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しあが、電話に出ないのはいつものことだ。

いまだに携帯電話の使い方がよく分かっていないらしい。

サイレントにしたまま、解除する方法が分からなくてそのままにしているに違いない。

15分おきに3回。

すべて留守番電話サービスにつなげられてしまう。

透子はあきらめて電話をバッグにしまった。


叶をさんざんからかって楽しんだ後、なんとなく透子はしあに会いたくなった。

山崎が、しあが、水族館を「楽しかった」と言っていたと言ったからだ。


あのしあが。


一体今、どんな顔をしているのだろう。



透子は知っている。


表情の変化がほとんど無く、感情の変化すら感じられないしあ。

つたない口調で、とろとろと単語を羅列するしあ。

一時期、声の出し方すら忘れていた、しあ。

幼い頃の経験から、自分自身にさえ鈍くなっていた、しあ。


けれど、けして無感情で、無感動な人間ではない。

外に出す方法を知らないだけだ。

自分の感情を伝える方法を、いままで誰も教えてくれなかっただけだ。


透子はそう信じている。


確信しているといってもいい。

しあに、ピアノを弾き続けて欲しいと言ったのも、透子だ。


目の前に楽譜を置かれれば、自動演奏装置のように完璧に弾きこなすしあを見るのは、正直、辛かった。

痛々しくて。

けれど、やめて欲しくなかったのだ。

ピアノをやめることが、しあの中の何かを、断ち切ってしまうようで、恐ろしかった。

ピアノをやめてしまえば、これから先には、何の救いもない暗闇が待ち受けている。

そうとしか考えられなかった。



だからこれは、しあのためなんかじゃない。

あたしの、エゴだ。

何かしたくて、たまらない。

しあを見ていると、何かしたくてたまらなくなるのだ。



救いを求めているのは、あたしのほうだ。




馬鹿なしあ。

また、玄関の鍵を閉め忘れている。

そっとドアを開けて、とたんに透子の体を、ピアノの音が包んだ。


今まで、聞いたことも無いような、音色。

圧倒的な音の波。

部屋中の空気を震わせて、まったく別の空間に迷い込んだような錯覚。


透子は、立ち尽くして、そして泣いた。

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