第185話 ドワーフの職人は、王都ヴィランに居た様です♪
「ライザちゃん! 私とアンドレ様をロザミアに連れて行って下さいな♡」
ライザの部屋に入るや否や、無茶を言うキャサリン。
すると…
すぱぁあああああんっ!!!!
「あ痛ぁっ!」
いきなり後頭部をハリセンで叩かれ、踞るキャサリン。
そのまま振り向き、恨みがましい眼をミラーナに向ける。
「いきなり後頭部を叩かないで下さいまし! いくらミラーナ姉様でも、この様な無体を働くのは…」
「無体を働いてるのはキャサリンだろ。今回の社交パーティーで、お前とアンドレの婚約発表を正式に行うって聞いたぞ? 主役のお前等2人が欠席してどうするんだよ?」
ミラーナに言われ、キャサリンはハッとする。
「そ… そうでした… エリカちゃんの事ばかり考えていたから、すっかり忘れてました…」
「キャサリンがエリカちゃんとやらに夢中なのは理解したけど、僕との婚約発表の事を忘れないで欲しかったなぁ…」
ポリポリと頬を掻きながら苦笑するアンドレ。
その肩に手を置き、ミラーナは苦笑しながらも申し訳なさそうに言う。
「すまないな… ロザンヌや母上もなんだが、キャサリンはエリカちゃんを風呂で洗う事に執着してるんだ…」
「ミラーナ義姉上の気苦労、何となくですが察しました…」
1年に計2ヶ月間しか帰郷していないミラーナは、気苦労と言われて何となく気まずくなったのだが…
そんな騒ぎを余所に、ライザはベッドでスヤスヤ寝息を立てていたのだった。
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「まったく… あの騒ぎの中でも寝てられるって、どんな神経してんだよ…」
湯船に浸かり、ライザに毒づくミラーナ。
「いやぁ~、ロザミアから全力で飛んできたから疲れちゃったんじゃないかな~?」
まるで他人事の様に言うライザを呆れた眼で見るミラーナ。
「そんな事があったんですね? それにしてもライザさん、いつでも何処でも熟睡できるんですね…?」
半眼になり、やはり呆れた様に言うアリア。
「まぁ… あいつ等にとっちゃ、それどころじゃないみたいだけどな…」
ミラーナの視線の先には、エリカを洗えない事を嘆きながら互いを洗い合うキャサリンとロザンヌの姿があった。
「こうしてエリカちゃんを洗えると思いましたのに、残念ですわ…」
「キャサリン姉様の気持ち、痛い程解りますわ… エリカちゃんを洗いたかったのは、私も同じですもの…」
その隣からマリアンヌが優雅に髪を洗いつつ、2人に同情の言葉を掛けていた。
「今回は仕方ありませんわね… でも、エリカちゃんとお風呂に入る機会が永遠に無くなったワケではないんですから、次にエリカちゃんがヴィランに来た時を楽しみにしてなさいな。(その時は私も…)」
言葉の最後はキャサリンとロザンヌには聞かれない様にボソッと言ったマリアンヌだったが、ハンターとして研ぎ澄まされた耳を持つミラーナにはハッキリと聞こえ、呆れられていたのだった。
「はぁ… あいつ等もあいつ等だけど、本来なら諫めなきゃならない立場の母上まで… そりゃ、アタシも一時期エリカちゃんを洗うのにハマったけど…」
マリアンヌと同じく、ボソッと言ったミラーナだったが…
ドラゴンの鋭い聴覚を持つライザと、3人の会話が気になって魔法で聴力を上げていたアリアには、しっかりと聞かれていた。
(ミラーナさんもハマったんだね…)
(ミラーナさんもハマったんですね…)
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「くしゅっ!」
「エリカちゃん、どうしたの?」
「もしかして風邪でも引いた? 魔法医が風邪なんて、本末転倒だよねぇ~♪」
ミリアさんはともかく、モーリィさんがおちょくる様に言う。
「そんなワケありませんよ… これはきっと…」
「もしかして、前に言ってたアレ? 誰かが噂したらクシャミが出るって…」
前に…?
そんな事、ルディアさんに話した覚えが無いんだけど…
…て事は、私がムルディア公国に行ってる間の話か…
風邪でもないのにクシャミが出るのは、誰かが噂してるから。
所謂〝俗説〟ってヤツだな。
「まぁ、それでしょうね。多分、王都で王妃様や王女様達が私の事を話してるんでしょう」
その言葉にウンウンと頷くミリアさんとモーリィさん。
その様子を見て、ルディアさんが目を丸くする。
「エリカちゃん、王妃様や王女様と知り合いなの? それって凄い事じゃない!」
そして私達は治療院の全員が国王一家と懇意である事や、王妃様達が治療院に泊まった事、前の戦争での活躍を表彰された事をルディアさんに話し、更に彼女を驚愕させたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ところでミラーナさん、医療器具を売ってる店を知りませんか?」
入浴後、国王一家との夕食を終え、客室に向かう廊下を歩きながら聞くアリア。
ちなみにライザは風呂から出ると、『それじゃボク、もう寝るね♪ お休み~♪』と、ダッシュで部屋へと走っていった。
「医療器具? そんなの必要あるのかい? エリカちゃんもアリアちゃんも、患者の体内を視れるから必要無いんじゃ…?」
「確かに、そっちは問題ないんですけどね… エリカさん、この〝ちょーしんき〟ってのが欲しいそうなんですよ」
アリアは懐から1枚の紙を取り出し、ミラーナに見せる。
そこには聴診器の詳細なイラストが描かれており、さながら設計図とも言える物だった。
「凄く細かく書き込まれてるな… けど、こんなの王宮勤めの魔法医も使ってるのを見た事がないから、何処にも売ってないんじゃないか?」
「そうなんですね? じゃ、作れる職人さんに心当たりはありませんか?」
言われてミラーナは少し考え…
「それならプリシラに頼んでみるか。プリシラなら、この紙を見せりゃ問題なく作れるだろ」
初めて聞く名に、首を傾げるアリア。
いや、厳密には初めてではない。
同名のハンターがロザミアに居るのだから。
が、別人である事は明らかなので、その意味では初めて聞く名であった。
「あぁ… プリシラってのはドワーフの鍛冶職人でね、アタシの大剣も彼女に作って貰った業物なんだ♪ 腕が良いから値は張るけど、それだけ良い物を作ってくれるよ♪ ちなみにだけど、アタシの大剣は金貨20枚だったかな?」
アリアはコクリと頷く。
「そのプリシラさん、紹介して貰えますか? ドワーフなら、エリカさんが望む物を作れると思いますので!」
「あぁ、分かった。ところで、エリカちゃんから金は…?」
「金貨50枚、預かってます。なんでも、私の分と合わせて2つ欲しいそうですから」
金貨50枚と聞いて、目の色が変わるミラーナ。
「50枚!? ちょーしんき2つで金貨50枚も要らないだろうし、余った金貨で豪遊…」
すぱぁあああああんっ!!!!
アリアがフルスイングしたハリセン──以前、エリカから貰った〝対ナッシュ仕様ハリセン〟──がミラーナの顔面に直撃する。
「はぁ… エリカさんから聞いていた通りですね。ミラーナさんなら、そう言うだろうってエリカさんが言ってましたよ? ちなみにですけど、ちょーしんきを買うか作って貰って余った場合、ター・タミー(畳)とザーブ・トーン(座布団)の購入資金にする様に言われてますから。仮に売ってなかった場合でも、ムルディア公国から輸入して貰う為、ランジェス大公様に渡す事になってますから」
「それ、先に言っておいて欲しかったな…」
ハリセンの一撃を食らってダウンしたミラーナは、ヒクヒク痙攣しながらブー垂れるのだった。