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友情と真相と。

ペールブルーの空に白い雲がところどころ浮かぶ、のどかな秋晴れの日曜日。

美麻の女子大の学園祭へ行くため、校門前の銀杏並木を張り切る隆とたしなめる大紀が先を歩き、広人が足取り重く続く。


水曜日の一件以来、目に見えて広人は落ち込んでいた。ぼさぼさの髪に無精髭、猫背で俯きがちに歩く彼に、大学内で声をかける女の子は皆無。煩わしさから遠ざかったのは良かったが、ただそれだけだった。

今日はさすがに髭を剃ってある。身だしなみを整えないと、美麻が怒るからだ。高校の頃からどうも美麻には頭が上がらない。広人の服装をいちいち指摘する実の姉に似た性格だからだろうか。


あれから何度か唯子に連絡しようとしたが、何をどう伝えたらいいのかわからず、結局送信できなくて毎日スマホを抱えて身悶えしている。


何度めかわからないため息をつきながら広人は呟く。


「恋は罪悪ですよ、か」

「何だ?夏目漱石の「こころ」の一節なんて呟いて」

「ヒロ、どうしたの?水曜日から様子がおかしいけど。生気は抜けてるし、いつもの爽やかスマイルはないし、これじゃあ女の子達にモテないよー。あっ、失恋したとか?」

「おい隆、もう少しオブラートに包んで、然り気無く聞けよ」


外見から物腰が柔らかくみえる隆のほうが大雑把で、大柄で威圧感がある大紀のほうが細やかな気遣いができる。なかなかいいコンビだなと、関係ないことをぼんやり考えながら、広人は再度ため息をついた。


「好きだって自覚した途端、婚約者がいる事実判明っていうね」

「ヒロ…」

「わぁお、そりゃ残念だったね。ヒロは男の俺から見ても本当にかっこいいし頼りになるし、遊んでるように見えて俺よりよっぽど誠実でいい男だからさ、今日はかわいい女の子とたくさん出会って次行こ次!俺もフラレたばっかだし、リア充の大紀なんてほっといて、美麻ちゃんに紹介してもらおう!」


痛ましげな視線を向ける大紀は、それ以上言葉を発することなかった。

逆にしゃべり倒す隆は無神経にも見えるが、彼なりの不器用なフォローだった。

二人とも慰めてくれているのが痛切に感じられて、不覚にも涙腺が緩みそうになる。


「はは、そうだな」


乾いた笑いではあるが、微笑む広人を見て大紀も隆もほっとした顔を見せた。


◇ ◆ ◇


「大紀!こっちよ。遅かったわね」


チョコバナナを売っている屋台の前に、フリルが盛りだくさんの白いエプロンをつけた美麻が、輝くような笑顔で待ち構えていた。いつもは緩く巻いた長い髪をおろしているが、今日はツインテールに結んでいて、下に着た黒いワンピースとエプロンが合間って、いわゆるメイド服にみえる。


「悪い、隆を止めるのに忙しかった。しかし、その格好…」

「何よ、似合わないって言いたいんでしょ。私だって裏方をやるつもりだったのに、ゼミのみんなの総意だからって着させられたの」


ふんっと顔を背けてへそを曲げる美麻には、大紀の真っ赤な顔がわからないのだろうか。いつもの美麻は黙っているとつり目と整いすぎた顔立ちで近寄りがたい高嶺の花だが、今はメイド服とツインテールでツンデレメイドに見え、かわいさがプラスされてしまっている。

大紀は男性客たちの好奇の視線から美麻を守るため、威圧感を増して彼女に近付き、周囲に睨みをきかせながら低い声で宣言した。


「…ヒロ、隆、俺は今日ここから離れないからな」

「りょうかーい!大紀、番犬みたいでウケるー。でも、美麻ちゃんがかわいすぎるからって、他の男共と乱闘騒ぎだけはやめてね。あっ、かわいい子発見!美麻ちゃん、あの子の名前教えてー」


隆の言葉にキョトンとしていた美麻は背の高い大紀を仰ぎ見て、やっと気付いたようだ。ツンデレ標準装備な美麻は頬をほんのり赤らめ、口元が緩むのをおさえながら、取り繕うように隆を睨み付ける。


「隆くん、相変わらずね。これじゃあここまで来るのに時間がかかるはずだわ。彼女と別れたばかりだからって、ここで女漁りはやめてちょうだい」

「えー、かわいい子に声をかけないなんて、逆に失礼でしょ!」

「そんなことよりヒロ、ちゃんと来たわね」

「ああ」

「色男の面目丸潰れな顔じゃない。水曜日からずっとそれなの?通りでいつもより黄色い声が少ないと思った。そんなヒロに、紹介したい子がいるのよ。今別の用事を頼んでいるんだけど」

「いや、ありがたいけど、まだそんな気分じゃ…」

「ヤバい!美少女いた!うわ、どこにこんな子隠してたの?!ヤバい!連絡先教えて!」

「落ち着け。手を出すな」

「隆くんうるさい。ああ、こっちよ。主催者テントまでのお使いお疲れさま。あら、お客さんを大量に引き連れてくれたのね」


美麻は一人の女子生徒を呼んだ。広人の言葉を遮った隆は興奮しながらスマホを取りだし、なだめる大紀を押し退ける勢いだった。出店にも、さっきより客が押し寄せてきている。

そんな騒がしい周囲に反して、広人は呆然としていた。


おずおず近付いてきたその人は、美麻と同じ服装と髪型をしているが、その印象は可憐という一言だった。しっかり化粧を施した彼女のまつげの長い大きな瞳、少し上気した頬、潤ったピンク色の唇、抱けば壊れそうな細い肢体、全てが庇護欲をそそる。


しかし広人は別の意味で驚いていた。

何故なら、広人は彼女を知っているからだ。


「唯子、さん?どうして、ここに…それにその格好、眼鏡もないし、え?」

「広人さん、私、謝らなければいけないことがあるんです。私、唯子じゃないんです。ごめんなさい!」

「え、ええ?どういうことですか?それならあなたは…」


泣きそうな顔で頭を下げる唯子ではないと言う彼女を前にオロオロする広人は、さらに人が集まる気配を感じた。


美少女とのツーショットは目立つことこの上ないな!どうしたものか。


実際は美少女とイケメンのツーショットが拝めると噂になったのだが、慌てた広人は彼女に提案した。


「ちょっとここから離れませんか?落ち着いて話したいので」

「でも…」

「ここは大丈夫よ。休憩に行ってきて。表から出ると人が群がってきそうだから、このテントの裏を抜けて北門から外に出るといいわ」


仕事の途中で抜けることをためらった彼女に、美麻が微笑む。彼女のことを気に入っているようだが、水曜日のときは何も言ってなかった美麻はどうやって仲良くなったのだろう。

疑問が増えるばかりだが、ここは素直に従うしかない。


「ありがとう、助かるよ」

「美麻ちゃん、ありがとう」

「その代わり、ちゃんと報告してよね」

「ヒロの裏切り者ー!美少女と知り合いなんて聞いてないよ!本当は遊んでなくて純情真面目な近代文学オタクだってこと、みんなに言いふらしてやるー!」

「…お前は優しい男だな」


駆け出す二人の背中に喚く隆の頭をポンポンと叩いた大紀は、美麻と顔を見合わせて微笑んだ。


◇ ◆ ◇


北門を抜けると、すぐに見覚えのある店があった。二人は無言で「lager」の扉を開く。

出迎えた辻内が両目を見開いたので、何を驚いているのかと広人が首を捻ると、後ろで彼女があわててエプロンを脱いでいた。


「メイドさんが来たのかとビックリしちゃって。すみません。いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」


微笑みながら辻内がカウンターへ戻る。寡黙でダンディーな店主が言い訳しながら照れている姿はかなりレアだ。

二人はいつもの奥まった席へ移動した。


ブレンドコーヒーを2つ注文し、息を整えてから広人は口を開いた。


「改めて、どういうことなのか、話してもらえますか?」

「はい。金原唯子は私の姉なんです。私は妹の美以子と言います」

「美以子、さん…」


美以子の声は少し震えていたが、それでも広人の質問にはしっかり答えた。

美以子は唯子の6歳下の妹で、唯子は実際に隣駅で働いていること。

唯子は人懐っこく明るいが、美以子は人見知りでおとなしいこと。

唯子は眼鏡で美以子はコンタクトレンズ、姉妹二人とも化粧が好きではないこと。

少女漫画は姉妹で好きだが、近代文学を好んでいるのは美以子だけであること。


「最初に切り絵の作品集を広人さんに貸したのは、たしかに姉本人なんです。姉はウェブデザイナーをしていて、仕事の参考に私の所有していた作品集を持っていたんです。翌週の水曜日、姉が仕事で外出しなければならなくて、このカフェへ行くように頼まれたんです。広人さんに会ったとき、私のことを姉だと勘違いしてるのはすぐに気付いたのですが…」

「どうして、すぐに訂正してくれなかったんですか?作品集を返したときに眼鏡をかけてたのは美以子さんですよね。二人して、俺のことをからかおうと思った、とか…」

「違います!」


そんなことをする人ではないと思いながらも聞かずにいられなかった広人の言葉に、美以子は被せぎみに声をあげる。

美以子の必死な様子を初めて見た。広人は動揺を隠すのに精一杯だった。まずは、しっかり美以子の話を聞かなければ。


美以子は自分を落ち着かせるようにコーヒーを一口飲み、広人の目をしっかり見ながら続けた。


「あのときはたまたまコンタクトが目にあわなくて、眼鏡だったんです。作品集を返してもらうだけならわざわざ姉じゃないことを言わなくても、もう会うことはないし、勘違いされたままでいいかと思って…。隣の大学にすっごいイケメンがいるって、広人さんはうちの大学でかなり有名なんですよ。どうやったら仲良くなれるか、彼女がいるかどうかとか、毎日噂されてました。あれから毎週会うようになって、こんな私と一緒にいるところを誰かに見られたら、広人さんに迷惑かけるし、もし彼女がいたら申し訳ないしと、悩んでいるうちに言えなかったんです。あと、初めて会ったときからずっと眼鏡だったのは、陸奥A子さんの作品に登場する眼鏡の女の子が好きなのと、姉や姉の婚約者にも眼鏡の方が似合うと言われて、私も少しでもかわいくなれれば、と、思って…」


語尾が小さくなりながら顔を赤くする美以子は、十分過ぎるほどかわいい。広人は身悶えしたくなったが、ふと今の話で気になる言葉があった。


「姉の婚約者って、水曜日に聞いた婚約者っていうのは、美以子さんじゃなくて唯子さんの?あれ、でも近代文学が好きになったきっかけって…」

「あのとき、世間話で姉じゃないことがバレてしまうのではないかと、頭の中がパニックで、姉として話さなければと意気込んでいたので、つい婚約者だと肯定してしまいました。姉は大学生の頃、他大学合同サークルに所属していて、そこで姉の後輩であった修介さんという方が、姉と先頃婚約したんです。私は中学生の頃から修介さんと面識があって、かっこよくていろんなことを知っている憧れのお兄さんであり、恥ずかしながら初恋の人でもあったんですよ。当時大学生の姉をライバル視して、修介さんが勧める本を片っ端から読んで振り向かせようとしていたのですが、その中で特に近代文学が面白くて好きになりました。ふふ、修介さんはずっと姉しか見ていなかったのに、空回りしていたあの頃を思い出して、広人さんからの質問に思わず動揺してしまって」

「なんだ、そういうことですか…」


今は修介という男に異性として好意を寄せているわけではないことは、美以子の昔を懐かしむ表情からわかる。広人は心底ほっとした。


「嘘をついていて、本当にごめんなさい。もう会いたくないと思いますが、最後に本当のことを話しておきたくて」


美以子は表情を引き締め、頭を下げた。そんな彼女を見て、広人は深呼吸を一つして、きっぱりと告げた。


「美以子さん、顔をあげてください。あなたが唯子さんのふりをしていた経緯はわかりました。この3ヶ月、美以子さんはずっと何か言いたそうな素振りを示していたことに気付いていたんです。でも、いつも俺が一方的に語り尽くして、話す隙を与えなかった。この関係を崩したくなかったから、そ知らぬふりをしていたんです。だから、俺にも責任はあって。すみません、苦しい思いをさせましたよね」

「広人さん…」

「俺は、周囲の噂になっているような人間じゃない。今まで付き合ったこともないし、女の子とデートしたこともないし、余裕もないし、近代文学と少女漫画が好きな変わった男です。そして、俺が惹かれたのは、作品集を返してから毎週話をしていたあなたです。毎日水曜日ならいいのにと、そしたら毎日会えるのにと思っていた、痛々しいやつですが、これからも会ってくれると嬉しいです」


耳まで真っ赤にさせた広人の告白に、美以子は目をさらに大きくして驚いていたが、コクリと頷いた。


「私も、水曜日が来るのが待ち遠しかったです。これからは、水曜日以外でも会えればいいなって、思います」

「もちろん!ぜひ!」


頬を染める美以子の言葉に、思わず身を乗り出して頷いてしまった。

そして二人で笑いあう。


聞こえてくる笑い声に目を細めながら、店主の辻内はカウンター内の椅子に座ってコーヒーを飲む。


会話は聞こえてこなくても、今までの二人を見ていたらわかる。

まるで少女漫画のような出会い、勘違い、両思い。

ということは、結末はハッピーエンドしかないだろう。


そんなロマンチックなことを考えながら、


何だか辻内さんがまとめてしまいましたが(笑)、広人と美以子はこれからのんびり愛を育んでいくということで、これで終わりです。


美以子視点も書くのは蛇足かしら。

でも美麻との関わりを書くのも楽しそうなんだよなぁ。

うーん。


とりあえず、初めての完結作品です!

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