍵盤にそっと指を置いた。




