第199話 正月早々、顔面を血に染めました
年末のバタバタが終わり、爽やかな新年の朝を迎える。
私にとって、20代最後の年が始まった。
…うん、悲しくなるから考えるのは止めよう。
私は気を取り直して部屋の窓を開ける。
すると…
「あらら… 雪が降るって、私がロザミアに来て初めてじゃないですか…?」
空はドンヨリと曇り、結構な雪が舞っている。
地面を見ると、まだ雪は積もっていないが…
「この量だと、積もるかも知れませんねぇ…」
私は部屋に雪が入らない様に窓を閉め、朝食を作りに2階に降りる。
ダイニングには既にアリアさんが居て、テーブルを拭いていた。
普段は私と同じぐらいの時間に起きてた筈なんだけどな…?
「おはようございます、アリアさん。いつもより早くないですか?」
「なんだか寒くて目が覚めちゃったんですよ。窓を開けたら雪が降ってて驚きました。ロザミアでも降るんですね?」
そう言えば、アリアさんの故郷ってイルモア王国の北西…
それも馬車で1ヶ月半の端っこって言ってたな…
「アリアさんの故郷って、雪は珍しくないんですか? ロザミアでは、私が住む様になってから初めて見ましたけど…」
「そうですね… 毎年10月半ば頃から2月の終わり頃までは降りますね。その内、2ヶ月ぐらいは雪に閉ざされますよ? もっとも、私達エルフが住んでるのは森の中なので、地面が雪に埋もれる事は殆どありませんけどね。家屋の屋根には積もりますけど…」
あぁ… 木々に遮られるから、地面にまでは積もらないって事だな。
「ただ、寒さで地面が凍る事は多いです」
雪の多い地方で暮らすって大変なんだな…
私は前世でも医科大学に入るまでは大阪、入ってからは東京と、滅多に雪が積もらない地域でしか過ごした事がないし…
この世界に来てからも、気候の安定したロザミアで殆どの季節を過ごしてるから、豪雪地帯で暮らした経験は皆無。
まぁ、暮らしたいとも思わないけど…
だって、ちょっと出歩くだけでも苦労しそうじゃん?
生まれた時から豪雪地帯で暮らしてるならまだしも、都会暮らししか経験のない『雪に対する未経験者』が豪雪地帯で暮らしたら…
冬は、歩けば転んで怪我するのは間違いないだろう。
いや、怪我だけで済んだら儲けモンってトコだろうな。
「小さい頃は私も雪の季節は、しょっちゅう滑って転びましたね。その度に、お父さんやお母さんから歩き方を注意されました。普通に歩くんじゃなくて、膝を曲げずに棒みたいにして歩けって… 懐かしいですねぇ♪」
イメージとしては、ペンギンみたいな歩き方かな?
なんて考えてると、ミラーナさん、ミリアさん、モーリィさんがダイニングに降りてきた。
「ふぁあああ~… なんか今日は寒いなぁ…」
「ですよねぇ… 雪でも降ってそうですねぇ…」
「えぇ~っ、雪ぃ~? 子供の頃、雪で転んで地面に頭ぶつけたんだよねぇ… だから雪って嫌い~…」
ミラーナさん、ミリアさんの感想はともかく…
モーリィさん、あんたのちょっとブッ飛んだ感性…
それが原因じゃないだろうな…?
別に良いけど…
「寒いのも当然ですよ。今、外は雪が降ってます。まだ積もるまでは降ってませんけど、このまま降り続けば積もる可能性も…」
私が言うと、ミラーナさんは目を輝かせて窓に駆け寄り外を見る。
「マジか!? ロザミアで雪が!? 王都では毎年の事だけど、ロザミアで雪が降ってるのを見たのは初めてだよ! 積もるか!? 積もってくれるかな!?」
子供かよ…
てか、王都では毎年なのか…
まぁ、ロザミアから馬車を乗り継いで10日も北に位置してるから、ロザミアよりは雪が降るだろうけど…
「多分ですけど、街中では積もらないと思いますよ? そこそこ人通りも多いですし、雪を珍しがる子供達が雪で遊ぶでしょうしね。まぁ、街の外の平原では、積もる可能性は無きにしもあらずですけど…」
私が言うと、ミラーナさんとモーリィさんは、精神年齢の低さを暴露する様に…
「よっしゃぁあああああっ! 街の外に行くぞぉおおおおつ!」
「私もっ! 私もぉおおおおおっ! 雪っ! 雪ぃいいいいいいっ!」
…と、朝食も取らずに駆け出したのだった。
モーリィさん…
あんた、ほんの少し前に『雪が嫌い』って言ってたんじゃなかったか?
「ところで… ライザさん、まだ寝てるんでしょうか?」
アリアさんが3階を見上げながら言う。
「ドラゴンですからねぇ… 冬眠の習性があるのかも…?」
と、私が冗談めかして言うと…
「そんなワケ無いじゃん。まぁ、寒いと動きは鈍くなるけど、それは人間でも一緒でしょ?」
…突っ込みを入れながら階段を降りてきた。
「そうですね… 寒さに弱い人は、その傾向が強いかも知れませんねぇ…」
と、私は明らかに動きの鈍いライザさんをジト目で見ながら言う。
「ライザさん、寒さに弱いんですね? これを着ると良いですよ?」
言ってアリアさんは、ライザさんに生地の厚いガウンを手渡す。
ライザさんはガウンを受け取り、急いで着ると…
「ふわぁああ~… 生き返る~ アリアちゃんは命の恩人だよぉ~…」
と、恍惚とした表情で語った。
「大袈裟ですよ…」
「大袈裟ですねぇ…」
「大袈裟ねぇ…」
と、私、アリアさん、ミリアさんは呆れたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「エリカちゃ~ん! ミラーナさんが! ミラーナさんがぁ~!」
私達が朝食を食べ終えて少しすると、モーリィさんが血相を変えて治療院に駆け込んできた。
私は食器を洗いながらモーリィさんをジト目で見つつ…
「ミラーナさん、また何かやらかしたんですか? まぁ、雪が積もった場所に浮かれて飛び込んだまでは良かったけど、実は雪の下に岩があって、顔面を強打して動かなくなったってトコですかね?」
私が言うと、モーリィさんはポケ~っとした表情になって言う。
「へっ…? なんで分かるの…?」
やっぱりかい…
子供みたいにはしゃいでたからな…
雪が積もった場所には後先考えずに飛び込むだろうとは思ってたけど…
「はぁ… とりあえず不老不死なんだから、心配する必要はありませんよ… もう少ししたら『あ~、酷い目にあった…』とか言いながら、顔面を血塗れにして帰ってきますよ」
「悪かったな! 余計なお世話だっ!」
すぱぁあああああんっ!!!!
がごんっ!
「ぶぐぇっ!」
私は予想より遥かに早く帰ってきたミラーナさんにハリセンで後頭部を叩かれ、顔面をシンクの角に強打。
ミラーナさんは私の予想通り額を割り、顔面を血塗れにしていたが…
私は私で顔面を強打した際に鼻骨を骨折。
2人仲良く顔面を血塗れにしたのだった。




