舞踏会
ある日、日課の魔法研究がひと段落ついて、これも日課となったマリアが作ったアップルパイを二人で仲良く食べていた。レイヴンは自分の口元についたパイをぬぐいながら、思い出したようにマリアに告げた。
「マリア、僕が懇意にしている男爵が今度パーティーを開く。僕はお前と一緒に出席するからそのつもりで準備しておけ。この機会に周りにお前を僕の婚約者だと紹介するから」
マリアは一瞬何を言われたか分からず、ボーっと紅茶を飲んでいたが、一泊遅れて思いっきりむせた。
「ゲホッ! な、そんな大事なパーティーに私が出席してもいいんですか!? それに……!」
マリアは頬を赤く染めながらレイヴンに抗議する。元々二人の関係はマリアをエドワードから守るための嘘だ。それなのにマリアを周りに紹介するなんて、まるで本当の婚約者みたいだ。
レイヴンはマリアが口答えをしたのが面白くないのか、眉根を寄せて指でテーブルを弾く。
「……それに? 何だ。行儀作法の事なら心配ない。僕がこれからみっちり教えてやる。それに伴侶がいないからと、僕に口やかましくしてくる連中も黙らせる事ができる。何か問題でもあるか?」
「……いえ、ありません」
なんだ……。紹介するって、そういう事なのね……。って、何で寂しい気持ちになってるの! 私ってば!
マリアは期待しかけた気持ちに驚き、恥ずかしさを打ち消すように、頭を振る。
考えたくない。この気持ちに気付きたくない。
挙動不審なマリアを呆れたような目でレイヴンが見る。
「お前大丈夫か? 今から緊張していたら、本番持たないぞ。僕が色々フォローしてやるから、そこまで気負いしなくてもいい。ワルツくらいは踊れるだろう?」
「…………」
「おい待て。そこからか?」
パーティ当日まで、レイヴンとマリアはワルツの特訓をした。何度もマリアはレイヴンの足を踏んで、その度にレイヴンの雷が落ちた事は言うまでもない。
パーティ当日、マリアは男爵家のパーティの規模に、緊張で震えあがっていた。何百人と入るだろうダンスホールに、各界の有名人が、大勢集まっている。
女性は皆美しく着飾り、まるで大輪の花のようだ。それに比べて自分の場違い感はどうだろう。田舎娘だと笑われてしまうかもしれない。それが自分一人ならまだいい。レイヴンまで笑われてしまったら……。
そんな事をぐるぐる考えてしまい、思わず一歩後ろに下がろうとした時、マリアの身体を抱き留めるように、レイヴンが腕を伸ばした。
「おい、何圧倒されているんだ。背筋を伸ばせ。お前は僕の婚約者なんだから」
「で、でもレイヴン様……」
「でもも何もあるか。自分こそが僕の隣にふさわしいと微笑んで見せろ……それと僕がプレゼントしたブローチはちゃんと身に着けているな?」
「あ、はい。ちゃんと身に着けています。ほらここに」
マリアは自分の胸元に飾っているブローチを指さす。それを見たレイヴンは満足そうに頷く。
「それでいい。浮かれた男がお前に寄ってこないよう、虫よけみたいな物だからな」
「レイヴン様…、余計な心配ですよ。私みたいな田舎娘、誰も相手になんかしません」
マリアは本心からそう言ったが、レイヴンの苦い表情を見るに、どうやら答えを間違ってしまったようだ。何とかしてレイヴンの機嫌を直そうとした時、
「きゃーー! レイヴン様、お久しぶりですわ!」
「ぐっ!」
横から、金色の巻き毛の美しい少女が、レイヴンに飛びかかって来た。
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