Avsnitt 1 越してきた金髪の異人
数年間空き家だった隣に、この町ではほとんど見ない、文字通り毛色の違う存在が越してきたようだ。中学の卒業式を終えて一週間くらい。新たな舞台となる高校入学を控えた春休みだった。
リビングでゲームをしていると、母さんに「準備できてるの?」と言われる。できてるから遊んでるんだが。
呆れる母さんが居て、まあ、家でゴロゴロが気に食わないんだろう。
だらだらとゲームをしていると、家のドアホンが鳴る。
「新聞屋と押し売りと押し買いだったら断って」
「え? 俺が出るの?」
「こっちはあんたと違って忙しいの」
ちっ。
ドアホンモニターを見ると、ちょっと驚いた。
「母さん」
「なに?」
「異人」
「は?」
大ふたり小ひとりの金髪が門の前に立ってるようだ。
「外国人の詐欺?」
「分かんないけど」
「出て」
「マジ?」
日本語話せるのか? 無理な気がするから、ここは英語で。
已む無く通話ボタンを押して「What do you want?」と問うてみる。すると背の高い金髪男性が何やら喋ってきた。
『Hallå.Jag heter Kenneth Schönberg. Jag kom bredvid dig』
分からん。最初の「こんにちは」だけは分かったと思う。
「母さん。異人語」
「英語?」
「違う感じだ。俺には分からない。母さんに」
「あんたに分からないのに、あたしが分かるわけ無いでしょ」
そりゃそうか。
出て話しをしてこい、と言われ仕方なく玄関に行き、ドアを開けると金髪三人だ。
やっぱり男性が話し掛けてくるし。全然意味が分からないし。
「Trevligt att träffas. Ursäkta mig,Vad heter du?」
ここで、男性と女性に挟まれた、少し背の低い少女が口を開いたようだ。
ちょっと遠慮がちで、一歩引いた雰囲気を出してるけど。
「Förlåt……あ、ごめんなさい。意味、分からないですよね」
すげえ流暢な日本語。同じ金髪から発せられてるとは思えん。生まれが実は日本だったとか。そう思わせるほどに達者だな。
でだ、金髪少女から日本語で説明された。
曰く、隣に越してきた「ケネト・シェーンベリ」と名乗ったのが父親で、母親はDanielaで、今俺と話しをしているのが娘のEmelieだそうだ。
日本語を話せない父親が、真っ先にあいさつしたらしい。「はじめまして」と「すみません、名前は?」と。
名乗ったからこっちも名乗って、と言うことだろう。表札を見れば、と思ったが読めなければ意味が無い。エメリは日本語の読み書きもできるとか。
自己紹介をする必要性に迫られたみたいだ。
「そうやぎかいと、です」
「Soyagikaito? どんな字……あ、ここに」
表札を見て苗字だけは理解したようだ。「草に柳」と言って、なんか納得したのか否か。漢字読めるんだ。こっちに視線が戻ると名前の方を尋ねられた。
この間、両親は事の成り行きを見守ってるんだろう。無言で見てるだけ。
「海斗。海に柄杓を意味する斗だけど」
「ひしゃく?」
「水を掬う道具」
「Ladle? で、いいのかな」
レードルとか言った気がした。レードルってなんだ?
暫し不毛なやり取りをしていたが、一旦玄関内に戻りメモ書きを手渡すと、やっと理解が及んだようだ。互いに。
レードルってお玉のことだったんだ、と今知る。母さんなら知ってたかも。
そして両親にも説明してるし。どこの言葉だよ。聞いてなかった。
「gräs,vide,hav……Kanske slev」
「Åh.förstått」
「?」
「あ、分かったって」
グレースが「草」、ヴィーデが「柳」でハーヴが「海」。カンシェスリャヴが「たぶんレードル」だそうだ。
出身国はスウェーデンだそうで。四年前に来日し昨年日本国籍を取得したらしい。
ただ、両親はともに日本語に不自由する有様だとか。
「仕事で困らないのか?」
「英語は問題無いので」
今どきは英語が使えれば、例え日本でも仕事に困らないそうだ。
グローバル云々だっけか。日本人も必須なんだよな。
とりあえずあいさつが済んで、両親が笑顔で手を振って家に戻るようだ。
「Vi ses」
「は?」
「あ、またね、って意味です」
「ああ、なるほど」
金髪一家を見送り自宅へ戻ると、母さんがどこの人って聞いてくるし。
「スウェーデン人」
「へえ。東南アジアとか中国からは多いけど」
「珍しいのか」
「あんまり見ないし聞かないからね」
隣に越してきたそうだ、と伝えておく。
「お隣さんが外国人って」
「まあ、いいんじゃないの。今どきグローバルだから」
「なに分かったようなこと言って」
それにしても、こんな半端な町に越してくるとは。都内とかなら外国人も多いだろうけど。
田舎に毛が生えた程度の町だよ。まあ、どうでもいいや。
このあと、春休み中に金髪の隣人に会う機会は無かった。
住んでるはずだけど、いつ出掛けて、いつ戻ってるのか。エメリだっけか。彼女、そう言えばいくつなんだ?
見た感じだと俺とそう変わらなく見えた。少し年上って気もしたけど。インターナショナルスクールにでも通ってるのか。日本語達者だから日本の学校にも通えそうだな。
春休みが終わり、高校の入学式を迎えた。
父さんは仕事があるから同行できない。代わりに母さんが一緒に来てる。
会場となる講堂。まあ立派な講堂だ。中学だと体育館だったけど、この高校は講堂があるんだな。どこもあるのか?
父母は後方の席に着き、俺は新入生として前方の席に。
辺りを見回すと……マジ?
凡そ黒っぽい髪色の中、ひと際目立つ金髪がひとつ。
間違いなくエメリだ。まさか公立高校に入学したってのか。周りに居る連中も気にはしてるようで、ちょっと戸惑った感じはあるな。ハーフとかじゃなく、生粋のスウェーデン人だもんなあ。
と言うことは、と思って後ろを見ると、やっぱ金髪がふたつ。両親で来てるのか。
同じように父母席の連中、戸惑った感じだ。
目立つ。あんな目立って馴染めるのか?
こんな日本人しか居ない高校より、インターナショナルスクールにした方が、過ごしやすいと思うけど。
そもそも外国人でも通えるのか。良く試験合格したよな。まあ、流暢だったし、読み書きできるなら問題無いのか。
式典が終わり、各自、新たな生活の拠点となる教室へと。
ぞろぞろ、無言の集団が移動する。まだ、誰とも知れないわけで、こんな場で軽々と話すわけも無い。
教室に入ると五十音順で着席。
で、なんで?
「Stor slump!」
「は?」
「あ、すごい偶然」
「なんで?」
同じクラスで五十音順だと席も近い。偶然にしては出来過ぎでしょ。
こそこそ話す感じだけど、周りの目が痛い。こいつらなんだ? って感じで見てるし。
互いに「あとで」となった。家が隣だから疑問があれば聞けば済む。
無事に入学式のすべてを終えると、母さんと帰宅するのだが。
「海斗」
声掛けてくるし。しかも名前呼びで両親連れて。
そうなると、母さんもあいさつせざるを得ない。
「なんて言えばいいの?」
「知らない。英語なら通じるみたいだ」
「英語も話せないけど」
「エメリが通訳できる」
俺と最初に会話した時と似たような会話をしていた。
なんとなく聞き取れはするが、意味はまだ把握しきれてない。ただ、それほど難しいことは言って無いのだろう。
学校は電車通学。
母さんと俺、エメリとその家族。同じ電車で帰宅することに。一緒だから聞いてみることにした。
「それで、なんで?」
「ずっと日本に住むから日本の学校がいいって」
それもそうか。
クラスも学校もマジで偶然の産物だそうだ。そうだよなあ。俺のことなんて知らなかったわけだし。
それにしても偶然が幾つも重なるなんて。