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この子はあなたの娘です。  作者: 色川玉彩
第5章〜獲物〜
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気づいてたんだね

地の文って面倒だからつい省略してしまう。

ツイッター➡︎飯倉九郎@E_cla_ss

 学園一の美少女、(かわうそ)詩歌(しいか)は校内の渡り廊下を歩いていた。

 周囲の男子は彼女を羨望の眼差しで見つめ、女子は彼女を嫉妬の目で睨んだ。いつもの事だ。いつも彼女は色眼鏡で見られ続けてきた。

 だからそれは彼女にとっては慣れた、どうでもいいことだった。周りの男子の目は心地良いが、それももう慣れて飽きてしまったし、女子の嫉妬の目も、それは自分の優位性を証明するものとして、良い意味で受け入れていた。別にイジメられるわけではない。ただ少し、陰口を言われるかもしれないだけだ。そしてそうして陰口を叩く人間ほど、醜いものはない。そんなものに、気を病むだけ無駄だ。

 だからそれらはどうでもよかった。

 何より今の彼女はそんなものが全て頭に入らないくらい、とても気分が高揚していた。

 学園一の美女と称えられ、全ての男から羨望の眼差しを集めている彼女が、そんなものよりもよっぽど気持ちを高揚させる出来事があった。

 そう、彼女は最高のパートナーを手に入れたのだ。背が高く、顔も頭も家柄も良く、そして人の良い、最高の男を我が物にしたのだ。

 それはずっと昔から望んでいたものだった。ほとんど完璧な自分にとって唯一足りなかったのは、自分に釣り合うパートナーだった。今まで数多くの男は彼女を求めたが、しかしそれらは結局顔が良いだけの優男だったり、運動だけが取り柄の脳筋だったり、背が高いだけの木偶の坊だったり、優しいだけの無能だったりと、どれも自分には不釣り合いだと思った。

 そう、彼女はいつの間にか、自分がどう思いたいか、ではなく、周りにどう思われたいか、それだけを考えてしまっていた。その結果、自分が自信を持って並んで歩ける相手でなければ、良しとできなかったのだ。

 そしてそれに見合う相手が、ようやく、高校に入って初めて見つかった。

 それが、獅子川幸司郎である。

 その容姿、家柄、性格、全てが他の男子の一線上をいっている。そんなほぼ完璧な男に、誰が文句をつけるだろうか。誰が不釣り合いだと言うだろうか。もしそんな人間がいるとすれば、それは嫉妬からの僻み以外の何物でもない。

 自身としても、そして対外的にも、満足の行く男だ。だからこの男に、私は純潔を捧げるのだ、とそう決めた。決めたら、彼以外の事が頭に入ってこなくなった。その時、これが恋なのだと気がついた。

 彼女は確かに周囲にどう見られるかを気にして、純粋な恋を避けていたように思えたが、しかし実際、彼女の幸司郎への愛は純粋なものだった。普通の女子のように一目惚れし、普通の女子のようにアプローチした。そこに妙な下心は無かった。

 こんな一面が自分にもあるのか、と驚いたほどだった。

そして彼女のその恋は実った。彼女の気持ちを、幸司郎は快く受け入れてくれた。不安でいっぱいだった初体験も、最高の形で、最高の気分で終える事ができた。自分には、これから光に満ちた高校生活、そしてその先しか、見えてこなかった。

「よう。獺」

 彼女が廊下を歩いていると、その前方に、壁にもたれるようにして立っていた男子生徒が、詩歌にそう声を掛けた。獺は彼の顔を見て、自然とこぼれる笑みで彼に駆け寄った。

 少し、顔が赤くなる。

「幸司郎くんっ」

 自然と声が弾む。自分にはこんなにも純粋な乙女の気持ちがあるのだと初めて知った。

 彼女が駆け寄ると、幸司郎は周囲の目を気にせず、彼女の頭を撫でた。

「もうっ、詩歌って呼ぶって約束したじゃない」

 獺は幸司郎の指を弄るようにして触った。獺は周囲の目が気になったが、しかしそれ以上に彼への想いでいっぱいで、もう周りにどう思われようが構わなかった。むしろ開き直って見せつけてやれ、という気持ちすらあった。

「ああ、そうだったな……それで獺。今日は一人なのか? いつもの友達は?」

「え……ああ、あの子たちは、先に帰ったけど……でもどうして?」

「ん? ああ、いや、なんでもない」

 幸司郎は自分の手を掴んでいた獺の手をもう一方の手で外し、胸ポケットから一通の封筒を取り出した。そしてそれを獺に差し出した。

「え……? 何、これ?」

 それは何とも飾りっ気の無い、事務的な通知を知らせるかのような、そんな茶封筒。

 幸司郎らしいと言えば、らしい。

「まぁ受け取ってくれ。俺の気持ちだ」

 そう言われて獺は気がついた。初め、自分が幸司郎に送ったのも手紙だった。だとすれば、その返事として同じ手紙を送ってくれたのだろうか。

「もしかして、文通? 幸司郎くんも、変わったことが好きなんだね」

「文通か……ま、続くといいけどな」

 獺は首を傾げる。幸司郎と会話が噛み合っていない気がした。

 獺の中に、わずかな不安が生まれた。どきどきと、自然と鼓動が大きくなっていく。

「幸司郎、くん……?」

「今日はそれを渡したかっただけだ。じゃあな、獺」

 獺の不安をよそに、幸司郎は淡々とそう告げて、獺に背を向けて歩いていってしまった。廊下に残された獺は、自然と自分の手に持つ一通の茶封筒に視線を落とした。

 少し手が震える。この中身は見ない方が良い気がした。

 しかし獺は気になって恐る恐るその封筒を開いた。

 その封筒の中には、一枚の便箋と――

「ひっ?!」

 獺は慌てて封筒から手を離した。地面には、空になった茶封筒と、数粒のヒマワリの種が転がった。獺は一瞬それを唖然と見下ろしていたが、すぐに自分の右手に持つ三つ折りにされた一枚の便箋を開いた。


――『これは人の食べ物じゃない。食うならお前が食え』


 ただそれだけが、幸司郎の無骨な字で書かれていた。

 獺は電池が切れたかのように、その場に膝から崩れ落ち、遅れてその愛も情も何も無い一枚の便箋がひらひらと舞って床に落ちた。


          ◯


「知って、たんだね」

 獺に手紙を渡して別れ、教室に戻ろうとしていた幸司郎を待ち伏せていたかのように、鼠ヶ原子夜がそう言って彼の前に立った。

 幸司郎は一瞬秒悩んだ後、

「知ってたって……何が? お前のスリーサイズか?」

 言っている意味が本当に理解できないといった顔で冗談を交えてそう返した。

「私を、イジメてた人が……獺さんたちだ、ってこと」

 子夜の澄んだ深い瞳に、幸司郎は視線を逸らした。

 すると幸司郎は大きくその場で息を吐き、

「気付かないとでも思ったのかよ」

「……だって、確かに、獺さんは私のイジメを、指示してはいた、けど、直接手を出してきては、ないから……」

「あいつと仲の良い友達を見たからな。お前をイジメてた連中と同じだった」

「でも、それだと獺さん、は……」

「強いて言うなら、お前の反応だよ」

「私、の……?」

「そ。お前は俺に絶対イジメてた相手の事を言わなかった。どうしてか。初めはお前の言う通り、別に気にもしていないからかと思ってたけど、あの時、昇降口でお前の反応を思い出したら気がついた。あの時、獺が遠くから見てたんだろ?」

「……」

 沈黙は肯定。

 幸司郎は特に子夜の返答を待たずに続けた。

「だからお前はあんなに怯えていた。俺を好いているあの女が、自分を助けたとすれば、さらにイジメが悪化するかもしれない。だからあんたは俺との親密な接触を避けて、学校でも無視しろと言ってきた。だろ?」

「……あの時、獺さんと一緒にいる時に昇降口で私に話し掛けてきたのも、知ってたんだ」

 幸司郎は正解、と言わんばかりに口元を緩めて笑った。

「プラス、あの女にお前の事が可愛いだとか興味あるだとか言って挑発しまくった」

「……そう。だから徐々にイジメがエスカレートしてたんだ……」

「ま、何より、同族嫌悪、というのかな。同じ気質を持った相手の心は読みやすいんだよ」

「同族?」

「俺もいじめっ子体質だからな。ま、他にもいろいろと確信する要因はあったけど、そんなところだ」

 ぼりぼりと幸司郎はつまらなさそうに首元を掻いた。

「私は、あなたの思うとおり、転ばされてたんだ」

「転がしやすくて助かったよ。もういいか? 教室に子鹿を待たせてるんだよ。お前は友達と一緒にどっか行くんだろ? じゃあ楽しんで」

 そう言って幸司郎は子夜の横を通って去ろうとした。

「ありが、とう」

 すれ違い様、子夜がそう幸司郎に呟いた。

 幸司郎は驚いた顔で子夜を振り返り、

「だから、別にお前のためじゃないって言ってんだろ? ただあの女たちが気にくわなかっただけだ。別に良心でやったことじゃない。俺は俺なりに楽しんでたんだよ」

「ううん。あなたは、優しい」

 子夜はあくまで背中を向けたまま、そう言い切った。

「幸司郎くんは、あの赤ん坊を連れて来て、全てを明かした私に、帰れ、とは言わなかった。赤ん坊を帰そう、とは言ったけど、困った私を、投げだして放置することを、しなかった。自分が共犯になるかも知れないのに、それを拒むことを、一切しなかった」

「そうだったか?」

「うん。そしてそれはきっと、幸司郎くんも気付いていない、無意識の事。でも、でもだからこそ、あなたは優しい。どんな理由だろうと、あなたは私を助けてくれた。あの子を助けてくれた」

 子夜はくるり、と短くなったスカートを翻して幸司郎へと振り返り、

「だから、ありがとう。そう言わせてください」

 そう言ってにこりと笑った。コンプレックスであった前歯を隠す気はもう無い。ただ自然とこぼれる笑顔を幸司郎に向けた。

 幸司郎はまるで時間が止まったかのように、その笑顔を見つめていた。

 思えばよく喋り、よく声を出せるようになったものだ。たった一週間程度の出来事なのに、あの垢抜けない陰鬱な少女は、見違えるほどに変わった。

 彼女の整った髪の毛がゆったりと宙を舞う。

 幸司郎はつまらなさそうに息を吐いて、子夜に背を向けた。

「ドウイタシマシテ。そこまで言うなら、またいつか恩返ししてくれ」

「はい、もちろん、です」

 幸司郎はそのまま振り返る事無く手を振りながら去って行った。

 子夜はその背中を数秒だけ見つめ、自分も前へと向き直った。

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