3.三日坊主を極めた俺、何をやっても長続きしない……
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ベルウェイト、ミルリラウスから慰めと、専属の使用人であるロスカーとファーンからは「私たちがお守りします……」と沈んだ声でのフォローが入った翌日。
俺は早速筋トレを開始することにした。
「フィルにぃ、なにしてるぅの?」
早速自室で筋トレをしようとした俺の隣で、昨日紹介してもらったフィルの妹、シャリルちゃん(四歳)が話しかけてきた。
まだ、母国語がしっかりと発音できていない様子だが、四歳といえばそこまで言語を習得できる歳でもないので、俺は気にしないことにした。
「んー?フィル兄さんは、今日から筋トレ、っていうのをするんだよ」
「きんとぇ?」
「そうそう、筋トレ」
俺は四歳児の妹に目線を合わせるように屈もうとして、俺の身長の方が妹ちゃんよりも低いことに気付き、軽くショックを受けながらも優しめに話しかけた。
シャリルちゃんはまだ筋トレという概念を理解できていないらしく、「きんとぇ、きんとぇーっ」と元気に叫びながら首を傾げる。
俺はそんなシャリルちゃんの様子を微笑ましいものでも見るかのように眺めた後、筋トレの定番である腕立て伏せから始めることにした。
昨日確認したステータスだが、どうも性能という項目はもう少し詳しく知ることができるようで、フィル少年の何が足りていないのかが割と具体的に調べることができた。
ちなみにフィル少年の肉体の性能はこのようになっている。
ーーーーーー
【名前】フィルウェルト・S・アークウォイト
【性能】Lv.1
筋力:G
敏捷:G+
体力:G−
耐久:GG+
器用:A−
魔力:C
知力:SS−
ーーーーーー
性能の評価はA〜Gまでアルファベット順に良くなっている仕組み。
Aが最高評価で、Gが最低評価だ。
さらにAの上にはSというランクが存在する。
ここまでくれば天才どころか怪物の域と言っても過言ではないレベル出そうだ。
人区域に+〜からトリプルまで存在している。
例えるならば、GからFに上がるには、G+、GG−、GG、GG+、GGG−、GGG、GGG+の七段階の評価を超えないといけないというわけだ。
それを踏まえた上で、この歳にしての身体能力の平均は、FF〜Eぐらいらしいので、俺がどのくらい身体能力で他の子供から遅れをとっているかがわかると思う。
ちなみに知力のSS−というのは、俺の頭がすごい切れるというわけではなく、スキル『叡智の書』の効果による知識量の多さのおかげである。
よって、俺という人間がちゃんと評価されていて高評価なのは、器用と魔力だけということになる。
……言っててなんだか悲しくなってきたな。
さて、そろそろ本題に戻すが、この世界では性能を上げる方法は大まかに分けると三種類ある。
一つは称号、加護、スキルなどのレベル上げだ。
これらはどういう条件でかは知らないが、レベルが上がった場合は性能の向上につながることがままある。
と言っても、上がることが稀だし、スキルに至っては俺のは『叡智の書』と『真眼』というどう考えても身体能力の向上には繋がらないであろうスキルなので、これらの向上は今は放棄することとする。
二つ目、性能のレベルを上げる。
これは身体能力を上げるには最も効率的な方法だ。
しかし、レベルを上げるためには魔物やその他の生命体の命を奪う必要がある。
今の最底辺をぶっちぎってしまっている俺の身体能力ではとてもではないが他の生命体を殺すなんて不可能だ。
そして、三つ目。
筋トレである。
生命体を殺すだけで身体能力が上がる摩訶不思議な世界なのだ。
当然、筋トレでも性能は上がる。
だが、この三つ目の方法はあまりお勧めされない。
何故ならーーー
「ふぐぐぐっ!!!」
ーーーめっちゃしんどいからだ。
俺は額から汗をポタポタと垂らしながら、懸命に一回目の腕立てを始めようとする。
しかし、フィル少年はよほど運動をしてこなかったのか、腕立て伏せ一回だけで妙に手こずる。
「ぐぬぬぬっ!ぬアァアアアっ!?」
奇声を発しながらも、なんとか一回目の腕立て伏せを終える。
「おぉーっ!」と隣で喜んでくれるシャリルちゃんがかわいい。
「フィルにぃ、つらい?」
「ん?ああ、まあね……」
俺の返答に何を思ったのか、シャリルちゃんはニコニコ笑顔をしたまま地面に手をつけた。
ま、まさかっ……!?
「んしょっ!んしょーっ!」
「ん、ん♪」と小気味いいリズムで腕立て伏せをし始めた。
しかも恐ろしく速い。
俺が腕立て伏せ一回に苦戦しながらこなしている間に、シャリルちゃんは腕立て伏せを十回はこなしてしまっていた。
「まさか異世界に来て、妹に負けようとは……」
ガクッと膝をつく俺。
隣では「んふふーっ♪」とシャリルちゃんがご満悦な笑顔を浮かべている。
俺は自室に三日間引きこもることにした。
◆
「さて、今日も始めるか……」
あけて翌日……ではなく三日後。
腕立て伏せではシャリルちゃんに屈辱を味わされることがわかった俺は、今度はスクワットを始めることにした。
スクワットは主に足が鍛えられるもので、持久力がないとあまり長くはできないが、元々俺はそんなに長く続けるためにするのではないため、特に問題ない。
「よいしょっ、と」
スクワットは微かに汗を伝せるものの、少し休めばすぐに足が回復するので俺でも中々のスピードで行うことができている。
三秒に一回、ってところか?
俺がその結果に満足していると、またしてもシャリルちゃんが俺の部屋に入ってきた。
「なに、してるのぉー?」
「足を鍛えているんだよ」
「シャリルもやるぅー!」
「え!?ちょっ、待っーーー」
そこからは地獄だった。
秒間一、二回のスピードで屈伸するシャリルちゃんを悔しげに睨みながらも、俺も必死に彼女のスピードについていこうとする。
しかし、すでに腕立て伏せの一件でわかりきっていたことではあるが、俺とシャリルちゃんの間には筆舌しがたいほどの身体能力の差がある。
俺なんかがシャリルちゃんと勝負できるはずがなかった。
金髪オッドアイの笑顔が少し嗜虐的に見えるぐらい、兄としてのプライドをボロボロにされた俺は、さらに三日間自室に引きこもった。
◆
「今日は背筋でもーーー」
(省略)
「フィルにぃ、たのしいねぇ〜っ!」
「あ、ああ、そうだな……。たのしいな……」
結局、この後もしばらく色んな筋トレをしてみたものの、どれも良い成果がでず、(主にシャリルちゃんによって心を折られるという形で)断念して行った。
「結局のところ、どうしたら良いのだろうか……?」
「どうかされたのですか?フィル様」
「……いや、なんでもないよ、ロスカーさん」
ベルウェイトから「お金の使い方を学んでくると良かろう」という言葉を受け、俺は専属執事であるロスカーと共に、初めてのお遣いをしに市場に出ていた。
異世界初の外、ということもあり、少し楽しみにしていた俺だったが、結局のところ中世時代のヨーロッパとさほど変わらない街並を見せつけられて、興奮は一瞬で冷めてしまった。
興奮が冷めると、今度は現実が見えてくるようになる。
そう、俺の性能の低さ……というネックな問題だ。
別にそこら辺にいる町の子供に負ける程度であれば俺も気にしない。
この世界の人間は力が強いんだなー、とか思って無理矢理納得するからだ。
しかし、俺は今、一歳下の妹に負けているのだ。
前世の俺からすれば考えられない屈辱だ。
妹や弟というのは守るべき存在のはずなのに……。
俺の方が弱者というのは、どういうことなんだ!?
俺はロスカーさんの隣でうんうん唸りながら強くなる方法を考えていると、ふと視線の端に緑色の粘液のようなものが映った。
「ロスカーさん、あれ、なんですか?」
「んん?ああ、あれは多分スライムの粘液ですね。まだ完全には死んでいないので多少動くようですが……。どちらにせよ、もうすぐ死滅することでーーーって、フィル様!?何をしていらっしゃるんですか!?」
俺はスライムの死骸を見て、思いついてしまった。
俺は元々努力することが好きではない。
だから今回の筋トレだって長続きなんてしなかった。
前世では、だるいだるい、と常々考えながら生きてきた俺なのだ。
当然といえば当然だ。
しかし、この世界は何かと俺に生存本能を刺激させるものが多々ある。
人間同士の戦争はもちろんのこと、魔物という害獣や、魔族と呼ばれる人間の天敵……。
他にも前世以上に凶悪な犯罪者など。
俺の脅威となるものがごろごろある。
こんな世界では流石の俺も筋トレしようとするのは当然だ。
だが、もし俺が努力しなくても強くなる方法があるとしたらーーー?
俺はそっとゼリー状の緑色のスライムを抱え込む。
スライムはプルプルと小刻みに震えて、命が風前の灯火であることを伝えてくる。
「……精霊使いか。良い響きじゃないか」
俺はスライムを抱えたまま、屋敷へと戻って行った。
修正しました