第193話 サミュエルさんを再教育するプリシラさんは悪魔。サミュエルさんの技術を魔法で無にした私は…?
鍛冶師のサミュエルさんは若返った事で別人の設定となり、孫のサミュエル・クーパー・Jr.を名乗っている。
サミュエルさん自身は、表向きには孫を一人前の鍛冶師にする為、自身の師匠であるプリシラさんに預けて工房を譲り、引退したと言う体で…
そして最近のサミュエルさんは、毎日の様に治療院を訪れている。
「今日も打ち身と打撲ですね。プリシラさん、手加減しないんですか?」
サミュエルさんは、治療を受けながら大きく溜め息を吐く。
「師匠は手加減なんかせんよ… 失敗したら殴って痛みを与える。殴られて痛い思いをしたくなければ、失敗しない様にすれば良いって考えじゃからのぅ…」
昭和かよ…
いや、昭和でも戦前とか戦中の考えだろうな。
戦後もしばらくはそんな時代があったかも知れないけど…
現代の日本でそんな事してたら、間違いなく傷害罪で訴えられると思うぞ?
ここは異世界だから、昭和も日本も無いけど…
「職人の世界って、それが普通なんですか? 私からしたら、ちょっと考えられないんですけど…」
隣で別の人──また木に激突して腕と肋骨3本を骨折したモーリィさん──を治療しながらアリアさんが聞いてくる。
「職人の種類にも依るかのぅ… 自身の腕しか頼れん仕事なんかでは普通かも知れんが… 例えば、ハンターや冒険者なんかは下手したら命を落とす職業じゃろ? 当然、教える方も厳しくせんといかんじゃろうな」
私は頷き、アリアさんも納得する。
「そんな命懸けの連中に、下手な鍛冶師が作った防具なんかを使わせられん。防具が壊れて怪我をするのは使用者の責任じゃが、半分は製作者にも責任がある。じゃから、鍛冶師を目指す者には、より厳しく指導する必要があるってのが師匠の考えなんじゃよ…」
言って項垂れるサミュエルさん。
プリシラさんの考えは解るが、ちょっと厳し過ぎやしないか?
殆ど毎日治療に訪れるって、どれだけドツき倒してるんだよ…?
「職人の世界って厳しいんですねぇ… それにしてもサミュエルさん、プリシラさんの影響ですか? なんだか喋り方が似てる様な…?」
「そうじゃな… 毎日師匠と話しとったら、どうしてものぅ…」
かつて弟子だったからな…
弟子が師匠と似た様な話し方になるのは自然な事だろう。
本当は爺さんだからってのが一番大きいんだろうけど…
なので、爺さんっぽい喋り方は、師匠であるプリシラさんの方言の影響が大きいって事にしている。
ちなみにサミュエルさんが若返り、再度プリシラさんから鍛え直されてるってのは内緒。
プリシラさん以外では、私とマークさんしか知らない。
〝腕利きの鍛冶師〟として知られているサミュエルさんが、プリシラさん曰く〝修行半ばで逃げ出した中途半端な鍛冶師〟で、師匠から再教育されてるなんて言えないとの事。
サミュエルさんにもプライドってのがあるからだが、プリシラさんに言わせると…
『つこうとった武器や防具が、実は修行半ばでケツまくったクソったれがこさえた中途半端なモンじゃったなんぞ、知られとうない』んだとか…
それでも…
『クソでも、そこそこの腕は持っとるけぇね。故郷で修行してからウチの弟子になる為、後を追ってロザミアに来た事にしたんよ』そうだ。
「修行してから来たのに、まだプリシラさんに殴られてるんですね…? 職人の世界って、厳し過ぎるぐらい厳しいんですねぇ…」
感心するアリアさんを、指でツンツン突つくモーリィさん。
「アリアちゃ~ん… 話すのは後にして、早く治してよぉ~… 痛いんだからぁ~…」
泣くんだったら注意して動けよ…
木に激突して骨折するの、これで3回目だろ…
アリアさんは、苦笑しながらモーリィさんの治療を再開するのだった。
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「ふ~ん… あの爺さんの孫、そんなに厳しくされてんのか… まぁ、プリシラを追い掛けて来てまで弟子入りしたんなら、それぐらいは覚悟の上なんだろうけどさ…」
夕食を食べながらミラーナさんが言う。
そ~ゆ~設定なだけなんだけどね。
言えんけど…
「ミラーナさん、サミュエルさんのお爺さんの事、知ってるんですか?」
「あぁ、アタシの剣をメンテナンスして貰った事が何回かね。ロザミアでは腕利きの鍛冶師として知られてるよ。まぁ、さすがにプリシラよりは劣るけどな」
アリアさんの質問に、ミラーナさんが答える。
私は吹き出しそうになるのを堪え、何とか口の中の食べ物を飲み込む。
何も考えてないミラーナさんとライザさんは気付かなかった様だが、他の5人(アンドレ様を含む)は私に違和感を覚えたらしい。
風呂を済ませて寝ようかと言う時に、私の部屋を訪ねてきた。
「エリカさん… ちょっと聞きたい事があるんですけど、部屋に入って良いですか?」
5人を代表(?)してアリアさんが言う。
私は無言で頷き、5人を部屋に招き入れる。
私は椅子に座り、5人にはベッドに腰掛けて貰う。
「で、聞きたい事って何ですか? まぁ、何となくですけど、プリシラさんかサミュエルさんの事だと思いますけど…?」
5人は互いに顔を見合せてからコクリと頷く。
「ミラーナさんがサミュエルさんの事を話された時、エリカさんの様子が変だったので… もしかしたらと思うんですけど、エリカさんが何かしたのかなと…」
アリアさん、観察眼が鋭いな…
まぁ、それは私が魔法医として厳しく鍛えたからかも知れないが…
私は軽く溜め息を吐いて話し始める。
「今から話す事は、他言無用に願います。一応、ギルドマスターのマークさんは知ってますけどね…」
私が言うと、5人は訝しげな表情をしつつも頷く。
「まず、最初に言っておきます。ややこしいかも知れませんが、今のサミュエルさんは以前のサミュエルさんと同一人物です」
5人は何がなんだか解らない様子。
「私がサミュエルさんを魔法で若返らせたんですよ。サミュエルさん、元々はプリシラさんの弟子だったそうなんですけど、修行の厳しさに逃げ出したらしいんですよね」
私の話に聞き入る5人。
「プリシラさん曰く、一人前の鍛冶師になるには最低でも20年は修行しないとダメらしいんですけど… サミュエルさん、半分の10年程度で逃げ出したってことで、プリシラさんから再教育を施されてるんです」
遮光器土偶みたいな眼になる5人。
私は構わず続ける。
「さすがにロザミアで腕利きの鍛冶師として知られてるサミュエルさんが、師匠のプリシラさんからドツき倒されているとは言えませんからねぇ… だから魔法で若返らせた上で、サミュエルさんの孫って事にしたワケですよ…」
私の説明(?)を聞いた5人は、遮光器土偶みたいな眼から一転、埴輪みたいな表情になっていた。
うん、気持ちは解るぞ?
ミリアさんもモーリィさんも、登録上ではCランクハンターだが、実力はAランクを超えてるから、サミュエルさんに武器や防具のメンテナンスを頼んだ事もあるだろうしな。
「あの職人気質のお爺さんがねぇ…」
「若い頃は好青年って感じだったんだねぇ…」
「私、少し前に包丁を研いで貰ったんだけど、凄く切れ味が良くなってたわよ? それでもプリシラさんからすれば中途半端なのね…?」
「まぁ、ドワーフの技術からすれば、人間の技術は稚拙なんだろうね… だから修行期間が20年なのかも知れないけど…」
「お爺さんを青年に… やっぱりエリカさんは凄いです…♡」
アリアさん… あんただけ感想の種類(?)が違うんでないかい?
まぁ、いつもの事だけど…
「だけどエリカちゃん。サミュエルさんに再教育って言っても、以前の様に厳しくするのはどうかと思うんだけど…?」
アンドレ様が疑問を呈する。
「プリシラさんの言い分も解るけど、サミュエルさんもロザミアで長く鍛冶師として活躍してたんだろ? 経験も積んでるんだし、良くない点を直してあげるだけでも良くないかな?」
アンドレ様の意見はもっともだけど…
「それなんですけど、プリシラさんが言うには…」
5人は固唾を呑んで、私の次の言葉を待つ。
私は少し間を置き…
「修行半ばでケツまくったクソったれは、えらい目に会わさにゃイケン。じゃけぇ、もっぺんハナから鍛え直す… だ、そうです」
「「「「「悪魔ね…」じゃん…」だわ…」ですね…」だな…」
5人が口々に言う。
「ちなみにですけど、サミュエルさんが今までに身に付けた技術… ロザミアに来てからの技術限定ですけど、こっそり私の魔法で0にしておきました♪ なのでプリシラさんの思惑通り、修行半ばからやり直しですね♡」
「「「「「悪魔より酷い…」」」」」
5人全員の意見が一致した。
何故だ…?