第188話 またもロザミア… と言うより、治療院がバタバタになりそうなんですけど…?
「エリカちゃ~ん。荷物が届いてるから、リビングに置いておくわね。王都からみたいよ?」
診察室の裏のドアを開け、ミリアさんが声を掛けてくる。
「は~い、分かりました~♪」
診療中だった私は、片手を上げて振りつつ返事する。
「王都から荷物? そう言えばミラーナさん、社交シーズンで王都に帰ってるんだっけ?」
朝から調子が悪く、風邪でも引いたかと治療院に来たマークさん。
以前、重い物を軽いと勘違いし、持ち上げようとして腰を痛めて以来だな。
珍しい事もあるモンだ…
「そうですよ。はい、ちょっと静かにして下さいね? 心臓と肺の音を聞きますから」
言って私は魔法で聴力を上げて目を閉じ、心臓の鼓動と呼吸の音に集中する。
「呼吸音は問題ありませんが、脈が少し不整ですね…」
考えつつ私はマークさんの胸──肺の辺り──に掌を当てる。
そして…
「マークさん… この時間にしては、呼気中のアルコール濃度が高いですよ? お酒を飲む頻度と量は、どれぐらいなんですか?」
「えっ? えぇと…」
私が眉をしかめて睨むと、途端にキョドり始めるマークさん。
ちなみに今の時間は12時。
普通ならアルコールは完全に分解されて、何の問題も無い筈の時間だ。
にも関わらず、マークさんの呼気に含まれるアルコール濃度は0.2%。
この状態でクルマを運転すれば、前世の日本なら一発で免許取り消しになる可能性が極めて高いぞ?
「毎日だな… 最近ストレスが溜まっちまってさ、つい深酒しちまうんだよ… 昨夜もエールをジョッキで7~8杯は飲んだのかなぁ…?」
飲み過ぎだろ…
異世界のエールはアルコール度数が10%で、ジョッキの大きさは前世のメガサイズだぞ?
「で? 何時頃まで飲んでたんですか?」
「日付が変わって… よく覚えてないけど、3時か4時まで飲んでた様な… 多分…」
そりゃ、アルコールが残って体調不良を起こしても当然だろ…
とは言え、このまま放っておくワケにもいかない。
アルコール依存性にでもなられたら、マークさんの家族は勿論だが、ギルドも困るだろうしな。
私はマークさんに向かって掌を向け、以前マインバーグ伯爵やルグドワルド侯爵の奥さん達に施した魔法を掛ける。
「これで、エール一杯で程好く酔えて眠れる筈です。ついでですが、ストレスを和らげる魔法も掛けておきました。何に悩んでるのかは聞きませんが、話したくなったら話して下さいね? 私が言うのも何ですけど、あんまり考え過ぎない方が良いと思いますよ?」
「それもそうだな… 若くて聞き分けのないハンター連中にブチ切れたミリアやモーリィがボコッても、これからは気にしない様にするよ」
言いつつ治療費の銀貨1枚を払って診察室を出ていくマークさん。
ミリアさん… モーリィさん… あんた達が原因だったんかい…
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夕食の後、私は自室でミラーナさんとアリアさんからの手紙を読む事にした。
アリアさんから届いた荷物を見て、早くも聴診器を送ってくれたと思い、まずは添付されている手紙を読む。
『エリカさんに頼まれていた聴診器を送ります。私が試してみましたが、何の問題もありませんでした。多分ですが、エリカさんの求める水準はクリアしてると思います。ちなみにですが、ミラーナさんの記憶では売ってる店は無いとの事でしたので、ドワーフのプリシラさんと言う方に作って頂きました』
ドワーフ…
王都に居たんだ…
手紙を読み終えた私は荷物の梱包を解き、聴診器を取り出す。
「おぉ~♪ 前世の聴診器と遜色無い完成度ですねぇ♡ これなら、魔法で聴力を上げる必要は無さそうです♪」
素晴らしい出来に感動しつつ、自分の心音や呼吸音を聴いてみる。
「うんうん、完璧ですねぇ♪ さすが、ドワーフって感じですね♪」
感心しつつ、次にミラーナさんからの手紙を読む。
『アリアちゃんからの手紙で、聴診器の事は書かれてただろ? その聴診器を作ったのが、アタシの大剣を作ってくれたドワーフのプリシラだ。その出来映えは、アタシが保証するよ』
ミラーナさんの保証…
そんなの要らないぐらい、完璧な聴診器ですよ♪
『で、そのプリシラだけど、ロザミアに来ないか聞いてみたんだよ。ロザミアはハンターが多いし、鍛冶師としての仕事には事欠かないだろうからね。最初は迷ってたみたいだけど、ロザミアの税率が0.5割とか、プリシラみたいな鍛冶職はギルドに登録可能な職業だから非課税になるって言ったら、すぐさまロザミアに行こうとしたんだよな♪』
は…?
『さすがにそれは阻止したよ。いきなりロザミアに行っても、生活基盤が何も無いんだからさ。てなワケで、プリシラが鍛冶工房を開ける場所を探してくれないかな?』
はぁっ?
『アタシ達がロザミアに戻る時、プリシラも一緒にロザミアに来る事になってる。もしも鍛冶工房を開ける場所が見付からなかった場合、見付かるまで治療院で同居する事になるだろうからヨロシク♪』
……………………………………
なんぢゃ、そりゃあぁあああああっ!!!!
そりゃ、聴診器を作ってくれたプリシラさんとやらには感謝してるよ?
けど、いきなり鍛冶工房を開ける場所を探してくれとか、見付からなかった場合は見付かるまで治療院で同居する事になるとか…
少しはこっちの事も考えんかいっ!
…って、一人で激昂しても無意味だよなぁ…
どうせプリシラってドワーフがロザミア… 治療院にに来るのは決定事項なんだろうし…
いつもの事だけど、勝手に話を進めてくれるなぁ…
とりあえずミリアさんとモーリィさんに事情を伝え、治療院の受け入れ体制を調える私だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…で、私の正式な婚約者を発表するパーティーを欠席してまで、エリカちゃんの医療器具を買いに… と言うか、作って貰いに行ってたんですのね?」
キャサリンは王宮のリビングでソファーに身を沈め、ジト目でミラーナを睨み付けて不満を露わにする。
「そんなに怒るなよぉ… アタシがパーティー嫌いなのは、キャサリンも知ってるだろ…?」
「まあまあ… 義姉上は僕達の事を知ってるんだから、別に良いじゃないか」
そんなキャサリンを宥めるミラーナとアンドレ。
キャサリンはキョトンとした表情でミラーナとアンドレを交互に見る。
「私、ミラーナ姉様がパーティーを欠席した事は気にしてませんわよ?」
「えっ? でも、不満そうな表情だったけど…?」
キャサリンが何を不満に思っているのか解らず、アンドレは首を傾げる。
「どんな医療器具なんですの!? 何に使いますの!? エリカちゃんは、何故その器具を欲しがったんですの!? 私、そちらが気になってパーティーどころではありませんでしたわ!」
「そっちで怒ってるのかよ…」
「キャサリンはエリカちゃんの事が気になって仕方無いんだね…」
思わず脱力するミラーナと、苦笑いするアンドレ。
「…どんな医療器具かは、アリアちゃんの部屋に行けば判るよ… 2つ作って、1つはエリカちゃんに送ったけど、もう1つはアリアちゃんが持ってるからな…」
ミラーナが言うと、キャサリンはダッシュでアリアの部屋へと向かう。
リビングに残されたミラーナとアンドレは、疲れた表情で話し合う。
「すまないな、アンドレ… 母上やロザンヌもだが、キャサリンはエリカちゃんの事になると我を忘れるみたいなんだ… エリカちゃんが絡まなければ、何の問題も無いんだがな…」
「…この際ですから、義姉上がロザミアに戻る時、僕も連れて行って貰えませんか? 前にも言いましたが、キャサリンが夢中になるエリカちゃんとやらに、どうしても会ってみたくて…」
言われてミラーナは少し考える。
「最初から一緒だと、キャサリンも一緒に行くって言い出しそうだしな… アタシ達はヴィランを出立したら、すぐ南に在るリルードって宿場町で待ってる事にするよ。アンドレは後から国に戻るフリをしてリルードに来てくれ。そこで合流しよう」
アンドレはコクリと頷く。
「そうですね… キャサリンも一緒に行くとなると護衛もそれなりに増えますから、エリカちゃんとやらにも迷惑でしょう。僕と護衛だけなら、ロザミアの宿屋でも…」
「いや… 護衛はともかく、アンドレはエリカちゃんの治療院に泊まってくれ。部屋は在るから大丈夫だ」
そう言いつつも、エリカちゃんは大丈夫じゃないだろうけどな、と思ったミラーナだった。