第190話 プリシラさんの方言に戸惑うのは…?
「ただいま~♪ …って、あれっ?」
ミラーナが治療院の裏口から中に入ろうとするが、ドアには鍵が掛かっている。
「エリカさん、出掛けてるんでしょうか? 今日は5日で休みですし…」
「夕食の食材でも買いに行ってるのかな? でも、もうすぐ日が暮れるし…」
アリアの疑問にライザが応える。
「仕方ありませんね、中に入って待ってましょう」
言ってアリアが合鍵でドアを開け、中に入る。
階段を上がり、リビングに入ると…
パパパパ━━━━━━━ン!!!!
「「「「ミラーナさ~ん、誕生日おめでとう~♡」」」」
一斉にクラッカーが鳴り響き、エリカ達が満面の笑顔で出迎える。
「え… っと…?」
何が起こっているのか理解が追い付かないミラーナ。
「あの~… アタシ、エリカちゃん達に教えたっけ…? 誕生日…」
ミラーナは目を点にし、首を傾げる。
「私と同じ秋だってのは以前の会話で知ってましたけどね。何月何日かまでは知りませんでしたから、王妃様に手紙で聞いてみたんです。そしたら返信で報せてくれたんですよ♪」
「ミラーナさん、水臭いじゃないですか。私達は家族なんですから、誕生日ぐらい祝わせて下さいよ♪」
エリカに続き、ミリアも嬉しそうに言う。
「そうそう♪ 王妃様曰く『ミラーナったら、エリカちゃん達に自分の誕生日を教えていなかったんですの? ならば、母である私が教えてさしあげますわ♪ ミラーナの誕生日は10月5日。21歳になると言うのに、未だに浮いた話の1つも無いのは惨めですわ! ニュールンブリンクの大森林で不老不死になったとは言え、いい加減に良い男の1人や2人見付けて…』」
すぱぁあああああんっ!!!!
エリカのハリセンで床に顔面をめり込ませるモーリィ。
「王妃様からの手紙では『ミラーナったら、エリカちゃん達に自分の誕生日を教えていなかったんですの? ミラーナの誕生日は10月5日です。丁度良いので、皆さんで祝ってあげて下さいな♪』でしたけど?」
「すいません… ちょっと調子に乗っちゃいました…」
モーリィは薄れ行く意識の中で何とか言葉を絞り出し、やがて失神したのだった。
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「は~い♡ 今日はミラーナさんの誕生日って事で、特上のお寿司を握りましたよ~♡ 勿論、ケーキもありますからね~♡」
「特上のお寿司!? ケーキ!?」
床に顔面をめり込ませたまま放置していたモーリィさんが、ガバッと起き上がる。
食い物に反応するんかい…
「その前に… モーリィさんが起きたんで説明を。こちらの男性は誰なんですか? 女性の方はミラーナさんの手紙に書かれてた、ドワーフで鍛冶職人のプリシラさんでしょうけど…」
「今になって聞くのかよ… まぁ、先に説明してたら二度手間だったから良いけど…」
ミラーナさんが呆れた様に言うが、その通りだ。
私達に説明し、モーリィさんに改めて説明するのは二度手間。
だからモーリィさんが失神から覚めるまでスルーしていたのだ。
起こせば良いだろって言うかも知れないが、面倒だったからな。
言えんけど…
「まぁ良いか… こっちの男性だが、キャサリンの婚約者でアンドレ・ロッテンマイヤーってんだ。キャサリンは次の社交シーズンの後、アンドレの国に嫁ぐ事になってるんだ」
ほほ~、キャサリン様の旦那様になる男性ですか♡
「初めまして、アンドレです。イルモア王国の南西に在るロズベルム王国から来ました。キャサリンからエリカちゃんの事を何度も聞かされましてね。会ってみたくなって、義姉上に付いて来てしまいました」
言って、ペコリと頭を下げるアンドレ様。
「で、こっちの女性はエリカちゃんの言う通り、プリシラって鍛冶職人だ。アタシが持ってる大剣も作ってくれたんだよ。勿論、エリカちゃんに送ったちょーしんきってヤツもな」
「あの聴診器、完璧でしたよ! 余計な雑音は聞こえない、心音や呼吸音はハッキリ聞こえる! さすがドワーフだと感心しましたよ♪」
私はプリシラさんの手を取って、感謝の言葉を述べる。
「ほ… ほぅか… じゃけど、エリカちゃんが描いた図面… 設計図が無かったら、こさえるんはあずったじゃろうねぇ」
「へっ…?」
これは、もしかして広島弁…?
いや、異世界の方言が広島弁で聞こえるだけなのかも知れないが…
チラッとミラーナさん達を見ると、なにやらニヤニヤしている。
…なるほどな、そ~ゆ~事か。
しかし、私を舐めて貰っちゃ困る。
「謙遜せんでつかぁさい♪ あんだけの図面からこんとにええモンこさえて貰って、ぶちたいがたぁですわぁ♪」
私もプリシラさんに倣い、広島弁で話し掛ける。
そして再度チラッとミラーナさん達を見ると、3人は目を点にして唖然としている。
「エ… エリカちゃん… プリシラの方言、分かるのか…?」
「それどころか… エリカさん、プリシラさんと同じ方言を…?」
「ボク… プリシラさんの方言、まだ覚え切れてないんだけど…」
簡単な事。
単に私の祖父母(前世の)が広島出身で、幼少期から広島弁を聞かされて育ったからだ。
前世の事は言えんけど…
「私の祖父母が同じ方言を使ってましたからね♪ いやぁ~、懐かしいですねぇ♡」
言って私は3人にニカッと笑いかける。
「ウチと同じ方言…? じゃ、エリカちゃんの爺さんと婆さんもドワーフなんかねぇ?」
「それは違います」
プリシラさんの推察を、私はズバッと否定する。
てか、全てのドワーフが広島弁で話すワケでもなかろうが…
「詳しい事は、私も知らないんですけどね。そんな事より、ミラーナさんの誕生日を祝いましょうよ♡」
「ちぃと待ってくれんね? たちまち、そっちの3人を紹介して欲しいんじゃけど…?」
いけね、すっかり忘れてたよ…
てか、ミリアさん、モーリィさん、ルディアさんは、プリシラさんと私の広島弁に唖然としたまま固まってるし…
「じゃ、紹介しますね。まず、こちらの金髪の女性はミリア・オルデンさん。そして、こちらの茶髪の女性はモーリィ・ノーマンさん。2人共、登録上はCランクのハンターなんですけど、実力はAランクを超えてるそうですね。で、こちらの女性はルディア・バーロゥさん。見ての通り黒人で、ムルディア公国の出身です。現在はギルドの食堂スタッフとして、新メニューを開発するなどして活躍してます♪」
「「「初めまして♪ ヨロシクお願いしま~す♡」」」
私の紹介に、少し照れた様子で挨拶する3人。
「こちらこそ♪ 短い間ですが、宜しくお願いします」
言って頭を下げるアンドレ様。
腰の低い人だなぁ…
キャサリン様の婚約者って事は、王族だろうと思うんだけど…
「ウチも宜しゅう♪ たちまち鍛冶職人として働くんじゃけど、鍛冶以外の修理でも制作でも任せてつかぁさいや♪」
ミリアさん、モーリィさん、ルディアさんは、プリシラさんの方言に迷いながらもコクコクと頷く。
「じゃ、お互いの紹介も終わりましたし、ミラーナさんの誕生日を祝いましょう♪」
「「「「「おぉ~~~~~~っ♪」」」」
そうしてミラーナさんの誕生日パーティーは、新たなロザミアの住人──プリシラさん──の歓迎会を兼ねて開催されたのだった。
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「いやぁ~、エリカちゃんがウチと同じ方言を喋れるとはのぅ♪」
「偶然っちゃ~偶然ですがねぇ♪ 祖父母が同じ方言で喋っとりましたけぇ、知らん間に覚えよりましたわぁ♪」
誕生パーティーの主役であるミラーナさんに構わず、私はプリシラさんと広島弁で会話を弾ませる。
広島弁を全く理解できないミリアさん、モーリィさん、ルディアさんは勿論、ロザミアへの帰還の道中で広島弁を教わったであろうアリアさんとライザさんも私達の会話には入ってこれず、寿司とケーキを黙々と食べていた。
「…それはともかく、エリカちゃんちんこじゃねぇ? ウチとそがいに変わらんぐらいにちんこじゃろ?」
「ほぅですねぇ… ドワーフは元々ちんこな種族じゃけど、ウチはこがいにちんこな時分に不老不死になりよりましたけぇねぇ」
ばぶぅうううううっ!!!!
ミラーナさん以外、全員が一斉に吹き出す。
「ちょっ… ちょっとエリカさん!? 何を言ってるんですか!?」
「そうだよ、エリカちゃん! そんな下ネタって言うか、変な言葉を使っちゃダメじゃん!?」
アリアさんとライザさんが慌てて私達の会話に割り込む。
ミリアさん、モーリィさん、ルディアさん、アリアさん、ライザさんに加え、アンドレ様も真っ赤になっている。
いけね… 放送禁止用語(前世の)じゃないけど、さすがに〝ちんこ〟の連発は不味かったかな?
「言って無かったっけ? 〝ちんこ〟ってのは、プリシラの使う方言で〝背が低い〟って意味なんだよ。アタシも初めて聞いた時は驚いたけどな…」
「そ… そ~ゆ~意味だったんですね…? 私、魔法医として、違う意味に捉えてました…」
アリアさん… 魔法医としてって、保険を掛けたな?
「あはは… 僕も違う意味に捉えてたよ…」
アンドレ様は、少し気恥ずかしそうにポリポリと頬を掻きながら苦笑していた。
まぁ、魔法でプリシラさんが標準語(?)で話せる様にする事は可能だが…
それは何か勿体無い気がするんだよなぁ…
てなワケで、私はプリシラさんの方言を標準語にする魔法は掛けない事にしたのだった。




