第198話 年末大騒動?
アンドレ様がロズベルム王国へと帰国し、しばらくすると年末年始に向けたバタバタが始まった。
と言っても、治療院は世間の忙しさとは逆に、所謂〝閑散期〟に入るのだが…
それでも傷病人は後を絶たない。
年末大掃除とかで思わぬ怪我をする者。
寒い中で汗を掻き、油断して風邪を引く者。
それでも普段に比べれば患者の数は激減する。
「この時期って、ハンターの皆さんも年末大掃除とかされてるんですか? そんなイメージ、あんまり無いんですけど…?」
「ウチのハンター達を見てると、確かにそんなイメージはありませんねぇ…」
アリアさんの疑問に、私は天井をジト目で見上げる。
天井と言うより、その更に上。
3階の自室で惰眠を貪るミラーナさん、ミリアさん、モーリィさん、ライザさんに対して向けたジト目だが…
「あぁ… 皆さん、去年も同じ様な感じでしたね…」
去年に限らず毎年だけどな…
「他のハンター達も、似た様な感じなのかも知れませんけどね。基本的にハンターは定休日がありませんし、一年を通して戦ってる様なモンですから。年末年始は気が抜けても仕方無いでしょう」
とは言え、ウチのハンター達と他のハンター達では事情が異なるだろうけどな。
魔獣は冬眠したり活動が鈍くなるので、その分だけハンターの仕事は減る。
魔物は冬眠しないが、その多くは冬に子を産み育てるので、春まで気が立っていて危険度が増す。
冬眠する魔獣の中でも哺乳類系の魔獣は冬眠中に出産し、冬眠しながら授乳を行う。
その為、狭くて奥深い穴を掘って隠れてしまうのだ。
なので、冬の時期は魔物や魔獣を相手にしないハンターが多く、普段の様な大怪我をする者も少ない傾向にある。
「なるほど… だから、この季節は私達の仕事が暇になるんですね? まぁ、風邪とかの治療に訪れる人は増えますけど…」
「ですね。まぁ、それは仕方無い事です。どれだけ気を付けていても、風邪を含めて病気からは逃れられませんからねぇ…」
私の言葉に、苦笑しながらも納得した表情を浮かべるアリアさん。
そうして暇な朝の部の診療が終わると…
「「「「エリカちゃ~ん、お腹空いた~!」」」」
と、ウチのハンター達がエサを強請るのだった。
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「前々から疑問に思ってたんですけど… 魔獣や魔物を倒した証明って、どうやってるんですか?」
私の作った昼食を食べながら、アリアさんがウチのハンター4人に質問する。
そう言えば、私も気にした事はなかったな…
「食料になる魔獣は、基本的に持ち帰ってギルドに渡すのよね。けど、食料にならない魔獣… 例えばジャイアント・スパイダーなんかは毒の塊みたいなモンだから、特徴的な複眼を持ち帰って証拠にするのよ」
「特徴的…?」
ミリアさんの説明に、首を傾げるアリアさん。
「えぇ、ジャイアント・スパイダーの複眼は、光に翳すと虹色に輝くのよ。ジャイアント・マンティスなら体躯に比べて頭が小さいから持ち帰れるし、デビル・アントなら大顎を持ち帰れば証拠になるわね」
「…ジャイアント・マンティスの頭が証拠になるのは解りますけど、何故デビル・アントは大顎なんですか?」
だな…
何か理由でもあるのかな…?
「単純に大きいのよ。デビル・アントは大顎だけでもこれぐらいの大きさだから…」
ミリアさんは、両手を30㎝ぐらいの幅に広げる。
それはデカいな…
大顎だけで30㎝ぐらいの大きさなら、全体の大きさって…
単純にアリの構造から考えて、3mぐらいの大きさじゃないか?
それに、アリは社会性昆虫だ。
自分達を駆除しようとする人間に対し、集団で攻撃しようとするんじゃ…?
「そうなのよねぇ… だから基本的にデビル・アントの駆除は、巣穴を見付けて油を注ぎ、火を付けて焼き殺すのが一般的ね。食用にもならないし、そもそも数を多く始末出来るワリに地中での始末でしょう? 回収率が低いのが難点よね。大顎は堅いから武器や防具の素材になるけど、焼けたら脆くなるから価値が無くなるの… だから、あんまり稼ぎにならないのよね…」
「それでも駆除の依頼が出た場合、対処せざるを得ない… 一言で言えば、美味しくない獲物ってトコですか…? まぁ、普通に出会った場合や襲われた場合、退治出来れば無傷の大顎を回収出来るから良いでしょうけど…」
アリアさんが聞くと、ミリアさんは溜め息を吐きながら頷く。
同じ魔獣でも、哺乳類系と昆虫系では雲泥の差があるんだな…
爬虫類系や両生類系、鳥類系には食用になる魔獣も多いんだけど…
「それじゃ、魔物を倒した証明はどうなってるんですか? 魔物で食用になるのはオークぐらいしか知りませんし…」
だな…
オークは人型の魔物だけど、その肉は前世での豚肉に似ており柔らかくてジューシーだ♡
「魔物は体内に魔石を持ってるから、それを持ち帰れば良いのよ。鑑定は、ギルドの職員なら誰でも出来るしね。 …って言うか、出来なかったらギルド職員に成れないからねぇ」
…て事は、ナッシュさんみたいなボンクラでも鑑定出来るのか…?
「あぁ、あれはダメよ。マジで雑用しか出来ないから… だから、何故マークさんがナッシュを採用したのか、今でも謎なのよね…」
ナッシュさん…
あんた、本当に何の取り柄も無いんだな…
「魔石にせよ、魔獣にせよ、ギルドが買い取るんですよね? ギルドのお金の出所って…?」
「魔石に関しては王都のギルド本部ね。各街のギルドで支払った後で、本部に魔石を送って請求するのよ。食べられる魔獣やオークの肉なんかは精肉店に卸したり、ギルドの食堂で料理に使うわね。骨は武器や防具に使えるから、武具を扱う店に卸してギルドの収入にするの。ギルド職員の給金も、基本的にはギルド本部が支払ってるわ。その本部を管理してるのは、防衛大臣ってワケ」
なるほど…
言ってみればギルドは国の管理下に在り、ギルド職員は国家公務員ってトコか…
「そんなギルド職員に、ナッシュさんみたいな人が採用されるって… 確かに謎ですね…」
私が言うと、ミリアさんは苦笑しながら答える。
「まぁ、採用したのはマークさんだし、何か私達の知らない取り柄があったのかもね?」
取り柄ねぇ…
女癖の悪さしか思い浮かばないけどな…
それに、それが原因でギルドを一回クビになってるし…
「確かにギルドは国が管理してるけど、職員の採用とか運営に関しては一任されてるから… マークさんの気紛れなのかもね? きっと、他の何処に就職しても問題を起こすから、だったら自分の目の届く範囲に置いておこうとでも思ったのかもね?」
「それが一番あり得そうですね… 一回クビにしてますけど…」
私、ミリアさん、アリアさんは顔を見合せ、やがて納得して頷き合う。
すると…
「はぁ~、食った食った♡ さ~て、腹ごなしに、もう一眠りするかな♪」
「私も~♡ お腹いっぱいになったら、眠くなっちゃった♪」
「ボクも~♡ エリカちゃ~ん、夕飯の用意が出来たら起こしてね~♪」
と、ミラーナさん、モーリィさん、ライザさんの3人は、エサを食い終わると席を立ち、足早に部屋へと戻ろうとする。
「食うだけ食って、また寝るんかいっ! 年末だからってダラけてないで、ちぃたぁ掃除でもして働かんかいっ!」
すぱぱぱぁあああああんっ!!!!
ばたんっ!
「「「んぎゃぁあああああっ!」」」
私が3人をハリセンでブッ飛ばすと、阿吽の呼吸でアリアさんが窓を開ける。
3人は中央広場の真ん中まで飛んでいき、噴水にぶつかって水に落下。
ずぶ濡れのまま、ガタガタ震えながら治療院の床掃除をしたのだった。
【追記】
ずぶ濡れのままでのモップ掛けをさせた事で、3人は翌日から風邪を引いたのだが…
結果的に私とアリアさんは、平和な年末年始を過ごせたのだった。