第29話 噂が事実と判れば私は…?
マインバーグ伯爵が訪ねてきた数日後、1月1日。
私はこの世界に来て2度目の新年を迎えた。
朝食を終え、治療院を開ける準備をしていると、マインバーグ伯爵がやって来た。
「やぁ、エリカ殿。新年おめでとう」
「あ、マインバーグ伯爵様。新年おめでとうございます」
お互いに新年の挨拶を交わす。
「気になったのだが、貴殿は年末年始も休まぬのか? 王都の魔法医達は、元日前後は休んで帰省するなりしておるぞ?」
「あぁ、私には故郷なんて在りませんし、怪我や病気に年末年始も関係無いですから」
そう言うと、マインバーグ伯爵は目を見開いて聞いてくる。
「故郷が無い? それは、どういう事であるか? ロザミアで生まれ育ったのでは無いのか?」
あぁ、その辺の話、ミラーナさんはミリアさんから聞いて知ってる筈だけど、そこまでは手紙に書かなかったんだな?
私は自身の生い立ちと言うか、設定を簡単に説明した。
「なるほど… ならばエリカ殿の故郷はロザミアと言っても良いだろうな」
まぁ、そうなるかな?
ロザミア以外の街の事なんて全く知らないし。
と、ここで私はある事に気付いた。
王都では今日から社交シーズンに入る。
なのに何故、伯爵はロザミアに残ってるんだ?
多少は遅れるが、王都での噂の真偽を確かめ終わったんだから、急いで帰るべきじゃないのか?
「あぁ、その事であるか…」
私の疑問に伯爵は疲れた様に話し始めた。
「私が思うに、エリカ殿も王女に振り回されていたのであろう? なら、私の気持ちが解ると思うのだが…」
そう言う事か…
少しでも長くミラーナさんに関わるのを避けたいんだな?
「なにしろ王女ときたら、王都に帰って来る度に『少しは強くなったか?』と、私に体術勝負を仕掛けて来るのだ」
ミラーナさん…
アンタって人は…
「王女がロザミアに赴任した頃は自身の負けに納得がいかず、次こそはと鍛えに鍛えて勝負に挑んでいたのだが…」
伯爵様…
なんとなく気持ちは解るよ…
「ただの1度も良い勝負にすらならず、毎回一瞬で叩きのめされてしまうのだ」
まぁ、あのミラーナさんだからなぁ…
なにしろ最低でも熟練のハンター3人で倒すオーガを、たった1人で3~4体倒す人だから良い勝負にすらならないのも仕方無い。
「だから陛下に頼み込んで今回の調査に来させて貰ったのだ。陛下は勿論、他の貴族達も私と王女の体術勝負の事を存じておる故、快く送り出してくれたのだ。更には調査が早く終わったとしても、無理に急いで帰る必要は無いとまでな。ありがたい事だ」
王宮でも傍若無人振りを発揮してるんかい、あの人は!
「王女の事は、成人するまで誰もが『実に頼りになる素晴らしい王女』だと思っておったのだ。しかし、成人すると… 今では『破天荒で傍若無人な暴れん坊』と、陰で言われる程…」
「豹変したって事ですね?」
伯爵は黙って頷いた。
成人するまでは本性を隠してたって事か。
まぁ、ミリアさんから聞いてた話だと、幼少期からの行動・言動に滲み出てた気もするが、それが周囲には頼もしく見えてたんだろうなぁ…
「では、いつまでロザミアに滞在する予定ですか? 社交シーズンが終わるタイミングで戻るなら、20日頃の出発に…」
伯爵は首を振る。
「いや、普段の社交シーズンならばまだしも、今回は第2王女の成人披露パーティーが20日から行われる。それを欠席する事は出来ん」
なるほど。
て事は、全ての準備を整えてから出発するにしても10日、王都に帰ってから準備するなら5日には出発かな?
「こんな事を言っては何だが、なるべくミラーナ様とは…」
「同感です。ならば10日頃の出発になりますね? 王都に着いて、休む間も無く成人披露パーティーに出席するのは疲れるでしょうが…」
伯爵は頷いた。
「だが、それで良いのだ。着いたばかりで疲れていれば、ミラーナ様も勝負を仕掛けては来るまい」
そう言う考えもあるか。
その後、伯爵は束の間の平和を満喫すべく、街中へと去って行った。
それにしてもミラーナさん、豹変し過ぎだろ…
全ての貴族達が認める『実に頼りになる素晴らしい王女様』から、成人した途端『破天荒で傍若無人な暴れん坊』って…
貴族達もだけど、両親である国王や王妃、妹達に弟達も苦労してるんじゃ…
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そして運命(?)の10日、名残惜しそうにロザミアを後にするマインバーグ伯爵を見送った私の元に、1通の封筒が届いた。
差出人はミラーナさん。
日付は1月5日になっている。
普通の定期馬車の便に乗せたなら10日掛かるが、それより早いって事は早馬の便かな?
そんなに急ぐ内容なのか?
不安に思いながら恐る恐る封を切って、中の手紙を読む。
え~と…
『マインバーグ伯爵には会ったと思うけど、彼から話は聞いたかな?』
うん、聞いたよ…
『途中の街で、王都にエリカちゃんの噂が広まってるって聞いて、急いで国王に手紙を送ったんだ。エリカちゃんを王都に招聘するには大勢の魔法医を長期間ロザミアに送らないと、エリカちゃんは絶対に招聘には応じないって』
うんうん。
私の代わりなんて、簡単に務まらないからね。
『まぁ、まだ誰も本気で噂を信じてはいないみたいだけど、マインバーグ伯爵が戻ったら驚くだろうね。特に魔法医の連中は』
ん?
王都の魔法医達が驚く?
『なにしろ、どんな怪我でも病気でも1回の治療費が銀貨1枚で済む上に、一瞬で治るんだ。自分達の存在意義や存在価値が失くなるとでも思うんじゃないかな?』
んんっ?
そ、そうなのか?
『連中はエリカちゃんと違って、名声や金儲け目的なのが殆どで、大した実力も持ち合わせて無い下衆な奴等だからな』
下衆とか奴等とか、相変わらず王女様らしくないなぁ…
しかし、イラつきは解るぞ。
『エリカちゃんの噂が事実だと判れば、王都での魔法医の治療費が高過ぎるって騒ぎが起きるかもね』
………………
また嫌な予感が…
『さすがに暴動までは起きないだろうけど、王族や貴族連中と魔法医連中との間で、治療費を巡る問題に発展するかも。もしかしたら、民衆も騒ぎ出すかな?』
…嫌な予感が当たりそう…
『仮に王都での魔法医連中の治療費が一律銀貨1枚に決められたとしたら、エリカちゃんの治療院には魔法医連中からの抗議の手紙が殺到するかもね(笑)』
ここで手紙は終わっていた。
(笑)ぢゃないわぁああああああっ!!!!
どうすりゃ良いんだ、この状況!
今更治療費は変えられんし、変えたくも無いっ!
どんな病気や怪我も、今まで銀貨1枚で治療してきたんだぞ!
抗議の手紙が殺到したとしても、いちいち病気の種類や怪我の程度で治療費を変えてられるかぁあああああいっ!!!!
私は思わず手紙をビリビリに破り、何事も起こらない事を祈るしかなかったのだった。




