ヒメゴモムラ⑨真犯人と捕らわれの身
九
目を開けるとそこは天国だった。
比喩ではない。
ふかふかなベッド、明るい部屋。
ここが天国じゃないなら……うん、病院だろうね。
「うーぱー」
目を覚ますとリンゴを向いていたあほちゃんが尻尾を振った。
そのままカットしたリンゴをむしゃり。
僕の分じゃないのかい。
「あら、お目覚めでしたか」
聞き覚えのある声の主が扉を開けて入ってくる。
シワひとつないパンツスーツ。後ろ1本で縛った髪。
一瞬誰かわからなかった。
「何ですか、私だってスーツくらい着ますよ?」
少しだけ眉を寄せた誠が不満げな声を漏らすのだった。
「助けて、くれたのか?」
気を失う前におぼろげに聞こえた声。
思い返してみたら誠の声だった。
「一応?巻き込んだのは私ですし?」
巻き込んだ自覚、あったんだ?
「……謝らないといけません。私、嘘を吐いていました」
「どれのこと?」
誠は下げかけた頭をぴたりと止めた。
「……なんのことでしょう?」
「というかバレてないと思ったのか?」
最初から最後まで嘘ばかりだったのに?
「よろしい、依頼人として答え合わせです。あなたの気付いた私の嘘、順番にお願いします」
いっそ楽しそうに微笑みながら備え付けの椅子に座る。
「僕は病み上がり、というより病み真っ最中なんだけど?」
「お医者さまの診断は『なんで気を失っているかわからない健康体』だそうです」
まぁ、物理的な削りじゃないから仕方ないか。
「そうしたら、あの森の中で殴りつけてきたことから解そうか」
ベッドを操作してリクライニング、身体を起こすと”犯人”にネタ解しを披露する。
「いきなり殴りつけてきたの、一見身体を操られている、自分の意思ではない攻撃をしていた。だがキミには明確な意志があった」
その意志に途中で気付いたのは誠もご存じだろう。
「あれはむしろ、さっさと気付いて欲しかったんですけどね」
そう言うなよ、いきなりだったんだぞ。
「ヒントも碌に無い、不公平な取引仕掛けておいて文句言うな」
「それは確かに」
「キミは監視者の視線に僕よりも早く気付いた。このままだとどんどん不利になる。だからお前は僕を巻き込んで一芝居打とうとした」
つまり、あの時の誠は操られてなんかいない。
ちゃんと意志を持っていた。
「虫がね、いたんです。明らかにこちらへの攻撃でした。見つけた時に潰しましたけど」
その虫は知らんぞ!?
「たぶん、致死毒でしょうね」
むしろめっちゃ助けられた!?
内心の動揺を一切表に出さず、全てわかっていたように頷く。
「その一芝居に気付いた僕は、その策に乗って」
「この子が突撃して勝手に気絶したでしょう」
「うぱうぱ」
裏切ったな、あほちゃん!
「その件は謝りますが、嘘ばかりというには弱くありません?」
「なら次の嘘だ」
気を取り直して、明らかな嘘を指摘しよう。
「キミが僕の元に訪れた理由、ストーカーなんて嘘だろう?」
誠の表情が曇る。
答えが間違っていることではない。
その答えに触れたくないように。
「まず身元を全て調べ切っていたのはキミだ。だけどこれはおかしいんだ。だってあの村の人間でも調べられなかったんだから」
座敷牢で猫目に聞かれたひとつ。
『あの男、いったい誰です?』
炎のドクロと化した男の残した言葉のひとつ。
さっさと忘れることにしよう、これが終わったら全て。
「あなたに頼む前に興信所なりなんなりに聞いたとか?」
「だとしたらこんな場末の探偵に頼る必要ないだろ?」
自分で言ってて悲しくなるけど事実だから仕方ない。
「つまりキミはすでに全て知っているにも関わらず僕に頼んだ。『守護遣い』なんてスピな肩書を持っている僕に」
そもそもの話『ヒメゴモムラ』という名前だけで因習村と結びつけている。
更にスピリチュアル問題に発展することも確信していた節もあった。
「宮崎さんを調べた時に一緒に村を調べた、それだとしたら?」
宮崎さん、ねぇ?
ストーカー相手に?
「まだあるぞ、明らかにおかしな行動が」
「おかしい?あぁ、墓を建てたことですか?言ったでしょう、死んだら仏、区別は」
「いや、証拠たるメッセージを消していることだよ」
ストーカー被害なんて立件の難しいことを罪に問う方法はふたつ。
現行犯か、恒常的に迫っている証拠。
「身元が判明したのち、しかるべき処置。その処置ができるための材料を消すほどキミは馬鹿じゃない」
「お褒めと思っても?」
賢いが褒めと思ってないヤツの言い方だよ、それ。
「だとしたら可能性はふたつ。意図を持って消したか、元々そんなメッセージが無いかだ」
身元を告げてきたのは誠自身。
あまりにも詳細な情報のせいで僕は調べることもしなかった。
させなかったのが誠の思惑だとしたら?
「ふむふむ、それで彼の身元はなんなのでしょうね?」
先ほどの暗さを帯びつつ、この答えを聞きたい、こちらを見定める期待のまなざし。
それでは核心を解そうじゃないか。
「最後に……キミの身分、だ」
その言葉を聞いたときに誠はかすかに口元を緩めた。
「僕がキミをゴリさんと」
「入院、長くなりますね」
冗談でしょ、流しなさい。
「女子学生と判断した理由はなんだ?」
扉の前に座り込んでいた時に着ていた制服、この1点だけだ。
「わざわざ制服まで用意します?何のために」
「そのわざわざを問うならわざわざ僕を頼る時点で変なんだ」
誠の情報収集力、行動力。そこまではまぁギリギリ許そう。
「だけど次の2つは言い訳できない」
まず戦闘能力の高さ。
「殴りつけたのは謝りますって」
「そっちじゃない、火縄銃だよ」
誠は長の肩を撃った。
「僕の遥か背後から、命中精度の低い火縄銃で、致命傷に至らない肩を撃ち抜いた。はっきり言って偶然でできる代物じゃない」
それこそお父さまにハワイで手ほどきでも受けない限りは。
「そんなこともありません?たまたま撃ったらたまたま当たった。ねぇ、あほの子」
「うぱー!」
「それだよ」
あほちゃんの抗議は保留。まさに核心を突いたんだから。
「ほらたまたまも」
「なんであほちゃん視えてるの?」
ぴたりと、誠の動きが止まった。
村の人間は誰一人。リアおじも、猫目も、応接間に集まった中年たち。
怪異と化した長ですら、あほちゃんを視る能力は無かった。
僕以外に、あほちゃんを視ることができて、まして話しかける人間は今回の関係者で誠以外いないんだよ。
「……もしかして、試しました?」
「もちろん。反応が無ければお帰りいただいていた」
最初にあほちゃんに飲み物を運ばせたあの時。
誠があほちゃんに言葉を失った瞬間、僕はこの件に巻き込まれることを決めていた。
「そんな力を持っている人間がわざわざ僕を尋ねてきてるんだ、放置できるわけないだろう」
そう、そもそも事件の内容に興味なんてなかった。
あほちゃんを視認できる程の能力者、この素性を知らなければならない。
それがこの事件の核心であり、真相。
それ以外、全部どうでもいい問題だ。
誠は言葉を紡がない。
ゆっくりと膝に乗せていたあほちゃんをベッドに下ろして立ち上がる。
そして深々と頭を下げた。
「これまでの非礼お詫び申し上げます。私こういうものです」
頭をあげると誠は革の名刺ケースから1枚取り出してこちらに差し出した。
『警察庁公安委員会怪異特別対策室警部補 栗宮誠』
「まさか公安かい」
「身分を隠して試すような真似をしたこと、誠に失礼致しました」
急にかしこまられると逆に気持ち悪いんだけど?
「そりゃ人のこと無職って言うわな」
「収入面が」
やめてっ!僕の不安定な収入ばらさないで!
「じゃあ、今回の犠牲者は」
「……同僚でした」
だろうね。
首を使った若返り、そのために必ず人の犠牲が必要になる。
「定期的に人が消える足取りを追うとヒメゴモムラに辿り着きました。しかし証拠は薄く人員を割く要請は却下されました」
それで誠にだけ情報を伝え、単身潜入。
今回の生贄にされてしまったと。
「失踪なら充分動員理由になるだろ」
現職警官が失踪だろ?
「独断ですから。それに3日程度の音信不通は日常茶飯事です」
ブラックな労働環境に慣れ過ぎていません?
「それに私だけには定期連絡をくれていたんです。24時間途絶えたら、その時は」
「にしたって、危なすぎるだろ。ひとりでどうにかできる問題じゃない」
だからこそ僕に頼ったんだろう。
だけど僕は素人、本職に頼れる環境なんだから。
「まだまだ女だからって舐められる組織なんです、警察って」
ぽつりと誠はこぼす。
「ちゃんと試験をパスしても、男の人より働いても女だからって。でも宮崎さんは違った」
こちらを見る目は凛としていた。
「経験からのノウハウを、結果の出し方を、そして何より生き様を」
握る拳は固く、血管が浮いていた。
「事件で殉職することは仕方ありません、私にもその覚悟があります。でも、そこまでして追った事件が未解決なんて……宮崎さんが浮かばれない」
その時、頭によぎったのはこちらに向き合い、礼をしてきたドクロ。
長には襲い掛からず、自ら天に向かっていった、あのドクロ。
僕に最後の指導を任せんなよ、ストーカー。
「……あの時、撃とうと思えば撃てた長の頭。それを撃たずにちゃんと制圧を選んだ」
肩を狙うよりも頭や胸を狙った方が無力化はしやすい。
それでも誠は戦意を削ぐ、命の危険の無い肩を狙った。
「いい腕をしてる。だけど甘さは、宮崎さんのせいかな」
その言葉で誠は手で顔を覆う。
これでいいかい?死してなお、矜持を守った立派な警察官さんよ。
「失礼しました。もう大丈夫です」
「これで僕の解しは終わり。もう休んでもいいかな?」
こう見えて結構疲れてるのよ、あほちゃんと同期するの。
「最後に……改めてご依頼致します」
「断る!」
誠の正体がわかったのにこれ以上厄介ごと持ち込まれてたまるか!
「お願い!無職のおじさん!」
「今の立場で言うとシャレになんねぇからな!」
イヤミでしかないだろ、エリートさんよ!
「私の仕事、手伝ってください!」
だと思ったよ!
「……私には力がありません。見えるだけ、対処はできないんです」
あほちゃんを視認することのできる力。
確かにそれ単体で力というには弱すぎる。
「でも、あなたとこの子の力があれば解決できる怪異事件がたくさんあります!」
誠の目は真剣だった。
真剣に解決を望んでいる。
他者の力で。
「……だからヒトは嫌いだ」
思わず口に出た言葉。
誠には届かないだろう。
「……依頼料、その財布は?」
「……外部支援金からいくらでも!」
こんな無職と煽られる相手から税金を貰う、それも悪くないか。
「相場の倍が最低稼働賃金だ、それなら受けてやる」
「がめついおじさん!」
「年、近いだろ!」
今にも抱きついてきそうな誠をあほちゃんに止めてもらうのだった。
どうだい?聞くには楽しい話だろ?
力もなく、でも正義感だけ一丁前のお嬢様。
そんな化け物と仕事をすることになった誰にでもあるお話だ。
……あってたまるかっての。
Next Case クビキリトウゲ




