第194話 ミラーナさんに治療を受けました… 地獄だよっ!
「こんのクソ馬鹿たれぇえええっ!!!!」
どっか~んっ!!!!
朝の部の診療を終えて食堂街へ昼食を取りに来た私達の耳に、プリシラさんの怒鳴り声が響き渡る。
「ここがプリシラさんの工房なんですか? …って言うか、鍛冶工房って食堂街に在ったんですね? 私、知りませんでした…」
「食堂街の店舗って、夜は人が居ないんだよ。皆、自宅は別に持ってるんだよね。ここには仕事する時だけ来るって感じかな? 商店街だと、店舗が自宅を兼ねてるのが多いんだけどね」
アリアさんの疑問にミラーナさんが答える。
「それって、どうしてなんですか? 食堂街でも、店舗が自宅を兼ねても良いと思いますけど…?」
「それは防犯が関係してるんでしょうね」
今度は私が答える。
「おっ? エリカちゃん、さすがだな♪ アリアちゃん、エリカちゃんの言う通りなんだよ。商店だと、いろいろ価値のある物を置いてるよな? だから泥棒に入られない為にも、店舗に住んでる方がマシなんだよ。逆に食堂だと、そもそも価値のある物なんて無いだろ? まぁ、食材も食うに食えない連中にとっちゃ、価値があるっちゃ~あるけどさ。商品と違って店頭に並べる手間が無いだけに、倉庫に放り込んで鍵を掛けりゃ済むからな。だから夜遅くまで鎚を打つ音が響く鍛冶工房は、何処の街でも食堂街に隣接してる事が多いんだよ」
「はぁ、そうなんですね? 初めて知りました…」
まぁ、全部が全部とは言わないだろうが、プリシラさんみたいに昼まで寝てて、昼から夜遅くまで鎚を振るってる工房は…
多いんだろうな。
静かな夜の方が集中できるって事で…
で、食堂の方はと言うと、夜通し鍛冶工房から響く鎚の音から逃れる為に、自宅は別に構えると…
なんだかんだ言って、鍛冶工房が原因やん…
「まぁ、それは良いんだけどさ… エリカちゃん、さすがにアレは放置しないよな…?」
ミラーナさんが指差す先を見れば、血塗れになって倒れるサミュエルさんの姿が…
私は大急ぎでサミュエルさんに駆け寄り、血塗られた大振りのハンマーを肩に担いで出てくるプリシラさんを睨み付ける。
「サミュエルさんが何をしたのか知りませんけど、これはやり過ぎですよ!? 頭蓋骨が陥没骨折してますし、脳の一部も衝撃でダメージを負ってますよ!?」
私が表情を曇らせて言うと、プリシラさんは何故か照れながら…
「いやぁ~、すまんのぅ… このくクソったれが、ちぃと手抜きしよったんじゃわ。そこの食堂から包丁の注文が入ったんじゃが、鉄を型に流し込むだけでこさえようとしよったけぇ」
「だからってハンマーで殴り飛ばさないで下さい! 普通だったら死んでますよ!?」
するとプリシラさんは…
「死にゃあせんよ、慣れとるけぇね。サミュエルがヴィランに居た頃は、こがいな事ぁ日常茶飯事じゃったけぇ。まぁ、お陰で稼ぎの半分はサミュエルの治療費に消えとったがのぅ、あはははは♪」
笑って言う事じゃなかろうが…
ともかく私はサミュエルさんを治療する。
「ちょっと聞いてみるんですが… エリカちゃんじゃったらこがいな手抜きしとって、自分を〝腕利きの鍛冶師〟なんぞと公平げな事をヌカすヤツ… こらえられるけ?」
治療を施す私に質問するプリシラさん。
まぁ、確かに…
「私だったら… ハリセンで叩き飛ばしますね…」
「じゃろ? じゃけぇ、ウチがこのハンマーでサミュエルを殴っても─」
「ダメに決まってるでしょ! 相手に与えるダメージが違い過ぎます!」
プリシラさんは首を傾げて聞いてくる。
「じゃけど、エリカちゃんのハリセン… ミラーナ嬢ちゃんを吹っ飛ばして壁にめり込ませとったがのぅ…?」
「ミラーナさんだから良いんです!」
「んなワケあるかぁっ!」
すぱぁあああああんっ!!!!
「んにゃぁあああああああっ!!!!」
ミラーナさんのフルスイング・ハリセンチョップで、私は50m以上離れた中央広場の噴水まで吹っ飛び…
ガゴンッ!
ばっしゃぁ━━━━━━ん!
噴水に激突し、そのまま水に落ちる。
「あだだだだっ! 腰打った! 腰っ!」
私は水の中でのたうち回る。
「エリカさん! 大丈夫ですか!?」
アリアさんが慌てて駆け寄り、私を水から引き揚げる。
その場で診察したアリアさんは、ミラーナさんを睨み付け…
「骨盤にヒビが入ってるじゃないですか! せめて吹っ飛ばすんじゃなくて、その場に叩き付けて下さい! そうすれば地面にめり込むだけで─」
「そ~ゆ~問題ぢゃ無いでしょうがっ!」
私は痛みを堪えてアリアさんに突っ込む。
「あぁっ、すいませんっ! 今すぐ治しますから!」
言って私に治療を施すアリアさん。
まさかヒビが入ってたとは…
そりゃ痛いワケだよ…
「ふぅ、これで大丈夫ですね。起き上がれますか?」
アリアさんに言われ、私はゆっくりと起き上が…
ぼてっ
「あらっ? なんだか腰から下が痺れて力が入り難いんですけど… アリアさん、腰椎の辺りを診てくれませんか?」
「は… はいっ! え~と…?」
アリアさんは眼に力を込め、私の腰椎を透視する。
「第5腰椎がズレて脊髄を圧迫してますね。今、元の位置に戻します」
言ってアリアさんは私の腰に手を当て、魔力を流し込む。
が…
「あれっ? 変なズレ方してるんでしょうか…? 上手く戻りませんね…」
「アタシの所為だよな… だから、アタシに治させてくれないかな? どんな感じにズレてるんだい?」
…力技じゃないだろうな?
私の心配を余所に、アリアさんはミラーナさんに詳しく説明する。
「なるほどな… こんな感じにズレてるのか…」
ミラーナさんは握った拳を上下に重ね、下の拳を捻ってズラす。
ふむ… 横にズレた第5腰椎が、更に傾いてるのか…
そりゃ、神経が圧迫されて痺れるワケだよ…
「よっしゃ! その程度ならアタシに任せな♪ エリカちゃん、ちょっと痛いかも知んないけど、一瞬だから我慢してくれな♪」
言うが早いか、ミラーナさんは私の腰に腕を回し…
「うぇえっ!? ちょっと待って下さいっ! そんな素人療法なんかで─」
「うりゃあっ!!!!」
ゴキゴキッ! メキョッ!
「あんぎゃぁあああああっ!!!!」
こ… こいつ… 力任せに腰椎のズレと傾きを…
あまりの激痛に、私は意識を失いそうになる。
が、なんとか堪えて意識を保つ。
「ぎゅにゅわぁあああああっ! 痛いっ! 痛い、痛ぁ~いっ!!!!」
しかし、痛み自体には堪えられず、噴水の周囲を転げ回って泣き叫ぶ。
「ミラーナさん… あれ、本当に大丈夫なんですか…?」
「いやまぁ… 何回かパーティーを組んだヤツの中に、似た様な症状を訴えたのが何人か居てさ… 同じ方法で治してやった事があるんだけど…」
そいつら、もう引退してんじゃないだろうな…?
かなりキツいぞ、この治し方は…
「まだ頑張ってやがるよ。全員が現役だけど、今じゃトシだからって指導する側に回ってるヤツも居るけどな。それでも引退するまではバリバリに活躍してたよ」
マジかい…
こんな原始的な治し方、医科大学を卒業──前世だけど──しただけの私でも間違ってるとしか言えないぞ?
しかし…
「う~ん… 見た感じ、完全に治ってますね。問題があるとは思えません。完璧です」
アリアさんが患部を透視し、完全に治ってる事を確認する。
私は意識が朦朧としながらも、なんとか立ち上がる。
腰に手を当て、前後左右に曲げてみる。
「腰が軽いです… ダメージは残ってますが、問題はありませんね…」
「だろぉ? これでもアタシ、ハンターとしての経歴は10年ぐらいになるからな♪ それなりに怪我の治療も心得てるんだよね♪」
まぁ、自慢するだけの実力はあるみたいだけどな…
「それで? その治療法を確立するまでに、何人のハンターを再起不能にしたんですか?」
私がジト目で聞くと、ミラーナさんはサッと視線を逸らす。
をい…………
「何人ですか?」
「えぇとぉ… 多分… 恐らく… 何と言うかぁ…」
「ちいたぁ人体の構造を勉強してから治療せぇや、こんクソ馬鹿たれぇえええええっ!!!!」
ずどぱぁあああああんっ!!!!
「ぎょわぁあああああっ!!!!」
私の渾身のハリセンチョップでミラーナさんは、中央広場から数十m離れた場所まで吹っ飛んだのだった。
ちなみにプリシラさんには〝対ミラーナ仕様ハリセン〟をプレゼント──以前作ってた物は威力が足りないと判断──し、サミュエルさんをシバき倒す際に使用する事を提案。
ハンマーの使用は、説得する形で禁じておいた。
その話を聞いていたサミュエルさんは…
泣いてたな…