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そして道は続いていく


 賑やかにはしゃぐこどもの声。どこか遠くに……けれど近いような。


 ぼんやりと、なにかに重なり、けれど明瞭なかたちを得る前に消えていく。

 

 この声を、俺は確かに知っている。知っていて、そして……。






「お父さま?」



 高めの幼い声に呼ばれてはっと我に返った。確か俺は執務室で仕事をしていたはずで……。

 見下ろせば、書き終えた書類と、ペンを持ったままの自分の手。……俺、もしかして仕事を終えて気が抜けてそのまま寝落ちてた? 仕事終えたままのこの体勢で? 器用だな。


 と、そんなことはいい。それよりいまはかけられた声のほうだ。


 視線を向ける先はこの部屋の入口。そこにはそれはもうかわいらしい、まるで天使のようなというか天使そのものというか、むしろ天使より全然上なかわいくてかわいくてかわいい男の子がいた。ぱっちりとした大きな紫紺の瞳を瞬かせて俺を見つめるその姿のかわいさたるや。ちょっとマジでかわいすぎる。



「どうした、フィー」



 ペンを置き、立ち上がって天使よりも天使な我が息子、フィアスのもとまで向かう。すると両手を広げて抱っこをねだってくるものだから、もうほんと、どこまでかわいいの、うちの子……!

 もちろん、抱き上げる以外の選択肢はない。フィーはまだ五歳。全然軽い。



「おじいさまたち、来たよ。だからよびに来たの」


「ああ、そうか。そんな時間か。ありがとうな、フィー」


「えへへ。ぼく、もうお兄ちゃんだから、ひとりでおむかえ来たんだよ」


「そっかー、偉いな、フィーは。さすが俺の自慢の息子だ」



 にこにこと笑うフィーのなんとかわいいことか。


 あれ。俺、かわいいしか言ってなくない? 語彙力死んでない? だが仕方ない。フィーはどうしたってかわいいのだ。


 それはフィーだけじゃない。我が家にはかわいくてかわいくてかわいい子が、もうふたりいる。

 そのふたりに会うため、フィーを抱っこしたまま執務室を出て廊下を進む。そうしてそのまま中庭に向かえば、賑やかな声が聞こえてきた。



「あ! とうしゃま!」



 俺たちを真っ先に見つけて駆けてくるちいさな女の子。かわいくてかわいくてかわいい我が娘でありフィーの妹、リシアだ。まだまだ頭が重い年ごろのかわいい娘に駆け寄られてうれしい反面、転んだりしないかハラハラしながら屈む。俺の心配をよそにリシアは転ぶことなくフィーを抱える腕の反対側に抱きついた。


 もうほんと、マジかわいい。かわいくてかわいくてかわいいよりかわいい。



「とうしゃま、リーもだっこ!」


「じゃあぼく、お母さまのところにいくね」



 重さ的にはふたりとも抱きかかえるくらい簡単だけど、ちいさな子をふたり一緒に抱え上げるのは危険も伴う。リシアがもうすこし大きくなって落ち着くか、しっかり掴まっていられるようになればまたはなしも変わるだろうけど、なにかあっては遅いのだ。万全に万全を期して、石橋を叩いてさらに注意をしてふたりの安全を確保する義務が俺にはある。

 五歳にして気遣いもしっかりしているフィー、マジいい子。さすが気遣いの達人、リーリアの息子だ。


 リシアを抱えて立ち上がったところで、かわいくてかわいくてかわいい最後のひとり、最愛の奥さんであるリーリアが、彼女の両親を伴いやってくる。



「お疲れさまです、ファル様」



 駆け寄っていったフィーの頭を撫でながら笑顔で迎えてくれるリーリアがまぶしい。我が家には天使よりも天使な存在が三人もいてしあわせです。



「ありがとう、リーリア。お義父さんとお義母さんもようこそいらっしゃいました」


「ええ、こんにちは、ファーシルさん。お邪魔しているわ」


「……ああ、うん、こんにちは」



 ……お義母さんはともかく、お義父さんはちらちらとリシアとフィーにばかり視線を向けている。たぶん、挨拶はしてくれているものの、全然俺に意識向いてないな。

 気持ちはわかる。だってうちの子、果てしなくかわいいから。



「リシア、おじいさまのところに行くか?」



 お義父さんの表情の切なさたるや。せっかく孫に会いに来たのに、その孫ふたりが両親べったりではしょんぼりもしよう。俺だって立ち直れない。


 けれどリシアはこどもゆえ、素直で残酷だった。



「や。とうしゃまがいい」


「あらあらまあまあ」



 ほほえましく笑ってくれるのはお義母さんだけ。リーリアは苦笑だし、お義父さんは……あ、ちょっと魂出てる。



「……すみません、お義父さん」



 と、くちでは言いつつ、ぶっちゃけうれしく思ってしまう親ごころ。顔がにやけてしまいそうになるのを必死に耐える。我が子がかわいくてかわいくて仕方がないだけで、別にお義父さんにマウントが取りたいとかはまったくないのだ。ほんとうに。



「ファーシル君はずいぶんとふたりに好かれているようだね。是非ともそのコツを教えてもらいたいものだよ」


「いえ、コツなんて……。ただ目いっぱい愛を注いでいるだけですよ」



 とにかくそれだけ。褒めるところを全力で褒めて、きちんと愛しているとことばと態度で伝える。それは、まあ、悪いことをしたらどうしてそれがいけないのかとかきちんとはなして伝えるけど、しっかりと目を見て教えればわからない子たちじゃない。素直に反省してくれる姿はいじらしくてかわいい。



「いやでもそれだけだと貴族教育は……」


「お父さま。何度も申しあげているはずですわ。ファル様は()()()()()のです」


「…………はい」



 にっこり笑うリーリアに、なぜか妙に委縮するお義父さん。このやりとり、フィーが生まれてから何度か目にするけど、お義父さんは納得していないのかもしれない。

 まあ確かに、侯爵家なんてご大層なものを背負っているからには、それ相応の教育が必要なのは事実だろう。俺も一応ちいさい頃からそういうの叩き込まれてはいたけど、当然のようにリーリアのそれには遠く及ばない。それもあって、教育関係は任せてもらって大丈夫だとリーリアが言ってくれているのだ。俺は仕事に集中して、こどもたちとはまっすぐ向きあえばそれでいいと。


 いやもうマジでリーリアには頭が下がる。

 ふつうなら、もっとちゃんとしっかり怒るときには怒るべきだと怒りそうなものだけど……。


 ……うん? あれ、なんかそれ、へんな既視感が……。


 いや、ただの一般論だよな。

 そもそも俺、怒るのって実は結構苦手なんだよな。というか、怒りを表に出すのが、というべきか……。相手の顔色を窺うわけじゃないんだけど、怒るよりしっかり理由付けて説明するほうが理解を得られるんじゃないかなーって思う。


 ……昔それでどうにもならなかった人物もいたけど。

 久々に思い出したけど、あのひとたち元気にやっているだろうか。



「そうね、それじゃあすこしファーシルさんを真似してみようかしら」


「え?」


「さあ、フィアス、リシア。今日はおばあさま、とっておきのカップケーキを用意したの。一緒に食べましょう?」


「ケーキ!」


「食べる!」



 お義母さんのことばに、腕の中のリシアがもそもそと動き出したため、とりあえず下ろす。そんなリシアを待っていたフィーが手を差し出し、ふたり仲良く手を繋ぐとお義母さんとともに中庭にあるティーテーブルへと歩き出した。


 ケーキに負けた……。


 俺の真似をして、というのは、愛情をケーキというかたちにして提供したということなんだろうけど、ちょっぴりかなしい。まあ、うん、仕方ない……。ケーキはこどもたちの夢の塊だからな……。

 お義父さんも負けじとこどもたちにはなしかけながらその隣を行く。なんにせよ、かわいがってもらえるのはいいことだ。

 ちなみに、言うまでもないだろうけど、手を繋いで仲良く歩く兄妹のかわいさはもはや犯罪級だ。我が国の法にかわいさ罪とかなくてよかったと切実に思う。



「ファル様、わたくしたちも参りましょうか」


「そうだな。お手をどうぞ、俺のかわいい奥さん」


「まあ。ふふ、ありがとうございます。わたくしの素敵な旦那様」



 愛しているとか、すきだとか、かわいいとか。そういうことばを伝えることにも照れていた過去はもう遠い。ことばにすることには慣れたけれど、それは決して悪い意味なんかじゃなく、気持ちはことばにしないと伝わらないことを知っているからこそ、何度だって伝えてきたし、伝えなければいけないとわかっているから。


 たぶんこれ、我が家の夫婦円満の秘訣のひとつだと思う。


 リーリアはいつでも俺を尊重してくれる。俺も、俺のできるすべてでもって、リーリアを大切にしているつもりだ。だからそれをきちんとことばにする。伝えるために、伝わるように。

 差し出した腕にそっとリーリアが手を添えて。伝う熱を確かめながら、顔を寄せて笑いあう。




 穏やかでやわらかなこんな日々がこれからも続いていくように。いまのしあわせを噛みしめながら、このしあわせを守り抜く意思を胸に、今日も俺はリーリアとともに歩んでいく。





これにておまけも完結です。長らくかかってしまい申しわけありませんでした……!


おつきあいくださったかた、ほんとうにありがとうございました!

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