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第十二話 粘土採取場に湧く水

 ゼルダが回収した蒸留酒と、アミルが手にしたワインが市場に流れる。

 ユガーラではヴィンテージ酒ブームが起きた。

 さらなる酒の値上がりを狙って商人が買いにくる。


 アミルの醸造所では稼動してない二号棟を改修する。

 ワインの増産とブドウ畑の拡充も計画された。

 ヴィンテージ酒特需のお金は薄く広く市場に浸透して行く。


 町で新たな住宅需要が生まれ、建材の価格が上昇。

 煉瓦工房や石切り場では活発に生産活動がなされた。

「特需や。特需が街に、ええ影響を及ぼしとる。この好景気が、いつまでも続くとええなあ」


 チャンスが酒場で飲んでいると、ゼルダが明るい顔でやってくる。

「こんにちは、チャンス。最近、どう?」

「街の人間たちと同様に、仕事は順調や。ゼルダはんはどうや」


「私も幽霊船から引き上げた古酒の分け前が廻って来たから懐が暖かいわ」

 ゼルダが真面目な顔をして切り出す。

「ロビネッタのことで、気になる話題があるわ」


「そういえば、ロビネッタはん、回復したんか?」

「ええ。それで、盗まれた品もわかったわ。冥府の鍵と呼ばれる品が盗まれていたわ。しかも、冥府の鍵を盗もうとしたのは凶賊のユクセルって話よ」


 ユクセルの名前は聞いた覚えがあった。方々で凶悪事件を起こしている犯罪者だ。

「凶賊のユクセルが絡んでいたら、ロビネッタはんは結構、危ない位置にいたんやな」

 ゼルダは諦め顔で意見を述べる。

「そうよ。でも、本人は魔術も錬金術も止める気がないみたい」


「ロビネッタはんも、ええ年なんやから、やりたいなら、自分の責任でどうぞ、としか、言えんな」

 セビジが穏やかな顔で、チャンスの元に寄ってくる。

「チャンスさん、指名で依頼が来ているんだけど、いいかしら?」

「どんな依頼や? 中身を教えて」


「街で建材需要が高まっている状況は知っているわよね」

「知っとるで。何や? 煉瓦を焼く仕事か?」


「煉瓦の原料となる粘土を採取する土地に水が溜まって、粘土の採取が困難を極めているのよ。それで、溜まった水を蒸発させてほしいの」

(土地の乾燥か。わいならできそうやな)


「結構な大仕事やな。でも、最近は雨なんか降っとらんやろう? そんな水なんか溜まるかな」

「そうなのよね。だから、煉瓦職人は不思議がっているのよ」

(何か。簡単にはいかん臭いがするで)

「まえ、ええわ。現場だけ見てくるわ。やるかどうか、見てから決める」


 チャンスが立ち上がると、ゼルダも席を立った。

「今日は私も暇なのよ。粘土採取場に入った経験もないから、一緒に行ってもいいかしら?」

「ええけど、服が汚れるで」


 ゼルダが明るい顔で言ってのける。

「それくらい、どうってことはないわ。また洗えばいいだけよ」

 街の北西に粘土の採取場がある。

 採取場は露天掘りで粘土を掘っていた。だが、今は周囲七㎞にも及ぶ大きな水溜りになっていた。


 水溜りに手を入れると、深さは浅いところで五㎝未満だった。

「深くはないが、範囲がほぼ採取場全体に渡って水に浸っておる。広すぎる。わいが加熱して乾燥させても、一日仕事やな」


 煉瓦職人組合の組合長のジェマルがやってくる。

 ジェマルはがっしりした体格の壮年の男性だった。褐色肌で短い口髭(くちひげ)を生やして、ぼさぼさの黒髪をしている。


 ジェマルは非常に困っていた。

「チャンス。よく来てくれた。これ、お前の能力で、どうにかしてくれ」

「粘土は燃えるものやないから、水と一緒に加熱しても問題ない。せやけど、これは面積が広すぎるで。本気になっても一日仕事や」


「一日で済むなら、お願いしたい。濡れた粘土は一日では乾かない。それに、水を吸った粘土は掘るだけでも重労働なんだ」

「わいが働いて済むならやってやりたい。せやけど、これ、水が溜まった原因を突き止めんと、乾燥させても、また水が湧くで。そうなりゃ遅々として作業が進まん」


 ジェマルは弱った顔をして告げる。

「でも、原因と言われてもなあ。全く思い当たる節がないんだよなあ」

「なら、まず水を乾かして調査してみようや。今後の話はそれからや」


 チャンスは直径二十四m、高さ二mの火柱に姿を変える。そのまま、水の中を突き進む。

 高温の炎の触れた水が勢いよく蒸発していく。チャンスはそのまま粘土採取場の水を飛ばしていく。


 日が暮れてきた辺りで水の半分が飛んだ。

 最初に水を飛ばした場所では、粘土が掘れるようになった。


 ジェマルが離れた場所から、チャンスに声を懸ける。

「チャンス。乾いて冷えた場所から粘土を掘っていいか? 納期がギリギリの仕事があるんだ。もう、今日、掘らないと間に合わない」

「ええけど、あまりわいに近づかんといてや。わいは今、かなり高温や」


「ありがとう」とジェマルが叫ぶと、職人たちと粘土を掘っていく。

 深夜を過ぎた頃にチャンスは、やっと粘土採取場の水を蒸発させた。

 最後の一番深い部分の数十ℓを蒸発させてから、人間の姿に戻る。

(ふう、やっと終わったで。やはり、一日仕事や。それにしても、この量の水を蒸発させるのは疲れるで)


 休もうとすると、五十m離れた場所でゼルダのチャンスを呼ぶ声がする。

「チャンス、ちょっと来てくれ。ここに妙なものがあるぞ」

(はて、何やろう)


 チャンスはゼルダの元に行く。

 地面にある直径三十㎝の鍋の蓋のような銀色の物体を前に、ゼルダは屈み込んでいた。

「私が持ち上げようとしたんだが、持ち上がらないんだ」

「ゼルダはんの筋力で持ち上がらんとはな。鍋の蓋ではないな。どれ、わいが持ち上げてみようか」


 チャンスが引っ張っても持ち上がらない。

「あれ? 持ち上がらないで。なしてや?」

「もしかして、螺子(ねじ)状になっているのかも。廻すようにして持ちあげてみて」


 ゼルダの指示に従うと、蓋は廻った。だが、なかなか底が出てこない。鍋の蓋だと思った物体は、直径三十㎝、長さ六十㎝の栓だった。

「何や、この栓? こんなもの、作業員が忘れたにしては、妙やぞ」


「でも、この孔がもし排水孔だとしたら、この栓を抜いておけば、水が溜まっても、ここから抜けていくでしょう。これが粘土採取場を救う答えなんだろうか?」

(こんなしょうもない悪戯(いたずら)を考えて実行する神は一人や。アンリのおやっさんや。また、何か企んでおるんか?)


 帰りにジェマルに声を懸ける。

「ジェマルはん、粘土採取場に大きな穴があって栓がしてあった。この栓を抜いておけば、水は溜まらんと思う」


 ジェマルは困惑顔で思案する。

「でも、水が溜まる前には、そんな奇妙な栓はなかったぞ」

「そうやろうな。でも、どうも、これが鍵になっているらしい。あとこれ勘やけど、またこの栓は使うと思うから、栓は預かっておいて」


 ゼルダが神妙な顔で考え込む。

「果たしてこれで事件は終わったのか、それとも始まったのか」

「おそらく、これは始まりやで」


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