第189話 プリシラの方言とミラーナの悪巧み
あっという間に1ヶ月が過ぎ、ミラーナ達はロザミアに帰る準備を始める。
「やっと社交シーズンが終わったな… 貴族連中の相手は肩が凝って仕方無いよ…」
「肩が凝るも何も… ミラーナ姉様、お酒を飲んでばかりだったじゃありませんか…?」
肩を揉みながら首をコキコキと動かすミラーナに、キャサリンが呆れた様に言う。
「マトモに相手なんかしてられるかよ… ただでさえ社交辞令の挨拶だ何だで疲れるんだ。貴族連中だって、アタシ相手じゃ気を使って疲れるだろうしさ。それなら1人で酒を飲んでた方がマシってモンだよ。アタシにとっても貴族連中にとってもな…」
ミラーナはソファーに凭れ、伸びをしながら言う。
「僕も肩が凝ったな。イルモア王国の貴族達とは何度か会った事があるけど、その時はプライベートだったから気楽なモンだったし… やっぱり公式の場だと違うよね…」
アンドレも同じ様に伸びをし、苦笑しながら言う。
「ところで…」
ミラーナがキャサリンに問い掛ける。
「キャサリンからエリカちゃんに伝える事は無いのか?」
「いきなり、そう言われましても…」
聞かれたキャサリンは宙を仰いで考えるが、突然の質問だった為か直ぐには思い付かなかった。
だが…
「次の社交シーズンには、是が非でもヴィランに来て欲しいとしか… 多分、次の社交シーズンが終わると、私はアンドレ様に嫁ぐ事になるでしょう。ですからヴィランでの最後の思い出に、何がなんでもエリカちゃんを心行くまで洗いたいですわ♡」
「あ… あぁ… 伝えとくよ…」
(エリカちゃん、嫌がるだろうけど… ヴィランでのキャサリンの最後の願いとなれば、来ざるを得ないだろうな… なんだかんだ理由を付けて、ヴィランの社交シーズンには帰郷しそうな気がするけど…)
遮光器土偶の様な眼でキャサリンの願いを聞いたミラーナの予感は、後々的中する事になるのだった。
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「プリシラ~! 迎えに来たぞ~! 用意は出来てるか~?」
扉をドンドンと叩き、ミラーナが呼び掛ける。
ロザミアへ帰る日、朝食を終えたミラーナ達は、プリシラを迎えに工房に来ていた。
やがて扉が開き、プリシラが眠そうに現れる。
「やぁ、お嬢… おはよぉ… えらい早いんじゃねぇ…」
「早いって… もう8時半ですよ…?」
アリアが苦笑しながら言うと、プリシラは照れ臭そうに言う。
「いやぁ~… ほうとくないこっちゃが、毎日昼まで寝とるけぇねぇ… こがいな早い時間に起きるんは、眠ぅて眠ぅてど~なろ~にゃ~よ…」
「は… はぁ…???」
相変わらずプリシラの方言が解らないアリアは、引き攣った笑顔(?)で首を傾げる。
ちなみにライザは最初からプリシラの方言を理解するつもりは無いらしく、立ったまま半分寝ていた。
「…で? ロザミアに行く用意は出来たのか?」
「あぁ… 必要な物は纏めとるけぇ、いつでも出られるよ…」
ミラーナの質問に、眠そうに返事するプリシラだったが…
「…ほんで? なんでキャサリン嬢ちゃんが来とるんね…?」
キャサリンが一緒な事に、不思議そうな表情になる。
「単なる見送りだよ。ただ、プリシラに頼みがあるそうなんだけどな」
「頼み… って、なんねぇ?」
首を傾げるプリシラにキャサリンが突っ込んで手を取ると、一気に捲し立てる。
「エリカちゃんに作ったちょーしんきなる物を私にも作って下さいまし! 使い方は知りませんけど、エリカちゃんと同じ物を持っていたいのですわ!」
キャサリンのセリフに、ミラーナとアリアは遮光器土偶の様な表情になるのだった。
ちなみにライザは立ったまま完全に寝てしまっていた。
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「それじゃ次の社交シーズンでな、キャサリン。小国とは言え、次の国王妃になるんだ。精進を怠るなよ?」
言って、伏したライザの背負うカーゴに乗り込むミラーナ。
キャサリンはニッコリ笑って頷き手を振る。
続いてアリアとプリシラが乗り込んだのを確認したライザは…
「じゃ、出発♪」
ビュゴッ!
と、ヴィランに着いた時にシバかれ倒した事も忘れ、いきなり全速力で飛び立ったのだった。
「どわぁあああああっ!!!!」
「きゃぁあああああっ!!!!」
「ぎゃぁあああああっ!!!!」
ミラーナ、アリア、プリシラ。
それぞれの叫び声を残し、ライザは飛び立っていったのだった。
そして王宮では…
「それじゃ、次の社交シーズンでの再会を楽しみにしております。キャサリンの見送りが無いのは残念ですが…」
「ごめんなさいね、アンドレお義兄様… キャサリン姉様はエリカちゃんの事になると、見境が無くなるんですの…」
ロザンヌに言われ、アンドレは苦笑を浮かべる。
「まぁ、仕方無いよ。次の社交シーズンが終わればキャサリンは僕の国に来る事になるんだし、エリカちゃんとやらに会える機会も激減するだろうからね」
ロザンヌの頭を撫で、馬車に乗り込むアンドレ。
「じゃ、次の社交シーズンで会える事を楽しみにしてるよ。キャサリンには宜しく伝えておいてくれるかな?」
「承知しましたわ♪ キャサリン姉様が嫁いだ後、エリカちゃんをお風呂で洗うのは私が独占させて頂きますと伝えておきますわ♡」
やっぱり姉妹だなぁと思いつつ、ヴィランを後にするアンドレだった。
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半日が過ぎ、宿場町のリルードに到着したアンドレが見たのは、地面に頭をめり込ませたライザと、倒れ込んだミラーナ、アリア、プリシラの4人だった。
「いったい何があったんですか、ミラーナ義姉上…?」
呆然とした表情で聞くアンドレに、ミラーナは地面に寝転んだまま肩で息をしつつ答える。
「ど… どうしたもこうしたも… このバカが… また全力飛行… しやがったモンだから…」
「私達… 壁に押し付けられて… オマケに… 前方に乗せてた… プリシラさんの荷物が…」
「ウチ等の方に… 吹っ飛んで… 来よったけぇ… ウチ等、へしゃげられてしもぅたんよ…」
アンドレにプリシラの方言は解らなかったが、ミラーナとアリアの言葉から何となく理解したのだった。
「しかし… ヴィランを出発したのは半日前ですよね? 何故、今頃ここで倒れてるんですか? ライザ殿はドラゴンなのですから、全力で翔んだのならリルードまでは30分も掛からないのでは…?」
アンドレの疑問は当然だった。
ライザが全力飛行すれば、ヴィランからリルードまでは30分も掛からない。
到着してから何時間も経っている筈のミラーナ達が、未だに倒れている理由が解らなかった。
「リルードを通り過ぎやがったんだよ… 何とかカーゴの前まで這って行って、小窓から『行き過ぎだ!』って何度も叫んで…」
「全力で翔んでたからか、聞こえなかったみたいで… リルードに着いたのは、ほんの10分ぐらい前なんです…」
「ほぅよ… で、ミラーナ嬢ちゃんがライザちゃんをシゴウしゃげて… ウチとアリアちゃんは、カーゴから降りるだけでえらかったわ…」
何となくプリシラの方言を理解し、事の顛末が解ったアンドレ。
「それは何と言うか、大変でしたね… とりあえず僕は、そこの宿に部屋を取っておきます。1人一部屋で良いですよね?」
ミラーナは何とか身体を起こし、コクリと頷いた。
もはや、声を出す気力も無くなっていたのだった。
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部屋のベッドで仮眠を取り、ダメージが回復したミラーナ達は、食堂で遅めの夕食を摂りながら言い争っていた。
「ちょっと忘れてただけじゃん… なにもハリセンで殴り倒さなくても…」
「ちょっとじゃ無ぇだろ… もう少しでニースだったじゃねぇか…」
「そうですよ… ニース近くまで行ってたら、ロザミアに帰ったも同然じゃないですか…」
ミラーナとアリアの言葉には剥れた表情のライザだったが…
「ライザちゃん… それ、忘れとったっちゅ~レベルやなかろう…? それと、たちまち全力で翔ぶんは止めてくれんね? さっきカーゴん中を見たら、ウチの荷物がわやくそになっとったけぇ…」
何となくプリシラの方言を理解したライザは…
「ごめんなさいっ!」
と、さすがに荷物をグチャグチャにしてしまった事は悪いと思ったのか、素直に謝ったのだった。
そして…
「まぁ、過ぎた事は良いとして… アンドレは勿論だけど、アリアちゃんもライザちゃんもプリシラの方言に困惑してるみたいだな」
ミラーナが言うと、名指しされた3人はコクリと頷く。
それを見たミラーナは、ニヤニヤしながら提案する。
「ロザミアに着くまでに、プリシラに方言を教わらないか? エリカちゃん、ミリアさん、モーリィさん、ルディアさんがプリシラの方言に困惑するトコ、見てみたいと思わないか?」
ミラーナの提案に、全員がニンマリと頷いたのだった。