第27話 過ぎ去る嵐
「本当に良いんですね?」
私はミラーナさんの身体中の切り傷や擦り傷を治した後、最後の確認をする。
「あぁ、もう覚悟は出来てるよ♪」
それならもう、遠慮は要らないな。
まぁ、元に戻りたくなっても私なら直ぐに戻せるしな。
「じゃ、始めます!」
そう言うと、私は心の中で叫ぶ。
瞬間、ミラーナさんの身体が柔らかな光に包まれる。
光が収まると、ミラーナさんはペタペタと自身の身体を触りながら聞く。
「これで本当に不老不死になったのかな? なんか温かい光だったけど…」
ミラーナさんが王都に向けて出発する当日の朝、私は以前ミラーナさんに頼まれていた『不老不死になる魔法』を掛けたのだ。
「間違い無いと思いますよ? この際だからミラーナさんにだけ教えますけど、私も自分自身を不老不死にした時、温かい光に包まれましたから。だけど、私がミラーナさんを不老不死にしたって事は絶対に内緒ですからね? 約束して下さいよ?」
ミラーナさんは目をパチクリさせながら
「内緒か… 解った。だけどエリカちゃんもこの魔法を自分に掛けたんだ。なら大丈夫だな。25歳のエリカちゃんが子供のままなんだから♪」
と、納得していた。
でも、と首を傾げながら…
「アタシは永遠にハンターを続けたいから不老不死にして貰ったけどさ、エリカちゃんは何故自分を不老不死に? 理由を聞いても良いかな?」
と聞いてきた。
「ミラーナさんと似た様な理由ですね。ミラーナさんは永遠にハンターを続けたい。私は永遠に多くの病人や怪我人を治し続けたい。ただ、それだけです♪」
そう言うとミラーナさんは両手で私の肩をガシッと掴んで言う。
「凄いよ、エリカちゃん! その若さでその考えは凄いよ!」
まぁ、若いよね?
…25歳と思ってるよね?
…見たままの10歳と思ってないよね?
「永遠の10歳なのに凄いよ!」
やっぱり10歳かい!
ついさっき25歳って言ってたやろが!
アンタは記憶力が無いんか!
それにしても『永遠の10歳』って…
なんかの子供番組で『永遠の○歳』って設定の着ぐるみを見た記憶が…
更にミラーナさんは続ける。
「これは是非、父上にエリカちゃんの事…」
「却下!!!!」
報告されてたまるかぁああああ!!!!
そんな事されたら確実に王都に連行… じゃなくて招聘されるわぁああああああっ!!!!
ミラーナさんは、意外な返事を聞いた様な顔をしている。
「国王陛下に報告なんかされたら、間違い無く王都に連れてかれます!」
ポカンとするミラーナさん。
頼むから理解してくれ!
「私の生活基盤はロザミアですし、そもそもロザミアに魔法医は私しか居ないんです! ミラーナさん、領主なら知ってますよね!?」
私は慌てて説明する。
「あぁ、そうか。エリカちゃんが王都に行ったら…」
ほっ…
どうやら理解してくれた様だ。
「なら、エリカちゃんが王都に行ってる間、代わりの魔法医をロザミアに派遣させるよ。それなら少しぐらいはロザミアを離れても大丈夫だね♪」
理解してねぇええええええええっ!!!!
毎日100人は治療してるんだぞ!
多い日なんか、150~200人は患者が来るんだぞ!
魔法を無制限で使える私ならともかく、普通の魔法医にこんなハードワークが務まるかあぁああああっ!!!!
王都の魔法医がどれだけ優秀か知らんけど、不可能に決まってんだろ、そんなモン!!!!
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「あ~… 確かに… 代わりの魔法医を1人や2人寄越した程度じゃ無理だなぁ…」
私の必死の説明に、ようやくミラーナさんは納得してくれた。
「王宮勤めの魔法医の連中って、せいぜい1日に6~7人の骨折を治せる程度って聞いてるからなぁ… 可能か不可能かで言ったら、間違い無く不可能だろうなぁ…」
王宮の魔法医の実力って、その程度なのか?
マークさんやミリアさんの話では、腕の良い魔法医なら10人位は治せる筈なんだけど…
それでもハッキリ言って、私の代わりを務めるには少ないけど…
「いや、なにしろ名声が欲しくて王都に来てる様な連中だからね。貴族連中のお抱え魔法医も似た様なモンさ」
そう言や、ロザミアに着いた翌日にギルドの執務室でそんな話を聞いて怒ったっけ。
「だけどエリカちゃん、よく言うだろ?」
ん?
何をだ?
「人の噂は万㎞駆けるって」
〝千里を走る〟じゃないのか…
てか、この世界にもそんな諺があるんだ…
つまり、いくら気を付けていても、いつかは私の噂が王都に伝わるかも知れないって事だな。
いや、既に遅いかも知れない。
ロザミアから王都まで行商に行く様な商人だって居るだろう。
逆もまた然り。
ロザミアで私の事を知らない人は居ない筈だし、他の街で私の事を話してはいけないって箝口令が敷かれているワケでもない。
「王都から呼び出しを受ける覚悟はしておいた方が良いかもって事ですね?」
ミラーナさんは頷いた。
「可能性が無いとは言えないな。少なくとも話を聞いて直ぐに信用するって事は無いと思うけど」
それもそうか。
毎日1人で100人も200人も治せる魔法医が居るなんて話、いくらなんでも眉唾物だからな。
「ただ、何度も何度も同様の噂が王都のあちこちで囁かれる様になると、さすがに王宮も放っては置けないだろうね。もしかするとエリカちゃんの事を調査するかも知れないよ?」
う~ん、そうなるともう隠し様が無いかなぁ?
最悪の事も考え、覚悟は決めておくか。
でも、絶対ロザミアに魔法医不在の事態は避けさせる!
そう決心した時、外から声が掛かる。
「ミラーナさ~ん、エリカちゃ~ん、そろそろ待合所に行きましょ~♪」
そう、ミリアさんも見送ってくれるのだ。
私とミラーナさん、そしてミリアさんの3人は、話しながら乗り合い馬車の待合所に向かって歩く。
「ロザミアに戻って来るのは、また2月半ばですか?」
またって事は、前回の新年の社交シーズンも同じ頃に戻って来てたって事か。
「そうなるだろうね。ただ、今回は妹の成人披露パーティーも催されるから、もう少し遅いかも知れないなぁ。長引けば3月に入るかも… その時は逃げるかな?」
逃げるなぁあああああっ!!!!
「逃げちゃダメでしょ!? 第2王女が成人するんだから祝ってあげないと!」
私は慌ててミラーナさんの暴走を制止する。
「あ、やっぱり? じゃ、仕方無いから祝ってやるかな?」
仕方無いからって…
「でもミラーナさん、なんだか嬉しそう♪」
ミリアさんが微笑みながら言う。
「分かるかい? 実はさっきエリカちゃんに…」
言うなって言ったろうがぁああああああっ!!!!
すぱぁああああああんっ!!!!
我慢の限界に達し、ミラーナさんの後頭部にハリセン・チョップをブチかます。
もうミラーナさんの暴走を止めるにはコレしか無いと思い、用意しておいたのだ。
あ、ミリアさんの目が丸くなってる…
「な… 何だそれ!? ダメージは無いけど!」
「大阪名物、ハリセン・チョップです!」
「お… オーサカ? 何の事だか…」
後頭部を擦りながら困惑するミラーナさん。
私はミラーナさんの耳に口を近付けてミリアさんには聞こえない様に言う。
(私がミラーナさんを不老不死にしたって事は内緒だって言ったでしょ!? ミリアさんもだけど、大勢の人が不老不死になる事を望んだらどうしてくれるんですか!?)
「あ…」
今度こそ理解した様だ。
「エリカちゃん、どうしたの?」
「いやいや、ミラーナさんにお土産を頼んでたんですよ!」
私は慌てて言い繕う。
「そうそう。エリカちゃん、王都で売ってる珍しい物を欲しがってて!」
ミラーナさんも上手く合わせてくれた。
「あ~、なるほど。エリカちゃん、山奥育ちだもんねぇ」
なんとか誤魔化せたらしい。
…焦らせないで欲しいなぁ…
そうこうしている内に乗り合い馬車の出発時間になり、ミラーナさんはロザミアを去って行った。
それにしても一国の王女様が乗り合い馬車で帰郷とは…
普通、お迎えとか来そうなモンだけど…
そう思っていると、私の疑問を察したのかミリアさんが教えてくれた。
「ミラーナさん、自分がロザミアに居る間は一介のハンターに過ぎないんだから、もしもロザミアに居る時に王女様として扱ったり、王都に戻る時に迎えを寄越したりしたら、関係者は全員ブッ飛ばすって脅したんだって言ってたわ」
それを聞いた私は呆然と立ち尽くすしかなかったのだった。
ミラーナがロザミアを去る事で、エリカには束の間の平和が訪れる。
…のか?




