第186話 ドワーフは何でも作れる最高の職人です♡
翌朝、朝食を終えたアリアとライザは、ミラーナに案内されてプリシラの工房へと向かっていた。
「ミラーナさん、今日から始まるパーティーには出席しないんですか? 私達は部外者だから出席しなくても問題ありませんけど、ミラーナさんは…」
「全然、大丈夫だよ♪ アタシは堅苦しい場は嫌いだし、その事は貴族連中も知ってるんだ。ムスッとした表情で酒ばかり飲んでるアタシに居られたら、誰もが気疲れするだけだよ。それなら最初から居ない方がマシってモンだろ?」
「そ~ゆ~モンなんですかねぇ…?」
苦笑するアリア。
その隣を歩きながら、ライザは聴診器が詳細に描かれた紙を食い入る様に見つめる。
「凄く細かく書かれてるねぇ。ボクには何に使うか解らないけど…?」
「そう言や、アタシも何に使うか聞いてなかったな。アリアちゃん、エリカちゃんから聞いてるのかい?」
言いつつミラーナはアリアを振り返る。
ライザも気になった様で、アリアをジッと見つめる。
「えぇとですね… エリカさんが言うには、心臓・肺・血管等が発生する音を聴くのに使う物なんだそうです」
「その程度の事なら、魔法で聴力を上げれば良いんじゃないか? 金を掛けてまで作る必要は無いと思うけど…?」
ミラーナが聞くと、ライザもウンウンと頷く。
「ボクもミラーナさんの言う通りだと思うよ? どうしてわざわざ作るんだろ?」
2人の意見に、アリアは苦笑しながら答える。
「私も同じ事をエリカさんに聞いたんですよ。そしたら… 『聴診器を使う必要のある患者と必要の無い患者とで、いちいち聴覚を増幅したり元に戻すのは面倒だし、何より患者を治すのに使う魔力が勿体無い』だそうです」
ミラーナとライザは呆れた様な表情になる。
「魔力が勿体無いって… エリカちゃんは勿論、アリアちゃんの魔力も膨大じゃんか。〝聴覚の増幅〟に使う魔力なんて、微々たるモンだろ? 面倒なのが本音じゃないのか?」
「ボクもそう思うよ…」
それに対し、アリアはフルフルと首を振る。
「他にも問題がありまして… 聴覚を増幅すれば、確かに患者さんの心音や呼吸音は聞こえます。ただ、他の音… 例えば待合室に居る他の患者さんの話し声なんかも聞こえますから、心臓・肺・血管等が発生する音を聴くのに集中できないとも言ってました。これは私も実感してますね」
話を聞いたミラーナとライザは、納得した様に大きく頷いた。
「確かに… 身体の中の音を聞く為に聴力を上げれば、他の余計な音までハッキリ聞こえるか…」
「普通じゃ聞こえない音を聞こえる様にするんだから、下手すると周りの音の方が大きく聞こえるかも知れないね…」
今度はアリアが大きく頷く。
「そうなんですよ… だから患者さんの心音や呼吸音を聞くのって、凄く集中力が要るんです。幸い… と言って良いのか分かりませんが、ロザミアは病人より怪我人の方が多いので、心臓・肺・血管等が発生する音を聴く機会は、王都や他の街の魔法医より少ないと思うんですけどね」
等と話していると、不意にミラーナが一軒の家の前で立ち止まる。
「「ここは…?」」
アリアとライザがハモって尋ねる。
「ここがプリシラの工房さ。大剣を作って貰って以来だから、5年振りぐらいかな?」
言ってミラーナはドアをノックする。
しばらくするとドアが開き、小麦色の肌の小柄な女性が姿を現す。
「なんねぇ、誰かと思うたらミラーナ嬢ちゃんかね♪ 随分と久し振りじゃねぇ♪ 成人した記念の大剣を作って以来じゃけぇ、6年近くなるかね♪」
プリシラはミラーナの顔を見ると、相好を崩して出迎える。
しかし、その独特な喋り方に、アリアとライザは面食らっていた。
「これって… 方言ってヤツですか? 私、初めて聞いた気がします…」
「ボクもだよ… 放浪して永いけど、初めて聞いたよ…」
2人の会話を聞き、プリシラは照れ臭そうにする。
「いやぁ~、スマンですのぅ… ウチ、どうしても喋り方のクセが抜けんモンじゃけぇ、初めて会う人はビックリするんよねぇ♪」
言われてアリアとライザは首を縦にブンブン振る。
「まぁ、中に入ってつかぁさいや。ほんでお嬢、今日は何の用なんかのぅ?」
家に入りながらプリシラが聞くと、ミラーナはライザから聴診器の設計図が描かれた紙を受け取り、プリシラに渡す。
「エリカちゃんに頼まれてね。これを2つ作って欲しいんだ」
「エリカちゃん…? あぁ~、ちぃと前に噂んなっとった魔法医じゃねぇ。そのエリカちゃんからの依頼なんね?」
プリシラはミラーナから渡された紙をジッと見つめる。
しばらくするとプリシラは紙をテーブルに置き、感心した様に小さく溜め息を吐く。
「どうだい? これ、何日ぐらいで作れるかな?」
ミラーナの質問に、アリアとライザは目を丸くする。
「あの~、ミラーナさん? 普通、何日で作れるかより、作れるかどうかを尋ねるのでは?」
「だよねぇ… まるで、作れて当然みたいに聞いてるじゃん…」
2人の疑問に、ミラーナは薄く微笑む。
「アリアちゃんもライザちゃんも、ドワーフの技量を知らないのかい? ドワーフは手先が器用で物作りに長けてるんだ。作れて当然と考えるのが普通なんだよ」
ミラーナの言葉を聞き、プリシラは豪快に笑いながら答える。
「あっははぁ~♪ ええ事を言うてくれるのぅ、ミラーナ嬢ちゃん♪」
思わず後退るアリアとライザ。
「自分で言うのもこっ恥ずかしいがのぅ、ドワーフに作れんモンは無いっちゅうてもええけぇのぅ♪ ま、こがいに詳しゅう描かれとる設計図を渡されりゃ、初めて作るモンでもせや~ないわな♪ それどころか、この設計図を見て作れんドワーフが居ったら、ウチがシゴウしゃげたらんとイケンねぇ♪」
言葉の途中から理解できなかったアリアとライザだったが、何となく不穏な空気を感じたのだった。
「で、どうだい? 何日ぐらい…」
「お嬢、慌てちゃイケンねぇ。こがいに詳しい設計図が在るんじゃけぇ、何日も必要あると思うかや? ま、初めて作るモンじゃけぇ、すぐ作れるかっちゅ~と無理じゃが… 1時間もありゃ~、1つは作れるじゃろ♪ そこの菓子でも摘まんで、お茶でも飲みながら待っとりんさいや♪」
ミラーナの言葉を遮り、自信満々に言うプリシラ。
そして、言うが早いか早速聴診器作りに取り掛かったのだった。
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待つこと1時間少々、摘まんでいた菓子が無くなろうとした頃…
「出来たで♪ 希望する性能かどうかは使って貰わにゃ~判らんがのぅ♪」
作り上げた聴診器を持って、プリシラがミラーナ達の元へやって来る。
聴診器を受け取ったミラーナは、アリアに手渡して聞く。
「アタシじゃ性能の良し悪しは判断できないからさ、アリアちゃんが使ってみてくれよ」
言われてアリアは聴診器を受け取り、ミラーナとライザに協力を依頼する。
「分かりました。じゃ、ミラーナさんとライザさんの心音や呼吸音を聞かせて貰い、それで判断させて頂きます」
そしてアリアは聴診器でミラーナとライザの心音や呼吸音を聞き、やがて納得した様に大きく頷く。
「これだけハッキリと心音、呼吸音が聞こえ、尚且つ他の余計な雑音が殆ど聞こえないなら、エリカさんの求める物が作れたと言って良いと思います♪ プリシラさん、もう1つ作って下さい。それでエリカさんの依頼は完遂です♡」
満面の笑顔で話すアリア。
そんなアリアを見て、ミラーナも喜び…
「よし♪ なら、後は代金を支払って終わりだな♪ それじゃ、ちょーしんきの完成を祝って、余った金貨で豪遊…」
すぱぁあああああんっ!!!!
「金貨が余ったら、ター・タミー(畳)とザーブ・トーン(座布団)の購入資金にするって言いましたよね? ヴィランに売ってなくても、ランジェ大公様に輸入資金として渡すって言った筈ですけど?」
ハリセンのフルスイングでミラーナの顔面を打ち据えるアリア。
「悪ぃ… すっかり忘れてたよ…」
ダウンしたミラーナと、ミラーナをハリセンで叩きのめしたアリア。
ライザは『相変わらずだなぁ』と思いながらも菓子を摘まんでお茶を飲み、プリシラは我関せずと言った感じで2つ目の聴診器を作りに工房へと向かうのだった。