ヒメゴモムラ①暴力依頼者
一
さてひとつだけ昔話を聞いてもらうか。
僕の人生で一番の負債、そして一番香ばしい話だよ。
しがない探偵が、化け物にこき使われるようになったきっかけさ。
ところで日本の都心は奇妙な作りをしている。
新築された高層ビルの隣に、元号を2つ跨いだような古びた建物が並ぶのだから。
人口密度が低い地方都市でその光景ならばまだ納得できるのだが、国の主要機関が集まる都市でそのような街並みが続くことへの違和感を覚える人が居ないのは、感覚が鈍くなっているのだろうか。
それとも、そんなことに違和感を覚える暇も無いほど疲弊しているのか。
そのどちらも正しく、どちらも間違っているのかもしれない。
そんな古今折衷の世界に生きる僕にとって、住んでいる場所が元号を3つ越えた雰囲気を醸し出していようが、大きな問題ではない。
住めば都、なんだったらすでに都に住んでいる。
今にも壁が落ちて来そうなコンクリ剥き出しの雑居ビル。
職場と自宅を兼ねた我が城の階段を登る。
オーナーにエレベーターを付けてくれと掛け合ったことがあるが、付ける場所が無いという頷かざるを得ない理由で断られてからというもの、毎日の筋トレを欠かさない生活を……アレ?
階段を登り切って真正面、事務所の前に座っている人影が見えた。
濃い藍色のスカート、白いトップス。
近付くと胸元に結んだスカートと同じ色のリボン。
階段を登る足音が響いていたのだろう、こちらをじっと見る視線が痛い。
「あ、あの……」
「こんにちはー、さようならー」
カギを素早く開けて身体を滑り込ませてドアを閉じる。
見知らぬ人に話しかけられたら防犯ブザーを鳴らせって死んだばっちゃが言ってた気がする。
自らの平穏は自らの手で作り出すものと1カ月前に里帰りしたときばっちゃが言っていたことにする。
『ちょっと!無視ですか!』
平穏は束の間、共用廊下にはボロ扉を叩く音が響き渡っているだろう。
しかし悲しいかな、ワンフロアワンルームという時代錯誤な建築では他の人に迷惑がかかるという言い分も使えない。
「そんな扉叩かないで、他の人に迷惑でしょー」
『ここしか扉無いじゃないですか!』
廊下に居る、推定JKはなかなか目ざとかった。
「バカを言っちゃいけない、他の人とはキミ以外の人間、すべてを指す言葉。つまり今、僕が迷惑しているから他の人に迷惑かけてるの。あんだすたん?」
我ながら穴がひとつもない理論に惚れ惚れしてしまう。
『なら迷惑かけるので開けてください!』
マズい、その返しは好きになりそう。
『良いから開けてっ!……あ」
念のために説明しておくと『で始まり、」で閉じているのは誤植ではない。
なぜなら遮る物が外れて直接話せるようになったからだ。
「……迷惑かけるって言ったじゃないですか!」
この子のこと、大好きになりそうで大問題だ。
「人探し?」
蝶番から逝った扉を養生テープで止めて隙間風を受けながら暴力JKの話を聞くとどうやら依頼人らしい。
「ええ、仲良かったフレンドからもう3日も連絡が無くて」
シャレた言い回しをしたかと思ったけどSNSでの友だちをフレンドということくらい知ってる。
ごめん、今くろーむ君に聞いた。
「3日くらいで慌てること?僕も仕事の依頼1週間くらいしてから返信したことあるけど?」
「社会人として失格じゃないですか?」
これから頼む相手に遠慮ないね、ゴリJK。
「なんか失礼なこと思ってません?」
しかも、勘も良い。だけど先に失礼ぶっこいてること忘れてるんじゃないか?
「それでゴリさん」
「しばくぞ」
「なら名乗れや。状況説明だけでやり過ごそうとするなし」
お口の悪い点を除いて割と性格を好きになっているのでスルーしているけど、こちらとて別にヒマじゃ……。
今月した仕事を頭で数えなおす。ヒマじゃないんだからね!
「あれ?名前くらいわからないんですかぁ?大したことありませんねぇ?」
「お帰りはあちらでーす、あーしたー」
「栗宮誠ですぅ、よろしくぅ」
いきなり媚びるな、気持ち悪い。
少なくともドアぶち抜きゴリJKに猫撫で声は似合わんのよ。
「はい、栗さん」
「セクハラです」
なんでだよ!
「あだ名で呼ばれる距離感になった覚えはありません、さっさと仕事の話をしてください」
気のせいかね、あっちが頼む側のはずなんだけど。
「あー、ありがと」
お手伝いがコーヒーカップに満たしたココアを持ってきてくれた。
イラつきには甘い物、コレ鉄板。
「……え?」
誠さんの前にもカップを置いて僕の首に巻き付くお手伝いに目を丸くする。
ピンクの身体、顔の横にあるエラ、長い尻尾。
「ウーパーウーパー……?」
誠さんが口から溢した大正解、2足歩行のウーパールーパー。
全身で1メートル越えてるし、なんなら陸上を歩いてるから普通のウーパールーパーじゃないんだけどさ。
「なに驚いてるの?知ってて来たんでしょう?」
「そ、そうですけど……。まさか守護はウーパールーパーって……」
初めて見るならそうなるよねぇ。
「この子が1番穏やかで人懐っこいからね。あほちゃん、ご挨拶」
「うぱっ!」
声をかけられたウーパー、あほちゃんは軽く手を上げて挨拶をする。
名前の由来はウーパールーパーの別名がアホロートルだから。
決して間抜けな顔をしているからというわけでは無い、決してない。
「うーぱー!」
「痛い痛い、怒るなよー」
僕の思考を読んだかの如く頭にこぶしを振り下ろす。
ポコポコとおよそ殴っていると思えない音が鳴っているがその威力は地球を割る力を秘めているのだ、すごいだろ!
「いやぁ、フレンドが見つかった気がするので帰ります、ではっ!」
「待てい、金ヅル」
つい反射で引き留めてしまった。
「ここまで来たなら話くらいしてきなよ。ココア勿体ないし」
「えぇ……首にウーパールーパー巻いてる人と一緒に居たくないよぉ……」
この子の学生生活、健全に送れているのか心配になってきた。
話が長くなりそうなんで割愛すると、どうやらそのフレンドとの仲はまだ1カ月経ってないらしい。
とあるFPSゲームで知り合い、そこから少々行き過ぎた熱烈な一方的なメッセージを受け取り、それが3日前ぱたりと連絡が途絶えたとのこと。
「……ストーカーの相談なら警察の方が良いんじゃない?」
「それはそれでキチンと訴えます。だけど今のままだと行方不明でしょ?そんな文字通り身辺の分からない人をちゃんとしたところに届ける義理はないじゃないですか」
しれっとウチのことを暗にちゃんとしてないって言い切るあたり、いい根性してるよね。
「それなら僕に依頼する必要ないじゃない、嫌がらせしてきた相手なんでしょ?」
「ヒメゴモムラ」
「……どこで聞いた」
うわぁ、テキトーに帰しておけばよかった。
「彼、連絡途絶える前に『ヒメゴモムラに行ってくる』ってメッセくれてたんですよね。それ以来ぷっつり」
「……ふぅん」
「私も詳しいわけじゃ無いんですけど。因習村……って言うんですか、あーゆーの」
「そういうこと、軽く言わない方が良いんじゃない?」
因習村と外の人間が言うのは簡単だ。
自分の常識と違うと断じて爪弾きにすればいいんだから。
ただ、それで弾かれたその常識で生きている人間に何の罪がある?
他人に対して攻撃していないなら、その常識で生きているなら何の問題もない。
「ほら、思春期特有の家出かも知れないし。キミがなかなかなびかないから別の女の子に目移りしているだけかも知れない。こんなところに居ないで青春のイカタコ色塗りでもして来なさい」
「守護遣いのおじさん!」
「お兄さん!」
ここで初めて出る、この物語のタイトルにもある大切な肩書にお年齢的失礼表現をくっつけるな!
そしてあほちゃん!お腹抱えて笑わない!
「守護遣いなんて怪しいことを堂々とやっているお兄さん!」
コイツは人のことを貶めないと語れないのかい!
「ちなみに他の怪しい系霊能者はヒメゴモムラの名前を出した瞬間に即帰れって言われました」
「そんなに有名なんだね、その村は」
あれ?この流れ帰れって言ったほうが良かった?
「わざとらしー、おじさんも知ってたくせいにー」
「初めてだよー、そんな村の名前なんてー、だからさっさと」
「宮崎太一、37歳。T都在住、独身、ひとり暮らし。半年前派遣切りにあって、現在コンビニのアルバイト。勤務態度は普通。だがいつも俯き暗い顔をしているので客はおろか、同僚からの評判が悪い。無遅刻無欠勤であったが3日前から音信不通。家族とも疎遠でそのため誰も行方を知らない」
背中に薄ら寒いものを感じる。
その表情を見るに確認するのも無駄に思えるが、口からこぼれていた。
「……誰の話?」
「私のフレンド、です。私が学生とわかりながら1カ月身の程知らずなメッセージ送って来てる相手のこと、気になるじゃないですか」
ふぅん、ここに来る前に全部調べ終わってるってことね。
「それならわかってるよね。村の話を出したら能力者がみんな手を引いた理由も」
ただ自分に迷惑かけただけの個人を、ここまで入念に調べる気力と労力を費やせる人間だ。
村のことを何も調べていないわけがない。
そんな彼女がこちらに返した言葉はたった一言。
「もちろん」
それ以上の言葉をこちらには投げてこなかった。
「……覚悟ガン決まりじゃない。OK、それなら引き受けよう。報酬は先払い、僕が無理だと思ったら即撤収、そして僕の指示に逆らって危険に見舞われても助けない。それでいい?」
「えー!こんないたいけな学生からお金取るんですかぁ!?」
反応すべきところ、他にもあっただろうよ。




