第184話 ライザさんは、王都とロザミアを行ったり来たりですか?
「いくらなんでも、ハリセンでシバき倒さなくても良かったと思うんだけど…」
王宮に向かう馬車の中、ブツブツ言うライザ。
「いや、シバき倒されて当然だと思いますよ? 予告も無しに、いきなり全速力で飛ぶなんて… 死ぬかと思いましたよ…」
ランジェス大公とミラーナは、目を閉じてウンウンと頷く。
アリアに言われてライザは少し考え…
「じゃあ… 予告したら、いきなり全速力で飛んでも…」
「そ~ゆ~意味じゃありませ… うっぷ… ぅえっ…」
ライザに突っ込もうとしたアリアだったが、まだダメージが残っていたのかへたり込んでしまう。
「アリア殿、大丈夫か?」
「アリアちゃん、無理すんなよ?」
アリアを心配する2人の足元には、床に顔面をめり込ませたライザが倒れていた。
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朝の部の診療を終え、私はギルドへ昼食を摂りに出掛ける。
「こんにちは~♪」
「あら、エリカちゃん♪ 今日はギルドで昼食?」
すっかりギルドの食堂スタッフとして馴染んだルディアさんが、テーブルの上を片付けながら声を掛けてくる。
「えぇ、たまには顔を出さなきゃですからね」
私は空いた席に座り、メニューを眺める。
ルディアさんが働き始めてから日替わり定食の種類が増え、それまで2種類だったのが4種類になっている。
以前の特訓で、ルディアさんの味付けは格段に良くなった。
その為かハンター達からの評判は上々で、いつも真っ先に売り切れてるらしい。
そんなワケで私はルディアさんの作る定食を、まだギルドで食べた事が無いのだ。
「で、やっぱり今日も…?」
「そうなのよ、ごめんなさいね…」
また売り切れか…
まぁ、どうしても食べたければ、治療院でルディアさんが食事当番の時にリクエストすれば食べられるんだけどね。
だけど、たまには外で食べてみたいよなぁ…
「外で食べると気分も違うからねぇ。だったらさ、ルディアちゃんの定食、1食分ずつ取っといてあげようか?」
食堂のおばちゃんが私に提案してくれる。
「良いんですか!? あ、でも… 私、毎日ギルドで昼食を食べるワケじゃないし…」
「気にする事はないよ♪ エリカちゃんが来なかったり別の料理を食べた時は、あたし達の誰かが賄いで食べりゃ良いんだからさ♪」
私が困っていると、食堂のおばちゃんはニッコリ笑って言ってくれる。
とりあえず残っていた定食の1つを注文。
しばらくすると、おばちゃんが運んできてくれる。
昼時を過ぎて暇なのか、おばちゃんは向かい側に座って話し始めた。
「ところで… ルディアちゃんから聞いたんだけどさ、ライザちゃんとアリアちゃんも王都に行ったんだって? 社交シーズンだからミラーナさんは行くだろうけど、どうして2人もなんだい?」
私は定食を食べながら答える。
「実は、ミラーナさんの伯父さんが来てたんですよ。たまにはノンビリしたいって事で、社交シーズンに入るギリギリまでロザミアに滞在してたんですね。ライザさんなら、本気で飛んだらアッと言う間に王都まで行けますから。言っちゃ悪いとは思いませんけど、ライザさんは王都までの馬車代わりって感じですかね?」
「それ、思いますじゃないのかい?」
おばちゃんが突っ込んでくるが、それはスルー。
「で、アリアさんには私の代わりに行って貰う事にしたんです。私ばかり王都に行くのも悪いですし、アリアさんは王都に行った事がありませんからね♪」
さすがに本当の事は言えないので誤魔化しておく。
まぁ、アリアさんが王都に行った事が無いってのは事実と異なるが、私ばかりが王都に行くのが悪いと思ってるのは事実。
「…と言うのは立前で、アリアちゃんはミラーナさんの妹さん達からエリカちゃんが逃げる為の人身御供にされたんですよ♪」
すかさずルディアさんがおばちゃんに話し掛ける。
本当の事は言えないってモノローグで言ってるやろがっ!
これがミラーナさんだったら、ハリセンでシバき倒してるのだが…
「ルディアちゃん… それ、言わない方が良かったんじゃないのかい?」
「え…っ?」
おばちゃんに言われ、私を見るルディアさんの頬を一筋の汗が流れる。
「エリカちゃん… それ、何処から出したの…?」
ルディアさんが指差す私の手には、しっかりハリセンが握られている。
無意識に出してたか…
「気にしちゃいけません… それじゃ、私は夕食の買い出しに行きますので!」
私はハリセンを異空間収納に仕舞いながら定食代を払い、そそくさとギルドを後にする。
「誤魔化したねぇ…」
「誤魔化しましたねぇ…」
そんな2人の会話が背後から聞こえていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ミラーナ姉様達が出発したのって、今朝なんですの!?」
文字通り目を丸くして驚くロザンヌ。
「ロザミアからヴィランまで4時間って… ドラゴンって凄く早く飛べるんですのね…」
落ち着いた話し方ながらも驚きを隠せないキャサリン。
「あぁ… しかも、いきなり全速力で飛ばれたモンだからなぁ… 本当なら、エリカちゃんが設計してくれた乗り物の中でノンビリ来る筈だったんだけど…」
「ワシとミラーナは壁に押し付けられるだけで済んだんじゃがな… 向かい側に座っていたアリア殿は、ワシ等の方に吹っ飛ばされて…」
言って、ミラーナとランジェス大公は宙を仰ぐ。
「だからアリアちゃんは医務室に運ばれたんですのね? 旅の疲れを癒して貰おうと思って、お風呂の用意をしてましたのに…」
心底残念そうに言うマリアンヌ。
「ところでミラーナ姉上… 今回はアリアお姉ちゃんが来てくれましたが、次回はエリカお姉ちゃんなんでしょうか?」
9歳になり、次期国王の自覚も出てきたフェルナンド。
が、相変わらずエリカに会いたくて仕方無いのは明らかだった。
「それは判らないな… アタシが1人で帰るとお前等が騒ぐから、今回はアリアちゃんを連れて帰ったって感じだからなぁ… キャサリンやロザンヌ、母上がエリカちゃんに〝お風呂攻撃〟を仕掛けないってんなら、エリカちゃんも気軽に来てくれると思うんだけど…」
ミラーナの一言に、ピキッと固まるマリアンヌ、キャサリン、ロザンヌ。
「あの~、ミラーナ姉様…? まさかと思いますけど、もしかしてエリカちゃん…」
「私達と一緒にお風呂に入るのが嫌って事、ありませんわよね…?」
言われてミラーナは少し考え…
「一緒に入るのは嫌じゃないと思うんだよなぁ… 普段、アタシを含めた治療院の皆と一緒に入ってるからさ。やっぱり、寄って集って身体を洗われまくるってのが問題なんじゃないか?」
言われたキャサリンとロザンヌは互いを抱き締め…
「それってショックですわぁ~!」
「お互いを洗いっこして、エリカちゃんを洗う練習してましたのにぃ~!」
それを聞いたミラーナは手を額に当て、溜め息を吐きながら言う。
「お前等… 他に楽しみを見付けろよ… 特にキャサリンはアンドレってヤツが婚約者に決まったんだろ? いつまでもエリカちゃんに執着してたら、アンドレに悪いんじゃないか?」
「うぅ~… それはそうですけどぉ~… アンドレ様とエリカちゃんは別と言うかぁ~…」
キャサリンは握り締めた両手の拳を胸の前でブンブン振りながら悩んでいる。
様に見える…
すると、1人の青年がリビングに入りながら語りかける。
「そのエリカちゃんってのに、僕も会ってみたいなぁ♪ 勿論、変な意味じゃないよ? キャサリンが、そこまで夢中になる人物に興味があるってだけだからね♪」
キョトンとするミラーナに、青年は恭しく胸に手を当てながら話し掛ける。
「お初にお目に掛かります、僕の名はアンドレ・ロッテンマイヤーと申します。キャサリンの正式な婚約者となりました。以後、お見知りおきを♪」
爽やかな笑顔のアンドレに、ミラーナは肩の力を抜く。
「貴殿がキャサリンの婚約者のアンドレか♪ キャサリンの事、宜しく頼む。アタシよりはマシだが、そこそこお転婆なんだ。突拍子もない事を言い出すかも知れないが、適当に付き合ってやってくれ」
ミラーナが言うと、アンドレはニッコリ笑って答える。
「義姉上の仰る事は理解してますよ♪ キャサリンは僕との会話でも、しょっちゅうエリカちゃんとやらの話が出てきますからね♪ お陰で、僕もエリカちゃんとやらに会ってみたくなりましたよ♪」
アンドレが言うと、キャサリンはアンドレの腕を掴んで歩き出す。
「なら、今からエリカちゃんに会いに行きましょう♪ ライザちゃんに頼めば、夕方にはロザミアに着きます♪ さぁ、行きますよ♪」
「えぇっ!? 今から!? 何の準備もしてないのに!?」
慌てるアンドレを引き摺り、キャサリンはライザの部屋へと向かうのだった。